夕映えの惑星

真夜中 緒

夕映えの惑星

 あの教授の授業は厳しいと聞いてはいたけれど、予想以上だった。

 頑張ったつもりでも幾つかのレポートで不可をくらい、追加のレポートに取り組む羽目になった。追加レポートはそれぞれに別の課題が与えられる。私に与えられた課題は、ある未開惑星の一地域における成長儀礼についての調査だ。

 割り振られたのはその惑星での中心的な文明地域の一つの周辺部にある島国の、集権政権所在地のやや外れ。山間部に住む夫婦を協力者とする。

 私はベース基地のポッドの中で眠りに付き、用意された現地知的生命体様のボディを使って調査を始めた。


 「姫はなんとまあ、大きうなるのが早いこと。こんなじじばばの元に来てしまったから、急いでくれておるのかねえ。」

 ばばさまが私の髪をとかしながら言う。

 確かに竹の一節に収まるサイズだったボディは、随分とばばさまのサイズに近づいた。髪ももう背を覆い、座っていれば床に引きずる長さがある。

 「この様子だとあっと言う間に婿殿を探すことになりそうねぇ。」

 その台詞にちょっと身震いする。いくら仮のボディでも、現地生命体との繁殖行為は体験したくない。

 じじさまとばばさまの家は随分と大きくなった。木の香も新しい家だ。

 広々とした部屋は衝立などで仕切って使う。今、私がばばさまと座っているのは外から近いところで、植物の茎を束ねた御簾という日よけを開口部に下ろし、板敷きの床に敷物を敷いて座る場所を作ってあった。

 身に着けた衣装も絹という高級な織物で、滑らかな感触が心地良い。最初に着せられたごわついた麻とは随分違う。

 これは成長儀礼が調査対象なので、協力者の経済状況を整えるための補助がなされているからだ。どんな文明でも煩雑な成長儀礼を網羅するのは、ある程度以上経済的な余裕のある層と決まっている。

 補助はさりげない形で行われることになっているけれど、私の場合、私がじじさまに拾われた、竹林の竹の中に貴金属を入れておくという形で行われていた。私のボディも竹に入っていたのだけど、これはさりげないんだろうか。設定した者のセンスと常識を疑わざるを得ない。

 それはともかく、経済的余裕を得た老夫婦は家を建て、家財を整え、私を飾ることに熱中した。

 七日、五十日、着袴の祝い。ボディの成長が早いのでとても忙しそうだ。

 このまま大きくなるようなら近いうちに髪上げを行って、大々的にお披露目しなければならないそうで、なんだか楽しそうに計画している。

 そんな二人を見るたびに、少し胸が痛む。

 二人が私をかわいがってくれているのは本当の事なので 

 私はそれ程長くはここにいない。

 ボディの成長が早いのは、儀礼を効率的に体験するためだ。だって、私はただの学生で、欠点を補うためのレポートを書くためにここにいるのだもの。そんなに長くはかかりきりになっていられない。

 この惑星の一年は私達の本星に比べて随分短い。生き物の寿命もそう。それでもまともにかかりきりになると長すぎる。

 だから、成長儀礼を一通り体験したらこのボディは活動を停止する。二人から見れば死ぬ、ということになるだろう。二人はどれほど嘆くだろうか。

 それを考えると憂鬱だった。


 私に名前がついた。

 かぐや、という。

 これまで呼ばれていた「姫」というのは単に娘というほどの意味で、あえて言えば「高貴な」という形容がつく。

 この地域では正式な名前というものは成人の際に決まるのだ。子供に名前は呼び分けるための便宜的なもので、そういえば「なよ竹の姫」と呼ばれる事はあったので、幼名は「なよ竹」なのかもしれない。竹から生まれた娘としては順当な幼名だと思う。

 名付け親はじじさまの氏の長者という人がつとめてくれた。

 髪上げの祝いは凄かった。

 髪を上げる役目をばばさまが、裳の腰結を名付け親の奥方がつとめて、私は大人の姿に変わった。

 子供の頃は髪は邪魔にならないように結んだだけ、着物は袴の上から長い上着を纏っただけだ。

 それが大人になると髪を結い上げて櫛や釵子を挿し、袴の上から長い裳を身に着けて背子を重ね、領巾を纏う。

 釵子は銀、櫛は螺鈿の贅沢な塗櫛だったが、私はじじさまにねだって竹で小さな鳥の意匠の釵子を一つ作ってもらい、櫛の脇に挿した。

 裳は青と若竹のだんだらで、背子は鮮やかな茜色。肩に纏った領巾は白地に銀の摺り模様が入っている。

 じじさまは派手に髪上げ祝いをやったので、私の事はたちまちに評判になった。

 私はとても美しいらしかった。

 このあたりも用意した者の配慮を問いたい。いったい何を考えて、そんな外見のボディを用意したのかと。

 髪上げの日を境に屋敷は物見高い連中に取り巻かれることになった。ちょっと外を覗いただけでも大騒ぎで、庭にも出られやしない。求婚者の手紙は引きも切らず、じじさまとばばさまは手紙を見比べて考えているようだった。

