第86話 ホラーゲー

 遼太郎たちがコテージの中へと戻ると、麒麟がせわしなくゲームのセッティングを行っていた。


「もう一つのコテージにもPSVRあったので持ってきました。ヘッドギアもたくさんあるので全員でできますよ」

「それはいいですね。ソフトは何があったんですか?」

「ふっふっふ、見て下さい。夏の夜にはぴったりなソフトですよ」


 麒麟は少し勿体ぶりながらソフトを出すと、おどろおどろしい血と銃を構えた筋肉質な男性、後ろにメインであるゾンビの3Dグラフィックが描かれている。

 パッケージにはZOZゾンビオブゼットと書かれており、どうやらパニックホラーもののゲームのようだった。


「あぁ、これ結構有名な奴ですね。確かゾンビから逃げながら街の脱出をはかるんですよね?」

「そうです。設定は某軍事機関が秘密裏に開発していたZウイルスが流出し、一つの街をゾンビシティにかえたそうです。軍はゾンビが流出しないように町全体をバリケードで覆い、誰も逃げられないようにした後、証拠隠蔽の為にミサイル攻撃で街を木端微塵にするそうです」

「ようはミサイル攻撃が来る前にゾンビシティから逃げ出すわけですね」

「そうです、そうです。この清々しいほどどこかで聞いたことあるような設定がたまりませんね。脱出の他にもそれぞれのプレイヤーに勝利条件がありますから、ただのアクションゲーム以外にも楽しむことができますよ。ちなみにオンラインモードしかありませんから、もしかしたら知らない人とマッチングする可能性もあります」

「なるほど、それは楽しみでゴザル」


 ゾンビ物か……果たしてこのメンバーにゾンビを怖がる人がいるのだろうかと、遼太郎は周囲を見渡す。

 真田三姉妹は論外だが、加賀谷やマミたちは案外怖がりそうだと思う。

 すると予想通りマミさんが椎茸に抱き付きながら「やだ怖い~。守って椎茸さん」と言っているが、椎茸の顔には「ゾンビよりあんたの方がよっぽど怖い」と書かれている。

 同じく加賀谷も岩城の方に寄っている。


「岩城さん。僕ホラーはちょっと……怖いです」

「なぁに安心されるが良い。拙者がゾンビなんぞ一蹴するでゴザル」

「さすが岩城さん……カッコイイです。あ、あのゲームの中で手をつないでてもいいですか?」

「えっ? い、良いでゴザルが」

「ありがとうございます」


 なんていじらしい。これで彼が女性であれば言うことないのだが。

 滝下の方は彼女の三島が乗り気ではないらしく「私パス」と残してロフトにあるベッドへと引っ込んでしまった。

 残された滝下はばつの悪そうな表情をしながら頬をかく。


「あの、そういうわけだから俺もパスで……」

「なんで? 一緒にやればよくない?」


 そう声をかけたのは桃火だった。


「ゲームするくらい彼女の許可なんていらないでしょ? 一緒にやりましょ」


 桃火は滝下にポンとヘッドギアを手渡す。

 さすがオタサーの姫。

 桃火はごくごく普通のことを言っているだけなのだが、一緒に遊びましょと美人の女の子が誘ってくれることが、どれくらい男の心にストライクするか彼女は気づいていない。

 某芸人が事あるごとに「惚れてまうやろー!」とネタにしていたことがあるが、まさしくそれである。

 滝下の目には桃火しか映っておらず、完全にくすぶっていた炎が再燃してしまったようだ。

 その様子を見て岩城がそっと遼太郎に耳打ちする。


「彼、もしかして第二のリーダーに気が?」

「ええ、高校の元先輩で同じゲーム部だった人なんですよ。どうやら昔から彼女のこと好きだったみたいで」

「でも、今は別の彼女連れでゴザろう?」

「そうなんですけどね。本当はゲーム好きな内向的な先輩だったのですが、無理してキャラを作ってしまった為に、自分を偽り続けることになって少し疲れてるんですよ」

「リアルアバターという奴でゴザルか。拙者も学生時代オタクをやめてパンピーに憧れたものでゴザルが、ついぞゲームオタクはやめられなかったでゴザル」

「人生の分岐でもありますね。脱オタして別趣味の人たちとうまくやれればいいんですけど、自分をかえるというのは簡単ではありませんし」

「近年はファッションオタクのようなイケメンでもオタクである場合もあるので、そこまで気にしなくてもいいと思うでゴザルが」

「オタクということで、大学でのけものにされたことがあるみたいです。美人の彼女がほしかったという理由もあったそうですが、根幹はそっちだと思います」

「なるほどパンピーたちにオタクキモイと言われてしまったのがトラウマになったでゴザルか。拙者や椎茸殿は小学生の時点でそれを経験してるでゴザル」

「は、早いですね……小学生だとゲームできる方がヒーローだと思いますが」

「平山殿……」


 岩城は澄み切った目で遼太郎の肩を叩いた。


「世の中、顔でゴザル」

「身もふたもないですね……」


 岩城と話を終えると、麒麟がセッティングを終えたPSVR本体を起動させる。


「それじゃ皆さん始めますよ~」


 全員がヘッドギアを被ってVR世界へとダイブすると、全員の網膜に初期設定画面が表示されていた。

 これはホストである麒麟が独断で設定を決めていく。別段大して設定をいじる場所はなかったのだが、初期バディ設定という項目があり、どうやらプレイヤーの初期出現スポーン位置は二人一組バディ制のようで、誰が誰と一緒になるかを振り分けることができるようだ。

