第十四球目「最強のバッテリー(1)」
「太刀川先輩。」
「...どうかした?」
「小田切先輩知りませんか?」
「浩史なら...あっち。」
太刀川中(たちかわかなめ)先輩。
クールで口数の少ない先輩。
野球部には高校から入ったそうなのだが、凄い才能を見せている。
キャッチャーなのだが、亀井先輩がいるため、肩と守備力を活かしてセンターを守っている。
小田切浩史(おだぎりこうじ)先輩とは幼馴染らしく、小田切先輩の前だけは何処と無く明るいし、表情も豊かだし、小声で何かを伝えてるようにも見える。
「よう一稀!どうした?」
「小田切先輩、亀井先輩が呼んでます...あの、若干怒ってたような...」
「...あ、やべ...走り込み終わったらすぐに来るよう言われてたんだった...」
「急いで行ってください!」
小田切先輩。
太刀川先輩とは幼馴染なのだが、太刀川先輩とは違い小学生からずっと野球をやっているらしい。
凄腕のピッチャーで、僕の憧れている人の内の一人でもある。
今まで登板した試合で失点したことがほとんど無い完璧な投手...なのだが、異常なほど体力が無く、3、4回でいつも交代してしまう。
「...一稀君...」
「太刀川先輩?どうしました?」
「浩史いないし...代わりに投げてくれないかな...」
「あ、はい。わかりました!」
『春季全国大会も八九高校が優勝です!これで五連覇!五連覇です!』
「それにしても本当に亀井先輩と小田切と太刀川はすげえよな!」
「ほんとほんと、小田切はスタミナがないけどほぼ絶対無失点だし、亀井先輩は盗塁させたことないし...太刀川は守備範囲広すぎだしなぁ?」
「つーか太刀川って高校から野球始めたんだろ?才能ってすげーよな?」
「ふっ。」
「おう小田切?どうしたんだよ?」
「あいつは部活に入ったのが高校からなだけでずっと野球はやってたっつーの」
「え?そうなのか?なんで中学は野球部に入らなかったんだ?」
「さぁ...知らねえよ...」
...知っているけど、言えるわけがない...
だってあいつは...
とある休日。
俺は中を待っていた。
あいつ相変わらずおっせぇ...
「こ、こうちゃん!ごめん!」
「...お前必ず三十分遅れてくる習性でもあるのか?」
「ないよ!?ただ服選びに時間かかっていただけで...」
これは別人じゃない。
俺といる時は『女子』であることを隠す必要が無いのでいつもこうだ。
そもそも何故女子だということを隠しているのかというと...それは野球が大好きだから、だろう。
「こうちゃん。どこ行く?」
「どこでもいいぞ?」
「じゃあ新しく出来たカフェにでも行こうよ!静葉ちゃんがすごく美味しいって教えてくれたんだよ!」
...なんで静葉ちゃんは男にカフェを教えてるんだよ...と思ったが口には出さないようにする。
「そういや中さ、昔の事覚えてる?」
「そりゃ覚えてるよ...情熱的だったよね...」
「野球にな。」
...俺達の出会いはたしか...
「こっちに引っ越して来ました。太刀川です。よろしくお願いします。」
「小田切です。こちらこそよろしくお願いします〜。」
親の影に隠れて二人の子供が見えた。
一人の女が俺の姿を見つけてこっちへ歩いてきた。
「こんにちは。」
「こ、こんにちは...」
なんだこいつ...?
「中〜、次の家へ挨拶に行くわよ〜」
「はーい。」
...よくわからん...
...とは思っていたものの、やはり太刀川とは仲良くなっていった。
今はバッサリと切ってしまったが、昔は綺麗な銀色の髪で、しっかりと髪を伸ばしていた。
ある日、俺が野球の道具を使って壁に向かってボールを投げていた時だった。
「...何やってるの?」
「ん?あぁ...野球だよ。」
「面白そう...」
「面白いぜ!やるか!?」
「う、うん!やる!」
その日から太刀川は俺とのバッテリーを組むことになった。
太刀川は基本的に何でもできる奴で、野球もすぐに俺の球をしっかりと取れるようになっていった。
俺は太刀川とキャッチボールをするのが本当に楽しかった。
...でも、中学校に入った時...あいつは...
