第85話 脱オタ

 玲音の車をしばらく走らせて海岸に近い高級コテージの並ぶ宿泊施設に到着すると、滝下と滝下の彼女である三島加奈子を含め全員が揃っており、広々とした屋内を覗いて回っているようだった。

 どうやら高級コテージの中でも更にグレードの高い場所をとったようで設備は充実しており、木のモダンの雰囲気に照明は全てランプを使っていて内装は凝っている。

 天井にはどこぞの金持ちの別荘についているプロペラが回っており、リビングには大きな3Dテレビと広々としたソファーが用意されていて、六人以上でも余裕で遊べそうなスペースがあった。


「うわ、凄いこのコテージ露天風呂ありますよ! 岩城さんたち高かったんじゃないですか?」

「ま、まぁ男の大事な一夜の為、奮発はしたでゴザル」

「凄いじゃない、ここ天窓になってるし。夜景が綺麗そうね」

「みんなに使ってもらえるなら良かったでふね……」


 二人の言葉に元気はなかったが、その理由を知っているのは遼太郎だけであった。


「すみません、岩城さん椎茸さん。宿代は請求書切って私宛に送って下さい」


 玲音が岩城たちに礼を言うと、二人は大きく首を振った。


「いえいえ! 滅相もないでゴザル! 副社長に使っていただけるなら本望でゴザル!」

「でふでふ! 費用はこっちで持ちますでふので、小汚いところですが、どうかお気になさらずに!」


 女性陣がコテージを見回っている最中、遼太郎は滝下に話をふる。


「滝下先輩も良かったですか? 無理やり連れてきたみたいになっちゃいましたけど」

「日帰りの予定だったから、俺としてはありがたい」


 彼女といられる時間が延びるならそれは良いことだろうと思ったが、どうにも滝下の視線が彼女である三島より桃火の方に向いていると気づく。

 視線が明らかに桃火を追っていて、これでは彼女より桃火と一緒にいられることを喜んでいるように思えたのだ。

 少しそのことに触れようかと思ったが、岩城たちに呼ばれ遼太郎はじっと桃火を見つめる滝下を後にした。


「どうしました?」

「部屋割りでゴザル」

「どうしたらいいかわからんでふ」

「とりあえず真田家は同じところに入れておいたらいいんじゃないですか?」

「大丈夫でゴザルか。副社長一人に使ってもらわなくて」

「多分大丈夫ですよ。むしろそこまで気を使わなくていいと思います」

「じゃあそこに加賀谷君とマミさんと、え~平山君のお友達の彼女」

「三島加奈子さんだそうです」

「その三島さんも入れて女子と男子で分けるでふか?」

「加賀谷氏は男でゴザル」

「じゃあ岩城君、加賀谷君、ぼく、平山君、滝下君でいいでふか? 三島さんとマミさんは真田家に行ってもらうことになるでふが」

「男女でわけるなら、それでいいんじゃないですか?」


 それで決定かなと思っていると、二階のロフトから声がかかる。


「ねぇ遼太郎、ロフトにも寝られるところあるんだけど、あんたどこで寝るの? 全員雑魚寝でもいいけどベッドあるなら使いたいわよね?」

「私とダブルベッドどうですか?」


 ひょこりと顔を出した麒麟の頭を押しのける桃火。


「あんたは黙ってなさい。そんな根性ないでしょ」

「遼太郎さん、ここPSVR置いてますよ! 夜になったら一緒にやりましょう」


 姉妹でキャイキャイと盛り上がっている様子で、彼女達の中で既に部屋割りは完成されているようだった。


「こりゃダメでゴザルな。完全に平山殿は真田家で寝ると思ってるでゴザル」

「となると、平山君を抜いて、滝下君の彼女とマミさんをこっちにいれるでふか。まぁその方がカップル三つだから別れやすいでふが」

「それでいいでゴザろう」

「岩城さん加賀谷さんこっち見てますよ」

「む?」


 加賀谷(♂)は岩城のところにやって来ると恥ずかし気に彼に耳打ちする。

 その言葉を聞いて岩城は固まり、加賀谷は「考えておいてください」と残して去って行った。


「どうかしました?」

「このコテージ地下があるらしいでゴザル……なぜか地下にもベッドがあって、恐らく声をあげてもバレませんよって教えてくれたでゴザル」

「……岩城君のメスイキスイッチを探されてしまうでふね」

「拙者にそんなものないでゴザル!!」

「いいんですか椎茸さん、そんなこと言ってて。マミさんなんが凄いもの持ってますよ」


 遼太郎が指さした先を見ると、マミの持っているバッグから大人の玩具が覗いている。

 その玩具を誰に使うのかは言わずもがなだ。


「…………岩城君、ぼくら絶対離れないでいよう」

「拙者かまい〇ちの夜より、このコテージが恐ろしいでゴザル」


 そしてほどなくして日が完全に落ち、全員が夕食をとった後だった。

 夕食は全員同じコテージでとり、食後に全員でトランプで遊ぶ。しかし遼太郎は滝下が彼女そっちのけで、ずっと桃火の方を気にしているのが気になっていた。

 人間関係に関してはバカのニュータイプと呼ばれる遼太郎だったが、滝下に未だ桃火に対する未練があるのがわかっていたのだった。

 そのことを桃火に伝えるべきかどうか迷ったが、これはやはり本人たちの問題かと、言わずにいようと思っていた。

 すると滝下の方から呼び出しがかかり、遼太郎はトランプを置いてコテージの外へと出た。


 エアコンのきいていないコテージの外は蒸し暑く、草むらでは鈴虫がリンリンと音を奏でている。

 コテージを背にして、しゃがみ込んだ滝下は煙草に火をつけ、煙と共に深いため息を吐く。


「お前、俺の方見すぎ」

「そうですか?」

「俺も人の事言えねーけど。……ピーチ姫、ちょっと見ない間にすげぇ美人になってんな。それなのに、話してみたらすげぇサバサバしててまっすぐ前向いてる感じで高校時代と全くかわってねぇ」