 麒麟は手早く岩城、加賀谷ペア、椎茸、マミペアと決まっているペアを作って、ペアが確定したプレイヤーを順次ゲームスタートさせていく。

 しかし残った真田三姉妹と遼太郎、滝下の割り振りをどうしていいかわからない。


「とりあえず私は遼太郎さんとペアにして、姉さんは姉さん同士で組んでもらおうか。でもそうすると滝下さんが知らない人とマッチングしちゃうのかな」


 麒麟が自分のペアを遼太郎に設定した瞬間、それを見て怒った桃火が設定をかえる。

 その度に麒麟が設定を戻すが、つい勢いあまり残りのメンバーのバディ設定をランダムにして開始してしまったのだった。




 遼太郎がVR世界へと転送されると、そこは不気味な声と悲鳴が聞こえる街の中だった。

 薄暗い夜の街を赤く照らすのは、至る所で発生している火災で目の前には横転したパトカーと消防車が黒い煙を上げている。

 恐怖演出なのか、近くのビルから人が跳び下りるとビチャッと嫌な音と共に地面の赤い染みへとかわる。


「世界観は現代で、場所はアメリカやヨーロッパのような都市ですかね」


 辺りを見回すと街灯やビルも見える為、都会を舞台にしていると思われる。

 遼太郎の網膜に[CHECK SUPPORT BAG] と表示された為、目の前でこれみよがしに放置されているバッグを開けてみると中からいくつかの装備が出現する。


「む……これは?」


 遼太郎は出てきたものを見て顔をしかめた。


「ネ、ネクタイに海水パンツ、それにサスペンダー……武器はナイフが一本」


 どこかで見たことのある装備に、まさかと焦る。


「このゲーム、DSOデスサバイバルオンラインを開発したとこなのでは……」


 彼の嫌な予感は当たっていた。

 さすがにもう海パンとネクタイはいいだろうと思いナイフだけを手にする。

 すると、突然「う゛ぅぅ」とうめき声が聞こえ、振り返るとそこには青白い顔をした男がのそのそとこちらに近づいて来ている。

 警官らしき男の着衣は乱れボロボロの制服を着ており、至る所から出血して左足はあらぬ方向へと曲がっている。

 だが、男はそれを痛がる様子はなく足を引きずりながらも、何かを求めるように両腕を突き出して迫って来る。


「凄くリアルに出来ていますね。これ審査通すの大変だったでしょうね……」


 そんなことを口にしながらナイフを構えるが、いつのまにやらうめき声が増えており、消防車の下を潜り抜けながらゾンビが次々に増えていく。

 遼太郎は手早く目の前のゾンビの首を斬って体を突き倒した。そして次のゾンビに対応する為、ナイフを逆手に構え一番近いものから順次処理していこうと決める。

 どれが一番早いかと確認していると、不意に脚を強い力で掴まれた。

 下を見ると、今しがた首を斬った警官のゾンビが遼太郎の足に縋り付いていたのだ。


「しまった首じゃダメか」


 自分の足に噛みつこうとしているゾンビの頭にナイフを突き刺していると、迫っていたゾンビが口を大きく開いて遼太郎へと組み付いてくる。

 歯が何本も抜け落ちた不気味な口をガチガチと音を鳴らしながら開き、必死に噛みつこうとして力づくで押し倒してきた。


「くっ、力が強い! これ組み付かれたら勝てないようになってますね」


 ゾンビは圧倒的な力で遼太郎を押し込み首筋に必死に食らいつこうとしてくる。

 更に良くないのが、周りにいたゾンビたちが続々と遼太郎へとむらがり、上から覆いかぶさってくるのだ。


「いきなりゲームオーバーは嫌です!」

「そいつの頭を上げろ!」


 女性の声が響き、遼太郎はゾンビの首を掴んで無理やり上を向かせとその瞬間ダンと低く鈍い銃声が響き、ゾンビの眉間に大きな風穴が開いた。

 目の前のゾンビは脳漿を垂れ流しながら朽ち果てると、うじゃうじゃと現れたゾンビたちは遼太郎を無視して現れた女性へと群がっていく。しかし所詮ノロマな怪物たち。

 正確無比な射撃が次々にゾンビの頭部にヒットして、一撃必殺で撃ち殺していく。

 さながら映画のワンシーンを見ているような鮮やかな動きで、照準から射撃までの一切よどみない動きは本物の軍人のようにも思える。

 カランカランと甲高い金属音がして、空になった薬莢がアスファルトに転がる。

 女性は長い髪を揺らしながら悠々と武骨なリボルバー式の拳銃をリロードしていく。

 リロードを終えた弾倉シリンダーがカチャンと音をたててセットされると、女性はもう目の前まで迫ってきたゾンビの顎に銃口をつきつけると、全く動じることなく引き金を引いた。


「ブサイクな顔だ」


 弾丸が顎と脳を突き破り、ゾンビの脳天から飛び出ると死肉の怪物はぐらりと後ろに倒れる。

 女性の髪がサラサラと流れ、切れ長の瞳が取り囲むゾンビたちを見据えると彼女はゆっくり王者の如くハイヒールの音を響かせながらゾンビの脳天を弾丸で穿っていく。


「玲音さん後ろです!」


 玲音の真後ろから迫っていた巨漢のゾンビが、両手を広げて抱き付こうとするが背中に目玉かセンサーでもついているのか軽く挨拶するかのように振り上げられた腕と共に投げナイフが飛び、巨漢のゾンビの右目に深く突き刺さった。

 ズンと音をたてて大男の体が大の字になって倒れる。

 玲音はあっというまに集まったゾンビ全てを殲滅してしまうと拳銃を両脚のホルスターになおした。


「強すぎるでしょ……」

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