...私のお母さんが死んだ。
...私と妹の美代子(みよこ)は、近くの大きな家...お父さんの家に引き取られることになった。
「ふん、あいつの子供か...なんとも、みすぼらしいな...あいつそっくりだ...」
お母さんの悪口を言われて、カチンときた。
「あ、あの...」
「...なんだ?」
「お、お母さんの悪口を...い、言わないで...ください...」
「...は?」
「あ、謝ってくださ!?」
平手打ちを喰らった。
「何故私があの女に詫びなければならないのだ?言ってみろ。」
「ひ、人の悪口はっ...」
その後も何度も殴られた。
痛い。
泣きたい。
叫びたい。
でも、謝ってほしい。
「これでもわからないか...」
「ひっ...」
...父に何度も殴られ、立てなくなった私に向かって父が手を振り上げた...
「ねぇ。」
...それを今まで黙ってその様子から目を逸らしていた美代子が父の腕を掴んだ。
「...お前もか...」
「それ以上お姉ちゃんを殴らないで。」
「痛い目に遭わないと気が済まないらしいな貴様ら姉妹は!...!?」
「...遅い。」
と言いながら腕を捻り、捻らなかった方の腕で父の顔を殴る。
「がっ...!?」
「謝って...お姉ちゃんとお母さんのどっちにも...謝って!」
「...す、すみませんでした...」
...美代子がそれを聞いた後急ぎ足でこっちに向かってくる。
...ちょっとだけ怖かった。
「お姉ちゃん...大丈夫?」
「え、あ、うん...」
「...包帯って...どこにある?」
「み、三つ奥の部屋だっ...」
「...そっか...お姉ちゃん。立てる?」
「ご、ごめん...立てない...かな...」
「...お姉ちゃんは、優しいから人を殴るなんて出来ないんだよね。」
「よ、よくないよ?あんな事...」
「...うん。でも...お母さんを馬鹿にされて、お姉ちゃんが殴られてて...黙っておけなかったんだ...」
この日から、私達の人生が少し変わってしまった。
「...え、そんなに酷い目に遭ってたのかよ...ほんとお前のお父さんは...」
「あ、あはは...そういや言ったことなかったよね...ごめん...」
こいついつも自分の事隠すからな...。
「そ、そんなことより!次!次らへん大事でしょ?」
「あぁ、俺達が付き合うことになった時の話か?」
「こうちゃん...」
「おう太刀川...!?どうしたその包帯!?」
「そ、その...ま、まずね。引っ越すことになったんだ。」
「...なんで?」
うう、怒ってる...美代子の事を思い出しちゃってちょっと怖い...。
「お、お母さんが...病気で死んだの」
「おばさんが...」
「それで...近くの大きな家...あそこの」
「...あの家に引っ越したのか...?」
「お、お父さんの家でさ...」
「そっか...」
「それでこれは...お、お父さんに...やられたっていうか...」
「は?」
「ううっ...」
「...とんでもねえ父親だな。それで...本当に大丈夫なんだな?」
「う、うん!それは大丈夫!」
「そっか...それならよかった...どうする?今日はやめとくか?」
「や、やるよ!手は大丈夫だし!」
「...いや、今日はやめておこう。たまには二人で野球以外もいいだろ?」
こうちゃんはいつも優しい。
今だって私の身体を気遣って野球の練習をしない事にしてくれた。
そういう所に惹かれていったんだ。
...気付いてくれない鈍感野郎だけど。
そういった所も、全部ひっくるめてこうちゃんが好きなんだ。
「美代子が?あいつ喧嘩強いもんなー」
「え、そうだったの?」
「あー...うん...気にすんな。」
「気になるんだけど!?ねえ!美代子に何をさせたの!?」
...ちょっとドジな所も。
中学生の部活を決める時、私は迷ってしまった。
この中学校は、野球部にマネージャーがある。
でも私がしたいのはマネージャーじゃなくて...野球だった。
「...野球部、入るの?」
こうちゃんに言われた時、必死に悩んだ。
美代子に頭を心配されるくらいに。
こうちゃんと野球がしたかった。
...この時ほど自分が女子であることを憎んだ時はなかった。
「...入る事にする...マネージャーとして...だけど...こうちゃんを支えるからさ!...あはは...」
「...いいんだぞ?自分が望んでない所に入るくらいだったらさ。」
「こうちゃんのプレイを一番知ってるのは私だよ?これほど...マネージャーに向いてる人も...いない...よ...あはは...」
こうちゃんを安心させようと笑ってみたが、乾いた笑いしか出なかった。
「何笑ってんだよ。俺に気遣う必要なんてねえんだぞ。」
「...ひぐっ...悔しいよお...こうちゃんと...選手として野球がしたかったよお...うえええん...」
