第126話 竜の乗り手は? 俺がナタリーを、新たな道へ誘うこと。

 リーザロットは傍らに控える、骸の騎士を仰いだ。


「タリスカ。乗って頂けますか?」


 タリスカはごく抑えた調子で、彼女に言った。


「断れば話が進むまい」

「ありがとう」

「…………竜の商人よ」


 タリスカがオーナーに虚ろな眼窩を向ける。オーナーはやや怯えながらも、懸命に堂々と振る舞った。


「何ですかな?」

「竜には、我が弟子も乗せよ。精鋭隊の娘だ。…………ヤドヴィガは老齢ゆえ、長旅には耐えられぬ。構わぬな?」

「あ、ああ…………ヤドヴィガ様の件、承りました。

 ただ、その…………貴方様の仰っている方とは、もしやツイード家のお嬢様のことですかな? だとしましたら、そのう…………下世話な話、実際の彼女のお力は如何程なのでしょうか? 何ぶん、ご出身がご出身ですから、額面通りには事が進んでおらんでしょう…………」

「あれは我が弟子だ。7つの頃より旅を共にし、一切を鍛えた。単に剣技のみなれば、精鋭の内にも敵う者はおらぬ」

「な、ならば結構でございます。誠に…………」

「加えて」


 タリスカはナタリーを見据え、言った。


「かの「水先人」の娘を連れて行く。今はまだ「強き者」ではなかろうが、いずれ成る。承知せよ」

「えぇっ!?」


 提案に真っ先に声を上げたのは、ナタリー本人だった。彼女は飲んでいた紅茶を盛大にひっくり返し、立ち上がってタリスカに詰め寄っていった。


「なっ…………いきなり困るよ、骸骨さん!! 自警団の仕事だってあるし、そもそも何で私が…………!?」

「骸骨ではない。タリスカだ。…………「水先人」と、その魂獣の力が要る。ツヴェルグの思惑だ」

「ツヴェルグって誰!? とにかく私できないよ、タリスカさん!」

「敬称は不要。サモワールで見た限りでは、お前には操竜の才がある。できぬことはない」

「そうじゃなくてさぁ…………。ねぇ、ミナセさんからも何とか言ってよ! 私、全然話についていけないよ!」


 俺はナタリーとタリスカを見比べ、困惑した。ついていけないのは、俺だって同じだ。ツーちゃんのヤツ、いなくなったと思ったらまた何を出し抜けに…………。

 ともかく俺は、リーザロットに掛け合った。


「どういうこと? リズは、ナタリーのことを知っていたの?」


 リーザロットは「いいえ」とたおやかに首を振ると、また物腰柔らかな口調でタリスカに尋ねた。


「タリスカ。そのお話は昨晩、琥珀から聞いたのですか? 彼女の具合はもういいの?」

「ああ。ひとまずは小康を得ているようだ。今夜にも戻ろう」

「わかりました。では、まずは正式にナタリーさんにお願いいたしましょう。お話は、それからで」


 リーザロットは改まってナタリーの方を向くと、いつになく丁寧に、深々と頭を下げた。


「ナタリーさん。「蒼の主」として、貴女に遠征へのご協力をお願い申し上げたく思います。よろしければ、後で一緒に私の館へ来てくださいませんか?」


 ナタリーがアワアワと口を動かし、泣きそうな目で俺を見る。俺は彼女に心底同情して、言い添えた。


「あの…………ちょっと唐突過ぎて、ナタリーが困っているよ。もう少し考える時間が要ると、俺も思うな。

 竜のことは、とりあえず彼女のことは一旦保留にして進めないか? 彼女が乗っても、乗らなくてもいいように話を進めようよ」


 俺がオーナーを振り向くと、彼は困り顔で口ごもった。


「うむぅ…………。私としては、名のある方に竜をお任せしたいものなのですが…………」

「じゃあ、二人で乗るのではどうでしょうか? 例えば、ナタリーとタリスカが一緒に乗れるような、比較的大きいヤツを頂くのとかでは」

「特級の、それも大型種をご所望なのですか? それは流石に、こちらもそれなりの対価を頂かなくては踏ん切りがつきません。何しろ、大型種は希少価値も、養育にかかる時間も、桁違いですからなぁ…………」

「なるほど」


 俺は今度は、コンスタンティンを見て話した。


「と、いうことなのですが、どうでしょうか?」

「どうとは?」


 不機嫌面の貴族に、俺は続けた。


「共同所有の件です。こちらからは、オースタンの貴重品を用意できるのですが、それで不足する分を、そちらからご援助願えませんか?」


 全額だって払うとさっきは豪語していたが、まだ彼の真の狙いがわからない以上、信用しきれない。タダより高い物はないと、オースタンではニートだって知っているのだ。

 コンスタンティンは俺を睨み据えたまま、腕を組み直した。


「…………わかりました。では通常種3頭、大型種1頭で、話をつけましょうか」

「ありがとうございます」



 それから俺達は、具体的な金銭の交渉に入った。

 俺のコーラのプレゼンテーションは例によってぐだぐだを極めたが、幸い商品自体の魅力が勝って交渉自体は上手くいった。


 オーナーは「炭酸」という、この国ではなかなかお目にかかれないであろう目新しい要素に惚れ込んでくれたし、試しに飲んでみたナタリーに至っては、


「すごい! ジュースよりヤバイじゃん!」


 と、すっかりハイになっていた。(間違いなくピンクのジュースの影響もあるだろうけど)


 俺は一応の目標を達成した安堵と、新たに浮かび上がってきたコンスタンティンという懸念事項とを同時に味わいつつ、目の前で消費されていくコーラ(今日はもう、手出しできない)に黙って喉を鳴らしていた。


 騒ぎの中、スレーン人のシスイだけが唯一、お株を奪われたジュースを美味そうにちびって、窓の外の空を眺めていた。

 ふと彼が、何を言うでもなくこちらを振り返る。遥か宇宙の彼方から見つめられているような不思議な眼差しに、俺はつい慌てて目を逸らした。

 何だか、ミステリアスな人だ。

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