第2話 新しい街で

むかしむかし

少し具体的にいうと、およそ70年前


或る処、と言うか港町に

おじいさんとおばあさんが住んでいました。


おじいさんは、山の奥地で軍靴を鳴らし

おばあさんは、河沿いの平地で銃後の守りをして暮らしていました。


二人は夫婦でしたが

出会う前は赤の他人でした。


馴れ初めは

おじいさんの勤め先におばあさんのお姉さんが居て


紹介された下宿と言うのが

お祖母さんの実家だったのでした。


良かったね、お祖父さん。


戦争が終わると

お祖父さんは教職に就き

お祖母さんは家庭教師になりました。


経済成長を続ける中で

子ども達は明るい未来を信じ


次々と職に就いては

子育てに邁進する日々でした。


親の因果が子に報う


かどうかは分かりませんが

子ども達は教職に就いたのでした。


そんな訳で


今年還暦を迎えるお母さんが教員で

亡くなったお父さんも教員だったのが


これを書いている社畜(28歳・独身)なのでした。




「大学も卒業したし、就職も決まった。いよいよ一人暮らしだ!」




学生寮に入った兄に遅れること4年。

人生初の一人暮らしの始まりです。



ピンポーン



いきなりインターホンが鳴りました。

家族と友人以外は知らない筈です。



恐る恐る出てみると―



「集金に伺いました」

「うちテレビないんですが」


「スマートフォンはお持ちですよね」

「固定電話です」


「契約したら伺いますね」

「お仕事お疲れ様です」



スマートフォンを契約して

僕に受信料を払ってよ



引っ越しで疲れているのかな。



幻聴を聞きながら荷物をまとめていると

インターホンが鳴りました。



「今なら3か月無料です」

「要りません」



郵便局が漏らしたのでしょうか?

それとも11みたいな目をしたウサギの仕業かな?



個人情報の管理はどうなっているのでしょう。

それとも当局に売られたのかな…



どうでもいい幻想と共に、再び荷物の整理です。

そろそろお腹が空いてきました。



地理の把握も兼ねて、近所のスーパーに出掛けます。



自転車屋さんを見付けました。



「ダブルロックでパンクも修理。保証期間は1年間!」



昔気質の職人さん。

いい仕事をしてみえます。



「困ったときにはいつでもおいで!」



疲れた気持ちと足取り、それと財布が少し軽くなりました。

颯爽と風を切って、スーパーに向かいます。



「会費は無料でポイント還元!」

「新生活応援!ポイント8倍!」

「エコバッグでポイント還元!」



重たいバッグを伴って

ペダルを踏み込む帰り道。



8って半端な気がしますが

末広がりってことでしょうか?

決まった日にカードを見せると

8%還元されるようです。



お得ですね。



引っ越し初日の晩御飯は

炊いたお米と、買ったおかずになりました。



明日はいよいよ出勤です。




翌日。



辞令交付を受けて

業務の引継ぎ。



半数以上が非正規職員とのことで

新人とは言え、期待が大きいようです。



お父さんから聞いていた

時間無制限の新人歓迎会はありませんでしたが

私は今デスクに向かっています。



「あまり遅くならないように」



締切厳守のボードの前で

帰る上司が冷たく言いました。



時刻は午後8時。



表情の消えた先輩から

次のお言葉がありました。



「先に帰ったら許さないからね」



非正規職員が帰る定時の後が

正規職員の本番みたいです。



最終便に揺られると

静かな自宅に着きました。



炊いた残りのおにぎりが

冷蔵庫に眠っています。



1週間後。



「どれだけ時間を掛けているの」

「私らの若い頃は、寝る間も惜しんでやったものよ」



上司の叱咤激励を受けて、3日連続のお持ち帰り(仕事)です。

自宅まで電話を掛けるのは、愛情表現らしいです。



取り敢えず2時まで書類を書いて

少し眠れば夜明けの生活。



ご飯を炊くのも疲れました。

ダイエットなら大成功。



寝ぼけた頭で出勤です。



3週間後。



修正した書類を提出したら

4回目の修正が入りました。



「締め切りまで時間があるでしょう」



締め切りは3日後(月末)です。

因みに先輩は、一度も提出していません。



「今日になって出されても、見られる訳がないでしょう」

「スミマセン(棒)」

「もういい。このままあなたの責任でやりなさい」



締切当日になって、やっと先輩が提出しました。



「早く出したら損だよ」



上司が帰った午後8時。

こっそり教えてもらいました。



「いつもお疲れ様。着いたら起こしてあげるよ」



最終便の運転手さんが

そう声を掛けてくれました。



この週末は少しだけ

気持ちが楽になりそうです。



そう思って眠りに就くと

お昼まで目が覚めませんでした。



貴重な週末は

残り36時間です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代ヱレミア a-stone. @a-stone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る