6月16日(金) 不審自転車のこと

 昨日は泣きじゃっくりが落ち着いてから、そのまま寝てしまった。


 日記は一体何をどう書けばいいのか……。

 頭の中を整理するためにも、順を追って書くことにする。


 昨日は来週の所内情報交換会のための資料作りで残業となった。


 前日の天久保さんの涙にモヤモヤしながらもなんとか仕事をこなし、研究所を出たのが20時くらい。

 つくぼセンタービルを通り過ぎてから、車通りの多い学園西大通りへ出た。


 誰も歩いていないのに無駄に広く暗い歩道を走っていたら、また後ろに自転車の気配が……。

 速度を変えても一定の距離を保ち続けて追ってくる自転車に恐怖して、私は全力で漕いだ!

 それでも時々後ろを振り返ると、自転車の小さく丸いライトが不気味に追いかけてくる――!



「もぉやだぁーーーっ!!」



 思わず叫んだ時だった。


「待てぇっ!!!」


 ガシャーンッ!!


 男の人の声と自転車が倒れる音に思わず振り返ると、もつれあう二つの黒い影が見えた。


 どうしていいかわからなくて、自転車にまたがったまま立ち止まっていたら……。


手代木てしろぎ君じゃないか!?」


 聞き覚えのある苗字と、聞き覚えのある声に驚いた。


「なんで手代木君が梅園さんをストーキングしてるんだよ!?」


 その無駄にダンディな声の主はゴリエスト松代さんだった。

 振動転移研究室の手代木さんが何か反論しているようだったけれど、内気すぎて彼の声を聞いたことのある人は所内でほとんどいないと言われている手代木さんの声は私のところまでは届かなくて、「梅園さん! 大丈夫だからちょっと来てくれる?」と松代さんに呼ばれ、自転車を停めて恐る恐る近づいた。


「手代木君、今俺に弁解したこと、梅園さんにちゃんと伝えて」

 松代さんに促されて、か細い声で話し出した手代木さんの話では、先日も今日も、自転車通勤での帰り道にたまたま私を見かけて、暗い夜道を女の子が自転車で走っているのは物騒だからと、見守るつもりで後ろを走っていたと。


「だったら声をかけてくれればいいのに……」

 そう言った途端にほっとして涙が出てきた。

 恐怖と緊張が解けて、涙が止まらなくて、嗚咽まで出てきて、泣きじゃっくりが出始めて。


 いつの間にか車道に横付けされたタクシーに、松代さんに付き添われて乗り込み、家まで帰った。


 うん。そうだ。

 それが昨晩の出来事だ。

 お母さんには、泣いてる私の代わりに松代さんが事情を説明してくれてたな。


 今日は歩道に放置した自転車を取りに行かなくちゃ……。

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