領主と吸血鬼14
翌朝、マリアはロアの腕の中で自然と目を覚ました。
時刻を見ようにも、ロアの身体があって身動きがとれず、どうしようか逡巡して、結局そのままでいた。
分刻みのスケジュール表はもう無意味になったところだし、昨日は色々あって疲れているのも事実だ。
昨晩ここで弱音を吐いてしまったことを思い返し、マリアは内心でうなだれた。
そしてロアの言葉を思い返す。
『マリアが約束を破っても、私はマリアを嫌いにならないよ。絶対に』
あの言葉はどういう意味で言ったのだろう。
肩の荷を下ろすため?
だとしたらやはり相当ひどい弱音を吐いてしまったことになる。
――嫌いになんてならない。そんなこと分かり切っている。
酔っぱらって「ぺろぺろしたい」だの言ったのはどこの誰かと。
マリアが本当に欲しい言葉は別にあるのだ。
「……ロアの馬鹿」
熱が冷めたのか、気持ちよさそうに眠るロアの顔を眺めながら、マリアはしばらく横になっていた。
* * *
ミシェルが目を覚ますと、傍らにはいつものとおり、彼女の執事が座っていた。
「おはようございます、お嬢様。今回の検査はこれですべて終わりですよ」
ここは病院の個室だ。昨日の昼間に入院して、検査を受けた。
いつも検査入院のときに投薬される薬のせいか、意識がいまいちはっきりせず、ジェフの言葉にミシェルは小さくうなずいた。
「お昼まではここで寝ていてくださいね。私は先生のところにお話を聞いてきます。きっと良いお話がありますよ」
ジェフが部屋を出ていくと、入れ替わりに看護師の女性がふたり入って来た。
「ロクサーヌ様、点滴をお取替えしますね」
はいと小さく返事をして、ミシェルはぼうっと看護師の手際を見ていた。
ひとりが点滴を替えている間、もうひとりの看護師は「お部屋の空気の換気をしますね」と窓を開けた。
そのときふとミシェルの枕もとを見て、「あら」と看護師は声を上げた。
「とても可愛らしいお人形ですね!」
「ほんと、お目めがとっても綺麗。お嬢様と同じ髪と目の色ね。もしかしてオーダーメイドですか?」
看護師たちが見て歓声を上げたのは、ミシェルの私物の人形だった。ミシェルが抱くとちょうど良い大きさのドールだ。
「ジェフが作ってくれたものなの。あの人とても器用なのよ」
ミシェルが少し得意げに答えると、若い看護師たちは「まあ素敵! すごいわ」と歓声を上げた。
ミシェルがこの病院に検査入院するのは今日が初めてではなく、その都度ジェフは付き人としてやってきている。
令嬢に甲斐甲斐しく仕える優男のジェフは、女性の看護師たちの間でわりと評判が良いことをミシェルは知っていた。
よく尽くしてくれる彼に対し、ミシェルの両親が良い縁談話を持ちかけたこともあった。
しかしジェフはそれを断ったらしい。
「私はお嬢様一筋ですからね!」
という言葉を幼いミシェルは真に受けたりもした。
ミシェルの父がやや皮肉気に「あいつは女性に興味がないのかね」とこぼしていたのを覚えている。
けれどミシェルは一度だけ見てしまった。
あれは冬に、検査を受けるためにロンディヌスを訪れた時だ。
ジェフをホテルに置いて、ミシェルが従兄のアルフレッドとふたりでショッピングをしていたとき、街中でジェフによく似た後姿を見かけた。
気になってミシェルが追いかけると、彼は見知らぬ色白の美しい女性と仲睦まじそうに繁華街に入っていったのだ。
彼の知らない一面を見たようで、その日からどことなく、ミシェルはジェフに反抗的な態度をとるようになってしまった。
(……若いのだから当たり前なのにね)
ジェフが相変わらずミシェルを大事に想ってくれていることは、昨日の件でよくわかった。
それゆえにどことなくアンニュイな気分になりながら、ミシェルは白い天井を見上げた。
* * *
「いやあ、久しぶりによく眠れたなあ。マリアが腕枕になってくれたお陰だねえ」
「人聞きの悪いこと言わないでください。それにしたって寝過ぎです、何時だと思っているんですか」
マリアはいそいそと身支度を始める。
時刻は既に午前10時だった。
「もっとはやく起こしてくれて良かったのに。そんなに私の寝顔に見惚れてた?」
「頭突きをお見舞いして起こそうか迷ったのですが」
「それは、痛いからやめてね」
朝の余韻を楽しんでいるのか、どことなくとろとろとしているロアを着替えさせつつ、マリアはひとつ提案した。
「……今日は少し休憩しませんか。ゆっくり食事でもして、そのあたりを軽く散策しましょう。病み上がりですし」
「ほんと!?」
今度こそデートだねと喜ぶロアに、マリアは「どうしてそういうことを無邪気に言うのか」と再度顔をそむける。
「マリアは何か食べたいものはある?」
ロアの問いに、マリアは少しだけ躊躇ってから
「……では、メープルシロップのふわふわパンケーキを」
そんなマリアの回答に、ロアは少しだけ驚いて目をしばたいた。
「な、なんですか。昨日いただいたチョコチップクッキーが美味しかったんです! きっと他のメニューも美味しいのでしょうねと思っただけで、別にあてつけなどではないですよ!」
思わず言い訳が長くなって、マリアはしまったなと反省した。
そんなマリアを見て、ロアは嬉しそうに微笑む。
「わかった。私も昨日は結局あまり味わえなかったから、丁度良いね」
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