第84話 獅子の休日

「いきますよ岩城さん!」


 加賀谷の放ったジャンピングスパイクは砂浜に突き刺さり、ギュルルルっと回転しながら二度、三度とバウンドしていく。

 ペアである健司とマミはイェーイと手を打ち喜びあい、対する岩城、椎茸コンビは圧倒的大差で負けており、もはや挽回も不可能な点差となっていた。

 人数が増えた為、急きょ開催された罰ゲームありのビーチバレートーナメントは周囲を巻き込んで盛り上がっていた。

 スタイルの良い桃火が飛んで跳ねてスパイクを決める度に歓声が起こるし、加賀谷のサイズが少し大きめのパンツからもしかしたらお宝が見えてしまうかと思うと、対面の岩城と椎茸は気が気ではなく注意力が散漫になってしまう。

 遼太郎のペアはどうなったかと言うと、相方になった麒麟はあまり運動神経がよくない為、ハンデでたった一人の桃火に敗北を喫することになった。

 負けた麒麟は現在タオルを被ったメジェドラスタイルで審判をしており、見た目のシュールさが凄い。


「たぁぁぁぁっ!」


 再び砂浜にボールがめり込むほどのスパイクが打ち込まれ、クリーエーターという名のサラリーマンズには加賀谷一人の相手でも厳しかった。

 あの調子では岩城、椎茸コンビもあっさりとやられてしまうことだろう。しかしながら勝つことが目的ではないので楽しむことが重要である。

 普段デスクにかじりついている二人には良い運動になるだろうと、遼太郎がそう思っていると、玲音の姿が足りないことに気づく。


「あれ、またどっかで声でもかけられてるんじゃ……」


 もし声をかけられていたとしたら相手の男の方が心配である。今度こそ本気でタマを蹴り潰していてもおかくはない。

 遼太郎はキョロキョロと見回すと、玲音はすぐ近くにビーチチェアを置いて横になっているのだった。


「疲れましたか?」

「ん?」


 玲音はゆっくりと顔を起こし、冴えない男の顔を確認すると興味を失ったようにうつぶせになった。


「私に声をかけるとは物好きな奴め」


 会社内では氷の獅子や女王とまで呼ばれる恐ろしい人ではあるが、彼女が実は優しい人物であることは知っている。

 遼太郎は玲音の隣に腰をおろして、ビーチバレーを楽しむ面々を見やった。


「玲音さんがいるのは不思議な感じがします。毎日働いているイメージがありましたから」

「私は毎日が仕事だが、毎日休日でもある。当然働く時間を決めるのも私だ」

「ブラックコンビニの店長みたいですね」

「利益を上げるには利益がかからない人間を酷使するのが一番だ。しかしそれで訴訟になっていてはコストカットの意味がない上に企業イメージに傷がつく」

「今日は休んでもいい日だったんですか?」

「あいつらと一緒にお家事だ。さっきまで見合いをしていた」


 意外なワードが飛び出て、遼太郎は一瞬慌てる。


「お見合いですか!? そ、そのどうなったのでしょうか? 交際が始まるとか……」

「お前には関係ないと言いたいが、どうせあのお喋りな奴らのことだ自分から勝手に話すだろう。二人とも話は断った」

「玲音さんはどうなんですか?」


 遼太郎が自身のことを言及し始めたので玲音は不機嫌そうに顔をあげる。


「なぜ私の話になる」

「いや、あの……玲音さんもお見合いされたのかと……」

「私はしていない。そんなくだらないことに費やす暇がない……というのは二流の言い訳か。この状況で暇がないなんて言ったら、世の締め切りに追われる人間に張り倒されるだろうな」

