「架空日記」のその後 【2】

message 【2】

天久保陽葵様へ -兄・啓太郎からの手紙-

天久保陽葵はるき


前略 20年ぶりに妹にかける言葉として何から書き始めればいいのか、兄である僕は迷いながらこの手紙をしたためています。


転移した時の貴女はわずか5歳。

今は立派な女性に成長していると思いますが、兄である僕を、父を、母を、覚えていますか。

僕たちは一日たりとも貴女のことを忘れる日はありませんでした。

貴女が異世界で無事に生きている、そう信じながらも、何の手掛かりも得られず、貴女の消息を知りたい、そればかりを願ってきました。


僕はあの夕立の日、雷による転移から貴女を救えなかったことへの自責の念から、現在は異世界転移研究所で災害転移研究をライフワークにしています。

そのおかげで、同じ研究所に勤務していた花畑君を頼り、貴女に届くかもしれない手紙を書くことができています。

この手紙が貴女の元へ辿り着く可能性は低いのかもしれない。

それがたとえ一縷の望みに過ぎなくても、僕たち残された家族にとっては大きな希望です。


異世界転移した花畑君からの手紙が先日こちらの研究所へ奇跡的に届きました。

そこで、貴女に関する情報が多少なりとも得られました。

20年という長い間に、貴女がどのような環境で成長し、どんな価値観をもち、どんな人たちと関りを持ってきたのか、僕には想像もつきません。

ですから、貴女が今置かれている状況も、どのような経緯いきさつでそうなったのか、そこが本当にあなたがいるべき場所であるのか、僕の価値観で判断することはできないと思っています。


けれども、これだけははっきりと尋ねたいのです。


貴女は今、幸せですか?

そちらの世界で友情や愛情に囲まれながら、健康に暮らしていますか?


父・英次は来年で還暦を迎えます。会社では部長になり、働き盛りの頃よりも少しだけ家に帰ってくる時間が早くなりました。最近は定年後も健康でいるためにと、母さんと早朝ウォーキングを始めたそうです。

母・貴子は57歳になりました。僕たちが子供の頃は手作りのおやつをよく作ってくれましたよね。僕が大学で一人暮らしを始めてからは家が広くなったからと、自宅でお菓子づくりの教室を開いています。教える時間よりも、生徒さんと作ったお菓子をつまみながらおしゃべりするティータイムの方が長いようです。

今年の正月に帰省したときに撮影した家族三人の写真を同封します。

貴女の記憶よりも三人ともだいぶ歳をとっていて驚かれることでしょう(笑)

それでも、家族で幸せに暮らしていた頃を思い出すきっかけになればと願っています。


父さんと母さんには、今回僕が貴女の消息をつかんだことはまだ話していません。

表面的な事実だけを伝えては、二人の心労を増やすだけだと思うからです。

貴女がそちらの世界で健康で幸福な人生を送っているのであれば、そのことを伝え、安心させたいと思います。


けれどももし、そうでなければ――


この手紙は恐らく僕の同僚の花畑君によって貴女の元へ届いているはずですから、まずはどうか彼を頼ってください。

僕が彼と共に貴女にとって最善の策を模索しますから。


僕も父も母も、陽葵と四人でいつか再び食卓を囲める日がくることを待ち望んでいます。

それまでは、こうして手紙を書き続けることで望みをつなげたいと思っています。


時を経ても、時空を越えても、僕という兄がいることを忘れずにいてくれたら嬉しいです。



     親愛なる妹へ――


     天久保啓太郎

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