 いや、ないから。

 じじさまとばばさまは好きだ。

 結構、情も湧いてきた。

 でも、繁殖行為はムリだから。

 いくらなんでもそれはない。

 私はどんな「良縁」にも首を縦にはふらず、ただじじさまとばばさまの娘でいたいのだと訴えた。


 太陽が中天を過ぎて地平線へ近づくと、不思議な光景が広がる。

 燃え上がるような赤い空。

 その赤い色が濃いほどに、次の日は晴れるものなのだそうだ。

 私にはちょっと馴染めない。

 本星と違ってこの惑星の全ての色は鮮やかだ。それはもしかしたら惑星環境の問題だけではなくて、このボディとも関係しているのかもしれない。

 その鮮やかさにちょっとくたびれてしまう自分がいる。

 中でもあの、空が燃える「夕焼け」とか「夕映え」とか言うものは、私をひどく不安にさせる。心がざわざわと揺り動かされる。

 胸が痛いような感じがする。

 だから、夜が好きだ。

 淡い月光の中では鮮やかさはなりをひそめ、やっと私は深呼吸をする。

 私は「なよ竹のかぐや姫」ではない自分自身を取り戻す。

 成長儀礼の記録は終え、もういつ戻っても構わない。なのにどこかさり難くぐずぐずしている内に、話は妙な方向へ転んだ。


 朝から大騒動で屋敷が磨き上げられている。なんでも都から貴族が五人も打ち揃って、求婚に訪れるのだそうだ。

 なぜ?

 なぜは色々ある。

 なぜ、わざわざ都から?

 なぜ、五人一緒に?

 なぜ、手紙じゃなくて来ようと思った?

 本当に意味がわからない。

 いや、考えて見ると全くわからないって事はない。

 つまり「かぐや姫」の評判が、都まで届いたのだろう。

 それで物見高い都人が見物にやってきたのだ。

 五人連れ立ってやってくるのは、結局物見遊山だから。手紙のやり取りを省略しているのは、賤の女だと見くびっているから。

 都から貴族が来たとなれば、ほいほい姿を見せるだろうとか思われてるのだ。

 冗談じゃない。

 貴族だろうがなんだろうが、結局調査対象に過ぎない。なめられてたまるものか。

 私は居並ぶ五人の貴族にちらりとだけ姿をみせ、すぐに御簾の内に引っ込んだ。それで十分だった。 

 本当にこのボディは美しいらしい。

 五人の貴族は見事に食いついた。

 そうなると五人で来たことで引けなくなる。引けば負けたことになるからだ。

 私は五人にありえない宝物を要求した。

 石造皇子には佛の御石の鉢。

 車持皇子には蓬莱山の玉の枝。

 阿部右大臣には火鼠の皮衣。

 大伴大納言には龍の玉。

 石上中納言には燕の子安貝。

 どれも伝承にはあって、実物は存在していないのが確かめられている品だ。

 結局五人の内の三人は、ズルをした上で失敗し、残り二人は真面目にやって一層派手に失敗した。


 派手な評判が貴公子五人を呼び込んだとすると、彼らの失敗は帝を呼び込んだ。

 帝。

 神の末裔と崇められる、この地方の権威者。その伝承だけでゆうに数冊の本が書けるだろう。

 関わりあいにはなりたくない。

 なのに、出仕を促すために女官が派遣され、断ると帝本人まで現れた。

 もう、限界だった。

 ただ、この状態でいきなり死ぬというのも収まりが良くない。何よりじじさま、ばばさまの嘆きを思うと怯む。

 そこで一計を案じた。

 同じ会えなくなるのなら、死んだと思うより去ったと思うほうがマシだろう。第一もう十分に目立っている。いっそなにかお伽噺的な展開に持ち込む方が害が少ない気がしないでもない。

 ベース基地に協力を仰ぎ、「月からの迎え」を演出して惑星から去った。


 頑張ったかいあって、なんとか欠点は挽回出来た。私は普通の学生生活にもどった。特になんの変化もなく、前と同じ日常を過ごしている。

 ただ、時々あの景色が目に浮かぶ。

 赤い、燃え上がるような空の色。

 鮮やかに色づく世界。

 戻りたいかと問われればそれは違う、けれど懐かしくないかと問われて否定はできない。

 じじさまやばばさまに二度と会うことはないけれど、あの短いひとときに、私は確かに二人の娘だった。

 毎日違和感ばかりを感じた夕映えも、今なら悪くもなかったように思える。

 鮮やかな赤い空は、明日もきっと晴れるしるし。私が私の日常の内にあるように、きっとあの惑星では今日も夕映えがあかあかと燃えている。

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