「時間は作り出すものって、前言ってましたね」

「生意気な男だ」

「お見合いしてないなら良かったです」


 遼太郎は無意識で答えたが、玲音はその答えがほんの少しだけ引っかかった。


「お休みできて良かったですね」

「やることは山のようにあるが、暑い。やる気がでん」


 玲音の意外にも人間らしい一面を見て笑みがこぼれた。


「体を動かして遊びませんか?」

「断る」

「どうしてですか?」

「私が入ると勝つ」

「凄い自信ですね」


 さすが桃火の姉と思う。


「別に勝ってもいいんじゃないですか?」

「大人げないだろう」

「そうですか?」

「それに……いや、いい」


 なんだろうかと気になったが、そこに小さな瓶を片手に持った桃火が現れる。


「ダメよ、リョウタロー、姉さん肌弱いの。あんまり長時間日に当たってると火傷したみたいになっちゃうの」

「えっ、そうなんですか? そうとは知らず、すみません」

「今あんた、それなら海の中に入ったらどうかって思ったでしょ? もっとダメ、だって姉さん泳げ――」


 言いかけた瞬間、玲音は桃火に向かって砂を投げつける。


「キャアッ! ちょっとやめてよ!」

「黙れ桃火」

「あれ、でも前に貯水タンクに落ちた時、普通に泳いでましたよね?」

「真水は大丈夫だけど、海水がダメなのよ」

「あぁいますね。海水だと泳げなくなる人」


 さっき塩水が嫌いだと言ったことを思い出す。


「口の中に海水が入るたびに吐きそうになる」

「それは大変ですね」

「はい、リョウタロー」


 遼太郎は桃火から茶色い小瓶を手渡される。

 中身はドロリとした液状のものだ。


「なんですかこれ?」

「サンオイルに決まってんじゃん」

「それをなんで僕に渡したんですか?」

「塗ってあげて」


 遼太郎と玲音が同時に「はっ?」と声を発し困惑する。


「まぁ別にいいですが」


 普通の人物なら物怖じするところであったが、遼太郎は瓶からオイルをたらして自身の手にすり込む。


「あっ、おいちょっと待て、なんでお前が! ふざけるな!」

「いきますよー」


 わめく玲音を無視して、丁度よくうつぶせになっている背中にオイルを塗り込んでいく。

 白くきめ細やかな肌が、オイルによっててらてらと光っており、芸術品にオイルをぶちまけているような背徳的な感じさえもする。


「お前、さっき椅子にしたこと根に持ってるな……」

「持ってませんよ?」

「屈辱的だ……」

「そうですか? 桃火ちゃんとかわざと人目の多いところで塗らせたがりますけど」

「それはあいつが生粋の変態なだけだ」


 今にも噛みついてきそうな玲音はビーチチェアーにしがみつくように腕に力を入れる。

 普通は躊躇う臀部もまるで熟練のマッサージ師のようにオイルを塗り込んでいくので、ここで恥ずかしいなどと生娘のようなことが言えず、玲音は元凶である桃火の方を睨むしかできない。


「おお、怖っ。そいつ何やらせても大体上手いから我慢しててよ。リョウタロー、あたしにも塗って」


 桃火はもう一台ビーチチェアーを設置すると、水着の肩ひもを外し大胆な格好でその上に寝そべった。

 

「桃火ちゃん、それ下から見たら凄いことになってるよ」

「下から見れるのはヤドカリかあんたくらいよ」

「それはそうなんだけど」


 本来ならドキッとするセリフも、耐性のある遼太郎にはあまり効果がない。

 仕方ないと遼太郎は桃火の方にもオイルを塗りたくっていく。


「お前、よくこの衆人環視の中堂々としてられるな」

「その視線が気持ちいいんじゃない」

「生粋の露出狂だな」

「違うわよ。あたしのは彼氏自慢に近いから」

「振られておいてよく言う」

「振ったの」

「それで後悔して泣きわめいていたら世話がない」


 姉妹で微妙に耳の痛い話が繰り広げられており、遼太郎は何も聞かなかったことにしつつオイル塗りを続けるのだった。



 浜辺で一通り遊んだ後、徐々に日が落ちてきた。

 岩城と椎茸が加賀谷とマミの二人と、どの程度距離を縮められたかはわからないが、ここからは彼らだけの時間だろうと気をきかせ、自分は麒麟たちと共に帰ろうかと思った頃合いだった。

 逃がすかと言わんばかりに遼太郎の肩が掴まれ、岩城と椎茸が顔を寄せるようにしてくっつく。


「じゃあ僕、麒麟さんたちともう帰りますので。後はお二人で頑張ってください」

「そうはいかないでゴザル」

「でふでふ」

「もう別に僕いなくてもいいでしょう?」

「いいわけあるかでふ。このまま一晩明かしたら、ぼくらのあだ名はG級ハンターと、男を抱いた刀剣男子になるでふ」

「それは花丸なのではないでしょうか」

「かと言ってメタルビースト運営がユーザーに対してぶっさコミュ抜けるわなんて言ったとしたら、拙者らSNSで血祭りにされるでゴザル」

「自業自得では?」

「そんな正論聞きたくないでゴザル! 後生でゴザル。一緒にいてほしい。なんなら姫や第二のリーダーを巻き込んでくれても大いに結構。あちらの平山殿のご友人を誘ってもいい!」

「でも、コテージは二つしか予約してないんでしょ?」

「あのコテージ、一つにつき実は六人まで宿泊できるでふ」

「六人も泊まれるのに僕をテントで寝かせようとしてたんですか?」

「ステイステーイ平山殿が怒るのはわかるでゴザル」

「しかしそれは、ぼくたちの初めての彼女との一夜と比べれば些細なことなんでふ」

「些細かどうか決めるのは僕ですよ。どっかの議員みたいな言い訳しないで下さい」


 遼太郎はため息をつき、しょうがないなと頭をかく。


「わかりましたけど、貸しですよ?」

「仕事で倍返しにするでゴザル」

「でふでふ」


 三人で話していると、悪だくみに気づいたのか桃火が近づいてくる。


「ねっ、遼太郎あんたこれからどうするの? あたしたちどこかこの辺のホテルに泊まろうかと思ってるんだけど、あんたも来る?」

「行きます」

「行かないでゴザル!」

「行かないでふ!」

「どっちよ?」

「いや、あの……宿をとられるなら丁度いいところがありまして……」


 遼太郎が説明すると、桃火は特に疑いもせず「へー、そうなの?」と納得してしまう。


「それじゃ皆にも説明してくるわ」


 踵を返して姉妹の元に戻っていく桃火を見送ってから、岩城と椎茸はドンっと遼太郎に肘うちする。


「まさか向こうからナチュラルに泊まりに誘って来るとは。これだからモテメンは」

「僕今まで桃火ちゃん以外からモテたことなんてないですからね」

「皮肉に聞こえるでふ。超当たりのSSR当たっておきながら、これしかもってないですよとのたまうツブヤイター民のようでふ」


 桃火が他の女性陣に話し終え、こちらに戻ってくる


「それじゃあたしたち先行くから。遼太郎あんた姉さんの車に乗って場所ナビして」

「はい」

「では、また後で会うでゴザル」

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