第十一話 再会

 出前機を装着したカブを運転した感触は、いつもとさほど変わらないものだった。

 交差点や車線変更でカブを左右に振ると、後ろで吊られたオカモチが揺れ動く感触は伝わってくるが、走行の振動を吸収する揺れは、ダンパーですぐに収束する。

 気をつけなくてはいけないと思ったのは、すりぬけで周りの車や電柱などにぶつける事故だが、そこまでアグレッシブな走りに縁の無い小熊には無用の心配だった。


 それより小熊には後ろのハンターカブが心配だった。ついさっきまで自分のハンターカブでリアカーを牽くことをカッコ悪いと難色を示していた礼子は、実際に走り出して見るとチャリオットか何かに乗っているかのように楽しそうな様子。

 空荷のうちに新しい装備にカブと自分自身を適応させ、荷物を満載する帰路をスムーズに走るため、抑え目のスピードで走っている小熊のカブを、礼子はもっと飛ばせと言わんばかりに煽ってくる。

 日野春駅付近にある小熊たちの高校から、借り物を受け取る甲府の高校まで、買い物や夏のバイトで熟知した道を、礼子を抑えつつ走っていた小熊はバックミラーを見ながら、後でそっちのリアカー付きカブも少し乗せて貰おうと思った。

 空荷では様にならないなら、後ろのリアカーには礼子でも乗せて、望み通りチャリオット・レースの気分をたっぷり味合わせてやればいい。

 

 出前持ちとチャリオット、二台のカブは三十分ほどで甲府市街にある目的地の高校に到着した。

 校内駐車場の出入り口には守衛らしき人が見当たらないので、そのまま素通りし、敷地内を見回してバイクでの来訪者が利用する駐輪場より、荷物の積み下ろしに便利そうな通用口前にカブを停めた。

 礼子をカブのところで待たせて、職員室に直結している通用口から中に入る。小熊にとっては勝手知った場所。夏の間は毎日この高校まで往復し、書類を運ぶバイトをしていた。

 あの時は教師一人しか居なかった職員室は、放課後で結構人が多い。教師や学校職員は他校制服の上に赤いライディングジャケットを着た、突然の乱入者を訝しげに見ている。


 小熊が誰か手近な人間に、ここに来た用件について説明しようとしたところ、職員室の奥のデスクに座っていた女性が立ち上がった。

「久しぶり!元気みたいね!」

 背が高く髪が短く、もう冬になろうとしているのに相変わらず日焼けしている、小熊が夏のバイトをしていた時に書類の授受を担当していた、体育教師のように見える国語教師が、小熊のところまで駆け寄ってきた。

 満面の笑みを浮かべて小熊の手を強い握力で握り、ぶんぶんと振る女教師。小熊は義理で握手に付き合いながら言う。

「文化祭で必要な物をお借りしにきました」

 女教師は小熊の手を握りながら首を傾げる。

「あれ?先生が車で取りに来るって聞いたんだけど?」

 説明するのは面倒くさいし、その時間も無い。小熊は握ったままの女教師の手を引き寄せ、窓越しに職員室の外が見える位置まで引っ張った。

「なるほどね」

 女教師は外で待つ二台のカブを見て頷いた。


「もう準備出来てるから。今持って来させるからお茶でも飲んで待ってて」

 悠長に一休みしている時間など無かったが、いつもと違うカブで相応の責任を負って走り、荷物を持ち帰る復路が残されていることで、少し緊張して喉が渇いていたので、遠慮なく頂戴した。

 礼子も呼び、職員室の隅の椅子に座って一休みしていると、近くの席に座っていた壮年の男性教師が話しかけてきた。

「きみたち、バイクに乗っているのかい?」

 小熊が答えるより先に、スマホに保存した積荷のリストを見てスタッキングの手順を頭で組み立てていた礼子が返答する。

「ええ」

「危なくないかい?」

 小熊も礼子も、もううんざりするくらい繰り返し聞かれた事。そのたびに返す答えを考えていた小熊が、礼子の替わりに答える。

「いえ、別に」

 バイクは危ないが、世の中には他にも危ないものが幾らでもある。退屈とか。

 お茶を飲みきった頃合に、女教師が荷物を抱えた生徒たちを従え、職員室に戻ってきた。


 小熊と礼子は女教師と生徒の助けを借り、機材や衣服をリアカーに、新聞紙で包んだ食器を出前機のオカモチに積み込んだ。

 女教師は、軽トラ一台分の荷物を運ぼうとしている二台のカブと、その乗り手を見ながら言った。

「ほんと凄いわね。カブってのは、うちのお爺ちゃんも持ってるから、貰ってこようかな」

 小熊は生徒たちが積み込んだ食器の位置を、もう一度自分の目と手で細かく整理しながら言う。

「新車を買ったほうがいいです」

 礼子はリアカーに積まれた荷物を固定しているロープを一度ほどいて結び直しながら言う。

「カブが壊れないってのはウソだから。古いカブに乗るってのは困難ですよ」

 女教師は荷物の積み込みを粛々と終え、整然と職員室を出て行く生徒たちを見ながら言う。

「困らせて欲しいのよ」

 小熊には理解出来なかった。少なくとも小熊は故障の頻度が少なく、壊れても直しやすい、困るような事が最も少ないことを気に入ってカブに乗っている。

 礼子はそうでもないらしく、女教師の言葉に妙な納得をしている様子。

 積み込みを終えた小熊と礼子は女教師に礼を言い、荷物を満載したカブで甲府の高校を出た。

 重荷を積んだカブは帰路も特に問題無く、ある程度余裕を見越して予定していた時間より早く、日野春に到着した。

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