名も無き竜の国

第5話 「魔導師エレノアの紀行,サンライン近郊編」

『その国に名は無い。「名」などいう魔術を必要とするような生き物は、あの美しい土地には住んでいない。


 この地は気高き女王の治める地である。

 旧き竜王の時代より、時に大樹の如く太く、時に雨露の如く細く、連綿と受け継がれてきた竜族の血には、理外の力が秘められている。とりわけ、女王となるものの逆鱗には最も色濃くその血が発露するという。


 竜族の他に、その偉大な力を継いだ者について、わずかだがスレーン高地に文献が残っている。長い戦の末、ことわりの果てへ…………魔海へと溶けていった、とある男の最期の書置きだそうだ。


<女王の逆鱗には、世界の全てが描き込まれていた。

 言葉無きものの、時の檻を知らぬものの自由が、際限無く広がっていた。

 

 私は目も眩む思いで、彼女の力に飛びついた。


 何度でも繰り返す「勇者」の宿命と、途切れること無き「竜」との縁。

 終わらぬ戦いに、身も心も疲れ切っていた。

 いずれまた「勇者」が現れ、この戦いを継ぐ。

 私はもう、眠りたかった。


 私の元にはついに、安らぎの灯は訪れなかった。

 何もかも忘れ、この因果から解放されたかった。

 紅い糸の夢を、微睡のうちだけでも想えたなら、それでもう十分だった…………>


 哀しいかな、白き大地に注ぐ澄んだ水も、彼の渇きを癒しはしなかったようだ』


〔「魔導師エレノアの紀行」,サンライン近郊編より〕

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