「...ったく...俺だって悔しいよ...」
あいつが野球部のマネージャーになって、少しだけ距離が出来た。
勿論キャッチボールをしないことなんて滅多になかった。
俺はあいつに対して、どんな思いを抱いているのかわからなかった。
友達なのか、ライバルなのか...それとも...好きな人...なのか。
そんな時、あいつが野球部の部員の一人に告白された。
あいつは「少し考えてもいいかな?」と言ったらしい。
何でそんなことを知ってるのかと言われれば、今、相談されているからだ。
「...って感じなんだけどさ...」
「...おう。で?どうすんの?」
「申し訳ないけど...断るよ。」
「...なんで?」
何故今、「よかった。」と思ったのだろう。
「え...だって私...好きな人いるし...」
「...あっそう...」
...太刀川の好きな人。
見当もつかないが、そいつは幸せだと思った。
こんな可愛くて、優しい奴に好まれるのだから。
ただ、少しだけモヤモヤすることがあった。
それが何かはわからなかった。
気にしていなかったが、さっき中が少し悲しそうな顔をした気がした。
「こうちゃん...あの人しつこい...」
「...みたい、だな。」
「そ、その...もしよかったらだけど、一言、言ってくれないかな...私からはちょっとだけ言いにくくて...」
「おう。わかった。」
「ご、ごめんね...?」
「おい。お前そろそろ太刀川に付きまとうのやめろよ。迷惑してんだろうが。」
「俺が誰に恋をしようが勝手だろうが。」
「重いんだよ。迷惑してるって言ってんだろ?」
「...なぁ、お前なんであいつの味方すんの?」
「...それは...」
「なんだお前。理由も無いのにあいつの味方をしていたのか?」
「...」
わからない。
...何方かと言えば、わかりたくなかったのかもしれない。
「はぁ...お前、好きなんだろあいつのこと。」
「...お前まさか最初から...」
「告白はマジでしたよ。振られた瞬間お前らの恋の手助け役。」
「でもあいつ好きな奴が...!」
「は?マジで言ってんのお前?」
「な、何が?」
「はぁ...本当にお前馬鹿だなぁ...太刀川が好きな奴は...浩史、お前だよ。」
「え...」
「ほらわかったんだったらさっさと告りに行けよ勝ち組!爆発しろ!」
「ちょっ...おいっ...!?」
太刀川が俺の事を...!?いつからだ...!?
俺が気持ちに嘘をついていた理由は仲がこじれるのを恐れていたからだ。
...本当に両想いなら。
俺が気持ちに嘘をつく必要は無い。
なら...俺は...
「浩史君...!」
「ど、どうした?」
野球部のマネージャーの一人が俺の元へ急いで走ってくる。
「中ちゃんが上から落ちてきた備品に巻き込まれて...!」
「...!?太刀川!」
全力で走った。
足が折れるっていうくらいに。
「太刀川...!」
救急車が来ていた。
「浩史!...行ってくれるか?」
「は、はい!」
先生にそう言われて、俺は救急車に乗り込んだ。
「...こう...ちゃん...?」
俺の姿に気付いたのか、太刀川が苦しそうな声を上げる。
「ごめ...んね...」
「あまり喋るな。」
「う...ん...」
「命に別状はありません。」
「...よかった...」
しかし、長い間動けないかもしれないと医者は言った。
当たりどころが悪く、生きているのが奇跡というくらいだそうだ。
「こうちゃん...」
「...どうした?」
「私...またこうちゃんと野球出来るよね...大丈夫だよね...?」
「...あぁ。」
見てられなくて、部屋を出て外で思いっ切り泣いた。
なんで太刀川なんだ。
なんでいつも損をするのは太刀川なんだ!
...神様がいるなら、ぶん殴ってやる。
「くそっ...くそっ!」
「あのー...」
「あ...すいません。」
「いえ、太刀川中様はどちらの部屋でしょうか。」
「あぁ...あそこの部屋です。」
誰だ...?見た事がないけど...。
後で太刀川に聞いてみるか...。
「こーじ。」
「美代子...」
「お姉ちゃんどこ?」
「あぁ、今ちょっと話をしてるみたいだからちょっと待ってな」
「ん。」
俺と美代子は近くのベンチに座る。
「なぁこーじ。」
「ん?」
「お姉ちゃんの事好き?」
「ぶっ...な、なんで?」
「あ、好きなんだ。」
「う、うっせえな...そうだよ、好きだよ...」
「へー...お姉ちゃん大丈夫なノ?」
「...うん。」
「大丈夫ではないんだネ。」
「うっ...まぁ...な...」
「こーじは何にも悪くないからナ。」
「でも...」
「心配すんナ。」
「なんでちょっとなまってんの?」
「気にすんナ。」
...こいつ本当に小学生か?
