プレリュード ボルドウの女領主2

 改めて対面して座ると、領主の若さに驚いた。

 二十過ぎ――恐らく自分とさして変わらない年齢だ。

 本当に寝起きなのだろう、金色の眼はまだ少し眠そうだが、色白で、非常に美人だ。眉などは凛としていて、少し中性的な顔立ちでもある。

 特徴的な赤茶色の長い髪は、少し梳くだけでもっと美しく流れることが容易に想像できる柔らかさがある。

 ……加えて厚手のガウンごしでもわかる、豊満なボディ。

 胸の大きさはさることながら、ガウンの合わせごしに覗く脚の流線がとても魅惑的だ。

 あんな身体を持っているなんて、同じ女性として羨ましいことこの上ない。

 ドレスを着ればもっとその美しいラインが強調されるに違いない。


 なのにこうもだらしないなんて


「非常に勿体ないですね」


 口走ってから、冷や汗をかいて思わず口を押えたが


「よく言われる。ねえマリア」


 領主はこちらの失言を冗談のように笑い、


「喜んでいないで少しぐらいしゃきんとなさってください!」


 少女は主人のはだけ気味のガウンをちゃきちゃきと整え始めた。

 こんな主人と使用人の面白いやりとり、見たことがない。


「それで、都からはるばるこんな田舎まで、よく来てくれたね。汽車でも随分かかるだろう?」

「いえ、それほどでも。日帰りできますから、ボルドウはまだ近いほうです」

「若いのに旅慣れているね」

「特集記事のおかげで各地を飛び回っていますから。自分で言うのもなんですが、結構人気があるんですよ、ソウルフード特集」

「食に関しては身分関係なく皆関心が高い。良い特集を考えたものだね」


 褒められて、私は少し鼻が高くなる。

 引きこもりの領主と聞いていたが、話すと案外普通だ。歳が近いせいか、むしろ他の貴族より話しやすい。

 私の悪い癖で、つい話を広げてしまった。


「この企画も大変楽しいのですが、私の目標は事件記者になることなんです」

「へえ。都は昔も今も奇妙な事件が多いらしいね?」

「そうなんです! 先日はあの伝説の切り裂きジャックの模倣犯が出ましてね、市警が総動員で犯人を逮捕したところです。あれもなかなかショッキングでしたが、今起こっている吸血鬼騒動もなかなかの事件ですよ」


 領主の眠そうだった眼が少しだけ生気を取り戻した。


「吸血鬼。それはまた古典的な」

「そうなんです! しかしこれがなかなか本格的で、被害者の女性たちは本当に血を抜かれて亡くなっていたと!」

「興味深い。どのような手口でそのような真似をしているんだろうね」

「気になるでしょう!? 注射器とも考えたのですが、それにしては奪われた血液の量が多過ぎるらしくてですね! 死因は皆失血死なんです! しかも首元には噛み跡が!」


 思わず熱く語っていると、女中の少し冷めた視線を感じてしまった。


「あ、失礼しました。……興味のある分野にはつい熱く……」

「構わないよ、私はそういうオカルト的な話が大好きだから。マリアは少し苦手なようだね」


 ちらりと女中に視線をやると、彼女は少しだけ申し訳なさそうに赤面した。

 彼女は少しだけ何か言おうと口を開いたが、思い直したようにまた口をつぐんだ。

 その仕草で、彼女が何を言おうとしたか分かってしまった。


「ごめんなさい。被害者は皆女性ですし、同じ女性として嬉々としてお話しするものでもなかったですね」


 己の未熟さを恥じながら、私は女中と領主に深々と頭を下げた。


「君が謝ることじゃない。どうせ都でも、被害に遭っていない者たちはみな面白おかしく吸血鬼の話題で盛り上がっているんだろう? その謙虚さがあれば君は真っ当だ。良い記事を期待しているよ」

「あ、ありがとうございます……!」


 思わぬ激励に、私は頬が火照るのを感じながら一礼した。




 * * *

 都からやって来た女性記者を見送って、マリアは再び客間に戻った。

 客が帰ったかと思えば、彼女の主人はまたソファーで横になっている。


「――ロア様」


 女中が主人に向けるにしては少し鋭い語気だ。


「分かってるよ。でも彼女の行き先は知ってるんだから大丈夫。マリアはせっかちだなあ」

「ロア様が悠長過ぎるんです。大事になっては遅いんです。さあ起きて」


 マリアは動きたがらない主人の手を取って、よっこいしょと上体を起こさせた。

 すぐに手を離そうとしたマリアに対し、ロアはその手を優しく掴んで離さなかった。


「手厳しいなあマリアは。流石は元修道女」

「元ではないです。今もです。お忘れなきよう」

「ええー!? 修道女である前に私の女中でしょ!?」


 マリアのあまりにもつれない態度に、客の前ではぎりぎり繕っていた主人の威厳をロアは崩壊させた。


「以前も申しましたが、貴女の側にいるのに女中という肩書が一番自然なだけですから。それ以外の何ものでもありません」

「いやだー! そんな冷たいこと言われたら傷つくー! もう働くのやめるー!」

「普段お屋敷でぬくぬく引きこもってるんですから、こういう時に働かなくてどうするんですか。ところでロア様、先ほどガウンを直す際に気づいたのですが、少しふくよかになられました?」

「!?」


 ロアの顔が引きつる。


「最近お散歩すらされなくなりましたものね。その割にはお食事とお酒の量は変わりませんし……」

「もうやだマリアの意地悪! 殺して!」

「今はその時ではありません」


 あくまで真面目に返答するマリアに、ロアはしゅんとうなだれる。


「…………いっそ早く殺してくれればいいのに」


 真に寂しげにそうぼやくロアに対し、マリアは少しだけ逡巡を見せた。


「……ロア様。今回の件、頑張って務め上げていただいた暁には、私からご褒美を差し上げます」

「ご褒美!? 本当に!?」

「はい。ですから徹頭徹尾、うまくやってくださいね」


「わかった!」と言わんばかりにロアは勢いよく立ち上がった。

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