第4話 プレゼント

教室はいつだって騒がしい。

男子の野太い声に、女子の甲高い声。イヤホンの隙間から嫌でも聞こえてくる。わたしは一番後ろの席から、退屈な映画でも見ているような気分で教室を眺めていた。

同じ年に生まれた男女が1つの部屋にまぜこぜで詰め込まれているのって、よく考えたら結構異様。みんな同じ制服を着て、あんまり個性がないものだから、その中でどうにかいい立場を確保しようと、夏の蝉みたいに自己主張する。

私は音楽プレーヤーのボリュームを3上げた。目を瞑って、音楽に集中する。

みんながカッコいいって言って追いかけているロックなんかを聴くのは逆にダサいような気がして嫌だった。そうしたらいつの間にか私の音楽プレーヤーはジャズとクラシックで埋め尽くされている。


「さーわっ」


後ろから両肩を叩かれて、びっくりして振り返る。


「おはよ」


視界の端で明るい色の髪が揺れる。数少ない、私の友達のひとりが、白い歯を見せてにっと笑っていた。


「……おはよう、梨子」


「何聞いてんの?」


梨子は空いていた前の席に座って、私の左耳から奪い取ったイヤホンを左耳につけた。音楽が半分になって、片耳からは一層うるさい教室の音が頭に流れ込む。でも莉子がいるおかげで、教室のボリュームは半分以下になった気がした。


「ビル・エヴァンス」


「やっぱ私、あんたの趣味わかんないわ……」


別にわかろうともしてないでしょ、と心の中で言い返す。でも梨子に何を言われても、別に悪い気はしない。

梨子は他人の好きなものを否定したりしない。梨子に興味のないものを好きな私、というのをちゃんと受け入れてくれる。


「あーそう、咲和今日誕生日でしょ」


そうだね、と答えれば、梨子はごそごそとポケットを漁る。

中から出てきたのは、てのひらに収まるくらいの、リボンのかかった赤い包み紙。


「あげる」


「ありがとう。プレゼント?」


「そう、開けてみてもいいよ」


梨子の言葉を聞いてから、丁寧に包みをほどいていく。

中から出てきたのは、円い形のコンパクトミラーだった。表面に青のグラデーションが入っていて、とても綺麗。その奥に薄い線で何か模様が描かれている。


「これ、なんの模様?」


「ドラゴン」


かわいいでしょ、といい笑顔で笑う梨子。男の子に向けたら、一瞬で恋に落としてしまいそうなほど暴力的。それでもモテないのは、たぶんこういうオカルト趣味のせい。それが莉子がただの可愛い女の子の型にはまることができない所以でもあり、わたしの友達である理由でもある。


「あんたも大概よ……」


呆れた目で見つめ返しても、梨子は得意げな微笑みを崩さない。わたしが彼女のプレゼントを突き返すことなんて絶対にないと確信しているような、そんな表情。


「いらないの?」


「いる」


とわたしの声に、始業のチャイムが重なった。数学の坂田先生が大汗かきながら教室のドアを開け、生徒たちはのろのろと自分の席へ戻っていく。


「放課後いつものカフェね。ケーキおごってあげる」


それだけ言い残して、梨子も前から二番目の自分の席へと帰っていった。席について振り返った梨子に向かって、私は全身全霊の大好きをこめて親指を立てた。これで退屈な数学も、暑苦しい体育も乗り切れる。間違いない。







「夢見が悪いのよね」


そう呟けば、梨子は一瞬こっちを見て、またチーズケーキに視線を落とした。

日暮れ前のカフェは、夕飯前であるせいか意外にも空いていた。それほど広くはない店内に、わたしたち以外のお客さんは5組ほど。窓から見える三宮の街は、心なしか疲れているように見えた。


「いいじゃない、別に。夢なんて目が覚めればすぐ忘れちゃうでしょ」


そう言って梨子はケーキを一口頬張る。わたしもアッサムのミルクティーをひとくち喉に流し込んだ。


「まあ、そうかもしれないけれど」


そうかもしれないけれど、そうじゃない。

何度も同じ夢を見るのだ。まるで私に語りかけるように、毎晩あの世界に引きずり込まれる。赤い鳥居がそびえる山間のあの村。見たことがないはずなのに、懐かしい景色。会ったことがないはずなのに、恋しい人々。終いにはどっちの世界が現実か、わからなくなってしまいそうだ。

窓の外で、車が夕日を浴びててらてら光りながら過ぎて行く。灯り始めたネオンの明かり、道路を流れる人の波。体に馴染んだ都会的な喧騒が、こっちが本当の世界だよと囁いているみたい。


あの人は誰だったのだろう。

夢でわたしの名を呼んだ男の子。初めて見たはずなのに、ずっと前から知っているような、あの不思議な男の子は。


食べかけのモンブランはわたしをじっと見つめている。視界の端では梨子もこっちを見ている。わたしは何気ないそぶりで、クリームたっぷりのモンブランを削り取って口に運んだ。舌の上に張り付いた甘味が、微妙な真の悪さを溶かしてくれる。


「精神的なものじゃないの? もうすぐあんたのお母さんの命日なんでしょ?」


莉子はそう言って、洒落たカップになみなみ注がれたコーヒーをすすった。そうかもね、とわたしは言葉を濁し、モンブランのてっぺんの栗を口に含んだ。

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夢を見た。 水守 うた @uta_minamori

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