「彼女は基本前しか見てませんから」

「だよなぁ。あれが部活ではオタサーの姫やってたと思うと笑える」

「彼女は姫気質じゃないですよ。姫は囲まれて喜ぶものですが、格ゲーで相手ボコボコにして喜ぶ姫はいません」

「言えてる。なぁ平山――」

「ダメですよ」


 遼太郎は滝下が次に言いかけた言葉を遮るために、先に言葉を放つ。

 滝下が言おうとした言葉は今連れてきている彼女である三島を裏切る言葉だと想像がついたからだ。

 しかし滝下はそれを無視して続ける。


「ピーチ姫、今コクったら何パーくらいでOKしてくれると思う?」

「0ですね。控えめに言って彼女持ちの男性から告白されても女性は迷惑だと思います」

「でも、それは向こうに全く気がない時の場合だろ? こっちに気があったらその確率は」

「上がりませんよ。久しぶりに再会した初恋の女性が以前より眩しくなっていたから、今ある彼女を捨てて乗り換えようとしているようにしか客観視できません。滝下先輩、あなた昼間僕に自分の彼女は最高だとご自慢されていたじゃないですか」

「それは……そうなんだが。やっぱり俺には加奈子は重いっていうか、身の丈にあってないっていうかさ。ピーチ姫だったら気さくだし、女の子女の子してないから、俺とも気が合うと思うんだよな。ゲーム部の時は結構話してたし」

「そんな消去法で選ばれても女性は喜びませんよ」

「なぁ……お前からピーチ姫に俺の事良く言ってくれよ。頼むよ、俺の後輩だろ?」

「すみません。あまり混乱させることは言いたくありません。あとこういったことで上下関係を持ちだされるのは己の信用にかかわりますのでおやめした方がいいですよ」

「チッ……説教かよ」


 滝下は不機嫌げに舌打ちすると、首を下げた。


「すみません」

「わかってるよ、お前の言ってることが100パー正しいのは……オタクってさ、身の丈に合わない美人を彼女にしたがるじゃん。ギャルゲーでも人気があるのは美人のお姉さん系、ファンタジー物なら高貴な女騎士とか人気出るだろ」

「ギャルゲーなどにハマられる方は何かしらコンプレックスを持ってる方が多いかもしれませんね」

「高校卒業して、オタクのまま大学入ったけどウェーイ系のチャラ男にはウザがられるし、俺の好きな美人系の女の子には俺の体見えてないんじゃないかっていうくらいアウトオブ眼中だしよ。鏡に映った自分の顔見たら、ダセー男が映ってた。こりゃモテねーわって思ったぜ」


 俯いた滝下の持つ煙草の灰がポロリと下に落ちる。


「だから髪切って、体ちょっとは鍛えて、ファッション雑誌買って、それに載ってたコーディネートまるまるコピって、わけわかんねーくらいたけー服も買った。話合わせる為にクソ面白くもねぇドラマや、興味ねぇサッカー見てアルゼンチンすげぇとか、にわかまるだしの会話して。ようやく脱オタして美人の彼女ゲットするまでに至ったのに。なんだこの虚無感。カラオケで好きな曲も歌えやしねぇ。ほんとに一般ピーポーってこんな生きづらい生き方してんのかよ」

「……自分を偽り続けるのに少し疲れてしまっただけですよ」


 二人で話をしていると、コテージから麒麟が遼太郎を呼ぶ声が聞こえてくる。


「遼太郎さーん。ゲームしましょう!」

「はい、すぐ戻ります。先輩気分をかえてゲームしましょうよ。好きだったでしょ?」

「俺ゲームなんかやったことない設定で通ってるから。大学でゲームしてる奴とか見たらダセェとか言ってた側なんだよ」

「いいじゃないですか、ゲームをやったことない人が初めてゲームをやるってことで。それでうまくできたらきっとカッコイイですよ」

「…………ゲーム上手い奴なんてダセェだけだよ。現実じゃなんの役にも立たねぇ」

「滝下先輩、自分がオタクだったからのけ者にされた。そのことで自分をかえる努力をされたのは凄いと思います。ですが、だからと言って、わざとゲームを嫌いにならなくてもいいじゃないですか」

「お前みたいに恵まれてる環境の奴がわかったこと言うな」


 滝下は卑屈な目で遼太郎を睨もうとしたが、彼の瞳があまりにも真摯であり、それでいて優しかった為二の句を繋ぐことができなかった。


「ゲームは敵じゃないんですよ。ご自身の楽しかった時間を否定しないで下さい」

「……昔からお前といると調子狂わされるぜ……。ほんとお前とピーチ姫はゲームバカだと思う」

「バカの一念岩をも通すって言葉があるんですよ」

「これだから芯があるオタクは嫌いなんだよ」


 そう言うと滝下は苦笑いして、煙草の火を消す。

 遼太郎は滝下に手を差し伸べて立ち上がらせるとコテージの中へと戻った。

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