第2話 暇なら一緒に行くか?
「おおっ、これは! 素晴らしい! 転移してきたとかいう男から噂は聞いていたが、これ程までに完璧な神器が本当に存在しているとは!」
黒猫は先程まで怪しく光らせていた黄色い瞳を、今度は爛々と輝かせながら興奮気味にそう語る。
その見た目だけならとても可愛らしいのだが、その声は変わらずの低音。まるでいい歳したおじさんがみっともなくはしゃいでいるように聞こえて、玄一は呆れたようにテーブルに頬杖をついていた。
「神器って……これただのこたつだぞ」
「そうだ、これがこたつ! こいつは俺の為に作られだと言っても過言じゃない!」
「それは過言だ」
リビングの真ん中にどんと構えていたのはつい先日玄一の母が設置した冬の必需品だった。
猫はこたつで丸くなる、なんて歌詞があるように、それは猫にとって天国なのかもしれない。それはたとえ普通とは異なる喋る奴だったとしても。
しかし、それは人間にも言えることで、玄一は体を温めながら心の中ではその言葉に同意していた。
だがそれよりも、だ。
「で、家に上げてやったんだからそろそろ話を聞かせろよ」
「うむ、そうだったな」
玄一の急かすような問いかけに黒猫は頭だけ外に出し、ゆっくりと口を開いた。
「俺はとある物語の登場人物なんだ。……まぁ、人物ではなく猫だが」
「うん?」
「その物語の世界から来たから、この世界の者じゃないと言ったんだ」
「はぁ……」
自分の説明に腑に落ちない様子の玄一に、黒猫は少し考えてから続ける。
「お前、漫画や小説を読むか?」
「ああ、まぁ、読むけど」
「そこに登場するキャラクターがこの世界に遊びに来たってわけさ」
「……そんなことがあるのかねぇ」
玄一は難しい顔をするが、さっき家の玄関を開けようと触れた時静電気で痛みを感じたことが夢ではないと証明されているような気がしていた。実際喋る猫が目の前にいるわけで……。
と、そこで一つの疑問が湧いてきた。
「なぁ、その登場人物が物語の世界から抜け出して大丈夫なのか?」
もし、重要な役割──例えば物語の主人公が違う世界に遊びになんて行ってしまったら大問題だ。というよりも、物語自体が続かなくなってしまう。
その質問に、黒猫は少しだけ間を置いてから答える。
「……ああ、問題ない」
「なんで?」
「俺の物語はもう終わったも同然だからだ」
そう言う黒猫は悲しげに目を細めた。
「つまり完結したってわけか?」
「いいや、違う」
「ん? じゃあ……」
「途中で続かなくなってしまったんだ。作者が俺達のことを投げ出したんだろうよ」
「……そうなったらどうなるんだ?」
「どうもならないさ。まぁ、最初はみんなパニックになったけどな。でも、今は好き勝手暮らしてる。あらすじ通りに進まなくてもよくなったからな」
「そんなものなのか……」
玄一は興味深そうに呟く。
途中で終わってしまった物語の末路など考えたこともなかったのだ。
そんな玄一の様子をちらりと見て、黒猫は言う。
「俺の能力のひとつに空間転移ってのがあってな、それを使って今は色々な世界を見て回ってんだ」
「へぇ、なるほど」
「この能力を設定してくれた作者には感謝してるよ。退屈しなくて済むからな」
「ふーん。そうだ、なんでまたこの世界に来たんだ?」
「それは……」
黒猫は、口を閉じた。
玄一は、そのどこか気まずい雰囲気に何か良からぬことを聞いてしまったのではないかと内心慌てるが、黒猫はすぐに何も問題無いように欠伸をひとつして、
「まぁ、気まぐれさ。作者って奴がどんな世界に暮らしてたのか気になっただけだ」
「そうなのか」
「しかしここは何もないところだな。騒がしいより静かなほうがいいが」
「まぁ、ここは田舎だしなぁ」
「それに魔力が微量も感じられない。他にも魔力が無い世界は見てきたが……魔法が使えなくて不便じゃないのか?」
黒猫がそんな素朴な疑問を真面目に投げかけると、玄一は思わず吹き出すように笑った。
「ははっ、元からそんなの無いから考えたこともないな!」
「そうか。まぁ、確かに魔法が無くてもこんな素晴らしい機械が作れるくらいだしな」
黒猫は気持ちよさそうに目を閉じる。心底こたつが気に入っているようだった。
「魔法ってさ、風とか炎を操ったりするんだろ?」
「そういうのもあるな。俺の空間転移だって魔法さ」
「すげぇ。一度見てみたいもんだ」
玄一のその言葉を聞くと、黒猫はのそのそとこたつから這い出て猫特有の伸びをしてから、一言。
「お前、暇なら一緒に行くか?」
「は? どこに?」
「魔法がある世界に、だ」
「……行けるのか!?」
玄一は前のめりになって黒猫に詰め寄る。その目は眼鏡越しからでも充分わかるほど輝いていた。
「こいつを体験させてもらったお礼さ」
黒猫はこたつを見ながらそう言うと、すぅと深く息を吸い込んだ。
すると、黒猫の足元に何やら魔法陣のようなものが白く浮かび上がる。
「うわっ、なんだ?」
「今から転移する。あ、靴持ってこい。そしたらここに立て」
早くしろ。そう急かされると、玄一は言われた通り玄関から愛用のスニーカーを持ち出してからその魔法陣の上へと立つ。
そうすると、魔法陣が強く光を放ち始めた。
玄一はその眩しさから反射的に目を瞑り、そのまま宙に浮く感覚と共に意識が遠のいていった。
その光が消えると、さっきまで一人と一匹がいたリビングには誰もいなくなっていた。
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