領主と吸血鬼18
* * *
ミシェル・ロクサーヌが行方不明になっているという情報は、彼女が検査入院していた病院関係者にも知れ渡っており、結構な騒ぎになっていた。
どうやらルクルス家の家来たちが心当たりを手当たり次第に探し回っているらしい。
聞けば、ミシェルらが汽車には乗った形跡はないという。つまりまだこのロンディヌスにいるということだ。
「なら私たちは彼らが探せないようなところを探すしかないね」
ロアはそう言って、ロンディヌスの暗部へと足を向ける。
ロンディヌスにはスラム街が存在する。
軽犯罪も多く、夜間は特に、住人以外は近づかない場所だ。
人を隠すのに都合がいい場所ではある。
ロアとマリアはぴったりと横に並んで、湿っぽい空気漂う狭い路地を歩いた。
当然、麻薬中毒者のひとりやふたりにからまれることは覚悟していたのだが
「……静かだね。誰ともすれ違わないし」
実際足を踏み入れると、本当に人がいるのかと疑わざるを得ない静けさだった。家らしき建物にもことごとく灯りはついていない。
物音がするとすれば道の端を走るネズミの足音くらいだ。
どこか不穏な空気を感じながら、それを払うようにマリアはロアに問いかけた。
「ロア様はこの件をどう思っていらっしゃるのですか。ただの不埒者による誘拐とお思いですか、それとも……」
付き人のジェフ・ウロボスとも連絡がつかないということを鑑みると、彼のことも疑わしいとマリアは暗に言った。
そんなマリアの問いに、ロアはさてと返答に困る。
「なんの証拠もないから何とも言いにくいね。彼の忠誠心……というよりミシェル嬢に対する愛情は本物に見えたんだけど」
「ゆえに、ということもあるでしょう。少女誘拐の目的は、金品だけとは限りません」
マリアの明け透けな言葉にロアは思わずマリアの顔を覗う。
「……言いにくいことも言っちゃうよね、君は」
「伏せたところでどうしようもないことです。
とにかく実質的な被害が出る前に彼女を探さなければ」
そうして歩いていると、ふと前方の建物の陰に、はじめて人間の姿が見えた。
真っ白なワンピース姿の、長い黒髪の女性だった。
正直このスラム街には似つかわしくない。
マリアがその女性に声を掛けようとしたそのとき、ロアが叫んだ。
「マリア、下がって!」
長い髪の女性は振り返りざま、突然ナイフを振りかぶる。
ロアはとっさにマリアの前に出て、女性の手首をつかんだ。
「……!」
女性の肌はあり得ないほど冷たく、血の気のない色をしていた。
そして、彼女の顔にロアは見覚えがあった。
「シルビア・セレス……!」
吸血鬼騒動の第2の被害者だ。
完全に無表情なことを除いては、教会の報告書に上がっていた顔写真そのままの容姿だった。
「やはりネクロマンスを……ッ!?」
死体が動いている事実にまともに驚愕する暇もなく、マリアは後ろから何者かに羽交い絞めにされた。
「マリア!?」
見れば、マリアの動きを封じているのはまた別の少女だった。
肌の白さ、表情の虚ろさからして彼女も間違いなく死人だ。
ロアがそちらに気をとられた間に、シルビアはロアの腕をふりほどき、再度ロアに斬りつける。
「っ」
ロアの喉元から赤い血が散った。
間違いなく急所を狙っているらしい。
「ロア! 私のことはいいから目の前の女に集中を!」
そう叫ぶマリアの前に、また別の、死人の女が現れた。
成人女性であることからして第4の被害者マライア・ネイサンだろう。
彼女はマリアの首を正面から両手で掴み、締め始めた。
冷たい手が容赦なく、マリアの頸部を圧迫する。
「っ……!?」
「マリア‼」
ロアはシルビアの足を払って転倒させ、マリアの首を掴んでいるマライアを横に蹴飛ばした。
息を吸ったマリアは、自身を拘束する少女の腹部に肘を入れ、拘束を解く。
「大丈夫?」
「そっちこそ、」
ほっとしたのもつかの間、上方からの気配を感じ、ロアとマリアは同時に退いた。
ふたりが立っていた場所に斧が振り下ろされ地面が抉れる。
斧を持ち降って来たのは、第5の被害者カロライナ・フェリーだった。
カロライナは言葉にならない叫び声を上げて、ロアに向けて斧を振り回す。
その凶器といい腕力といい、他の死人よりいささか彼女は攻撃的だった。
狭い路地なので斧の斬撃をかわすだけで精一杯になる。
その間もロアの喉からの出血は止まらず、喉を押さえる彼女の手は血で赤く染まっていく。
「ロアから離れなさい!」
見かねたマリアがカロライナに向けてくないを投擲する。
くないはカロライナの首の後ろに深々と刺さったが、彼女は倒れなかった。
彼女は刺さったくないを自ら外し、他の3人の死人に合図を送る。
倒れていた死人の女たちは一斉にマリアに襲い掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます