ロマンとリアリティが見事に融合した快作

心に傷を抱えた男と、身元すら知れぬ奴隷の少女とが、ぎこちなくも心を通わせていく物語。物語の基盤だけを見て言えば、実にシンプル作品だ。
が、いざ読んでみるとどうだろう。文中で描かれるイギリスの空気はどことなく湿り気を感じさせ、主たる舞台の一つであるSASの連中は、基地内でたむろしている時こそ童貞をこじらせたガキのような冗談を飛ばしあいながらも、一たび銃を握れば任務のために最善かつ全力を発揮するプロフェッショナル集団と化す。
彼らが繰り広げるオペレーションの情景は、事前に立てられるプランから実際の行動のシーケンス、瞬間瞬間の迅速な判断まで、執念すら感じるほどの精緻さをもって読者を圧倒する。
主人公ヒルバートの周囲を取り巻くそうした環境の描写は、彼自身の懊悩が透けて見えるような皮肉めいた軽妙さと、絶望を抱えるが故の重苦しさが見事に同居している。
そして、悪夢や幻覚など様々な形を取って現れる彼のトラウマは、致死性の呪いかあるいは汚れた泥のような不快感を伴って読者にもまとわりつき、飲み込まんとする狂気を容赦なく叩きつけてくる。
ロマンにあふれたテーマと題材を、徹底的なリアリティで砕き、抽出した良酒のような作品だ。読めば読むほどに、この作品の綿密な筆致に感嘆せざるを得ない。

これだけ書くと本作がなんだかただ重苦しいだけの作品と取られかねないので、ここからは一番のメインたるヒルバートとブリジットについてクローズアップしよう。
この二人の交流、本当におっかなびっくりで、微笑ましくなると共に野次馬めいたもどかしさを感じずにいられない。
奴隷として躾と精神を叩き込まれてきたブリジットと、彼女に自身の境遇を重ね、彼女を一人の人間として尊重しようとするヒルバートの触れ合いは実に緩慢としており、読者はおろか、二人を取り囲む義理の家族をもさぞかし悩ませていることだろう。
しかもそんなヒルバートの態度は、奴隷としての在り方以外を失ったブリジットにとっては自身の存在価値の否定であるときた。
彼のなけなしの優しさが彼女の心を融かしていくのか、それとも首を絞めていくのか。
そして作中ではヒルバートの視点に徹して描かれているが故に、ただでさえ曇った瞳に隠されて汲み取りづらいブリジットの心中は、ヒルバートの目線を通して察せざるを得ない。
ヒルバートのみならず読者にとっても、彼女の抱える思いと闇は文字通りのブラックボックスと化しているのだ。その五里霧中なおっかなさがまた実にいい。
とまあ、斯様なすれちがいと溝の深さが二人のぎこちなさの原因だが、もう一つ肝心なのはたぶん、ヒルバートが優柔不断のチェリー野郎なことだ。臆病な童貞が尻込み足踏みする様のなんと愛おしいことよ!

2017/6/9現在の最新話である第5話で、ヒルバートはようやく己の脆弱さをブリジットに曝け出し、彼女もまた逃げることなくそれを受け止めた。
それは彼女が奴隷根性、もしくはメイド根性ゆえに義務として行ったことかもしれないが、おかげでヒルバートの苦悩は確かに解きほぐされたのだ。
途方もないほどの長い時間を要するだろうが、ヒルバートがいかにしてトラウマと向き合い、受容していくのか。
そして、かれら二人がこれからどのように心を通わせていくのか、楽しみでたまらない。

端的に言うと、お前らさっさとイチャイチャおっぱじめなさい。おじさん楽しみにしてるから。(暴言)