「おっすお姉ちゃん。大丈夫か?」
「美代子、来てくれたんだね!大丈夫だよ〜!」
...さっきまでと様子が違う。
「...何かあったのか?」
「えっとね!この怪我、すぐ治せるかもしれないんだってさ!」
「「ほんとか!?」」
「うん!な、なんていうか難しいんだけど、Rウイルスっていうものを使えば治るんだってさ!少しお金はかかるけども...お父さんにさっき聞いたら疑ってはいたけど、OKだって!」
「よ、よかったじゃねえか!」
「はは、やっぱり元気なお姉ちゃんが一番お姉ちゃんらしいわ。」
...まだこの時、太刀川に告白が出来ていないのを...俺は忘れていた。
「Rウイルス適合者...?」
「はい。中様はRウイルスによって免疫力などの全ての能力を引き出せる数少ない人類ですので...この怪我も、すぐに治すことができます...」
「ほ、本当ですか!?」
「こちらの資料をご覧ください。」
「す、すごい...!」
「もしもし?お父さん...?」
『怪我は大丈夫か?』
「そ、その事なんだけどさ...!」
『...わかった。金なら全く問題は無いからな...受けてみてもいいだろう。』
「ほんと!?ありがとう!」
「ふふ...」
「...?どうかしましたか?」
「いいえ、何も...では私はこれで...」
「は、はい!ありがとうございました!」
「...またこうちゃんと野球出来るんだ...!」
「こうちゃんおはよう!」
太刀川は数週間で学校に来れるようになり、部活にも来れるようになった。
ただ、一つ問題があるとすれば...
「...昨日またスプーン壊しちゃってさ...何本目だ!って怒られちゃった...」
Rウイルスのせいで余計な力まで引き出してしまったことだろう。
「ねえこうちゃん。力加減が上手くいくまで、キャッチボール...やめとこう?」
「...お前がそういうなら...」
「その代わりさ...私とデートして?」
「ぶっ...!?」
「わっ...大丈夫?」
「お、おう...」
「今更、まだ付き合ってないなんて言わせないんだからね。」
「へいへい...んじゃ...よろしく、中。」
「...!...えへへ...」
「ど、どうした?」
「名前で呼んでくれた...えへへ...」
なんだこいつ...!?恋人って意識したからかどうかは知らねえけどめちゃくちゃ可愛いぞ...!?
「可愛い...」
そう言いながら、頭を撫でてやる。
すると、犬みたいに嬉しそうにしやがる。
何この可愛い生き物...!?
それからだいぶ経った時...
「だいぶ力制限も上手くなったな」
「うん!強い力で投げたら多分こうちゃん吹っ飛んでいっちゃうから...」
「恐ろしいからやめてくれ...」
「あはは、冗談冗談。」
「中、投げる...ぞ...?」
「どうしたの?」
「なんかあの人たち俺らの事ずっと見てないか?」
「私の記憶によると練習を始めてすぐから見てるね...」
「中のその力便利だな...」
「あ、邪魔しちゃったかい?」
「八九高校...八九高校!?」
野球の名門校で、俺が進学する予定の高等学校だ。
「小田切浩史君だね?」
「は、はい!」
「えっと...君は...」
「太刀川中です。」
「君達のプレイをずっと見させてもらったけど、素晴らしいね!小田切君は中学校の事でよく聞いていたが君は知らないな...二人を野球推薦したいのだが...」
「ほ、本当ですか!?...あ...でも...」
「...すいません...私女なんです...」
「だからどうしたんだい?」
「えっ...!?」
「こっちが手配するから男装すればいい話だ。君のような人材は甲子園で輝くべき人だよ!」
「ほ、本当ですか!?私もこうちゃんと一緒に野球が出来るんですか!?」
「勿論だよ!しかし男装となればバレないように色々気を使わないといけないよ...それでもいいのかい?」
「はい!大丈夫です!」
俺はなんとなくおかしいとは思ったものの、中がと野球が出来るのは嬉しかったので何も言わないことにした。
「...それからもう二年も経つんだな。」
「うん...そうだね...」
「眠いのか?」
「うん...」
「ちょっと寝るか?」
「やだ...こうちゃんとのデートの時間無くなっちゃう...」
やっぱこいつ可愛いわ。
野球をしている場合じゃない! 南風 @minamikaze3729
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