第九話 助力
文化祭の日が迫る中、小熊と礼子はそれらに係わることの無いまま日々を過ごしていた。
先日、小熊と礼子は二人でカブの冬装備を見に行ったが、具体的に欲しいものが無いまま探し回ったリサイクル店やバイクグッズショップでは、収穫と呼べる物は無かった。
こうしているうちにも学校までの行き帰りで吹く風は冷たくなっていく。小熊はこのままの格好でカブに乗り続けていると、自分の体温まで下がってしまいそうな気がした。
放課後、クラスの中でも文化祭に参加するグループは相変わらず何の益も無い祭りの準備に勤しんでいる。普段は作業を名目に教室でのお喋りを楽しんでいるような同級生の中に、波乱らしき物が起きていた。
小熊が帰り支度をしながら聞くでもなく聞いてみたところ、クラスの模擬店として開くイタリアン・バールに必要となる機材の搬入でトラブルが発生したらしい。
元々模擬店をバール・カフェにすることを決めたのは、制服やカップ、エスプレッソ・マシーン等を他校から丸々借りる当てがあったからだが、いざ他校での用が終わり、この学校まで運ぶ段階になって、予定外の事態が発生した。
担任教師に車を出して貰い、教師の持つミニバンで一気に運ぶ積もりが、使わせて貰うという伝達が手違いで先生に届いておらず、先生は車を祖父の介護をしている母に貸してしまったという。
文化祭は明後日。当日前に文化祭実行委員会が模擬店をチェックし、出店の許可を出すのはその前日。限られた時間で明日までに甲府にあるバール・カフェの機材を教室まで搬入し、設置しなくてはいけない。
小熊は右往左往するクラスメイトを横目で見ながら、帰り支度を済ませて教室を出ようとした。小熊より幾らか正直な礼子はザマアミロとでも言いたげな顔をしている。
皆は時計や予定表を見ながら、電車と徒歩の手持ちで機材を運ぼうかと話しているが、運ばなくてはいけない機材は、重いエスプレッソマシーンや割れ物のカップを含め、軽トラの荷台一杯分くらいあるという。
クラスの中で原付や自転車で通学している何人かが、甲府からここまで自力で運ぼうと言っているが、小熊から見ればそんな泥縄の付け焼刃では無理に決まっている。
既に文化祭に向けて一致協力していた同級生たちは、ほぼケンカのような様になって互いの準備不足をなじっている。これでは文化祭の模擬店も、皆が想像していたイタリアン・バールではなく、教室の机に紙コップのインスタントコーヒーを置くだけの物になるだろう。
さっさと教室を出ようとする礼子を追って、自分も帰ろうとした小熊の足が止まったのは、クラスメイトの吐いた言葉を聞いたから。
「馬鹿か原付なんかで運べるわけがない」
小熊は礼子の肩を押さえる。それでも教室から逃げようとする礼子の肩を鷲掴みにしながら言った。
「あれ、持ってたよね?」
礼子は背を向けたまま、一つ溜め息をついてから答える。
「ダンパーが一つ死んでる」
つまり他の部分は問題無い、礼子自身を含めて。そう解釈した小熊は振り返り、クラスメイトに話しかけた。
「何とかできるかもしれない」
いきなり何を言い出すのかと訝るクラスメイトを礼子が手でかきわけながら、運ばなくてはいけない機材の目録に目を通し始めている。
小熊はその場を礼子に任せ、教室を出て廊下を早歩きし始めた。
必要な物は二つ。一つは礼子が持っていて、もう一つは小熊の記憶の中に当てがあった。
文化祭なんかに係わる気は無かった。でも原付には出来ないけどカブには出来ることがある。それを証明するためなら少々の働きをしてみるのも悪くない。
借り物のため職員室へと急ぐ小熊が、渡り廊下から窓の外を見た。駐輪場に並んで停められた小熊のスーパーカブと礼子のハンターカブ、クラスの皆が総出で挑み、そして諦めるような困難を、きっと解決してくれる。
「朝飯前、だよね」
教室からの小走りで少し体温の高くなった小熊は、職員室に駆け込んだ。
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