第87話 サスペンダー

 遼太郎はなんとか覆いかぶさった死体の山から抜け出すと、けだるげな玲音に頭を下げた。


「ありがとうございます」

「はぁ……お前か」


 なんでよりによってお前なんだと嫌そうな顔をする玲音に対して、遼太郎の顔には笑みが浮かぶ。


「嫌そうですね」

「お前は嬉しそうだな」

「そうですね、嬉しいです」

「チッ、相変わらずだな」

「あの、その武器はどうされたんですか?」


 遼太郎は玲音の手に握られた鈍い銀色の光を放つリボルバー式の拳銃を指さす。

 恐らく大口径の弾丸を撃ちだす、破壊力に優れるマグナムタイプだと思われた。

 ゲームでは終盤に手に入ることが多い武器だが、玲音は最初から装備しているようだ。


「最初のバッグの中に入っていた」

「や、やっぱりランダムリュックと同じ……」

「お前は?」

「ナイフ一本と、海パンとサスペンダーです」


 玲音はふざけているのか? と言いたげな目で見やるが、実際に海パンが握られていて絶句してしまう。


「本当にそれだけなのか?」

「あとネクタイもありますが?」

「…………お前、宝くじとかは絶対当たらないタイプだろ」

「よくわかりましたね。ギャンブル系はほんとダメで、大体僕の前の人や横の人が大当たりすることが多いです」

「それで私が大当たりしてるわけか。損する人生だな」

「玲音さんと一緒にいられるなら大当たりじゃないでしょうか」


 そう言うと玲音は不機嫌気な表情を浮かべたので、遼太郎はその表情に不安になった。


「すみません、何が悪いこと言いましたか?」

「いや、いい。桃火の言ってたことがほんの少しだけ理解できただけだ。お前FPSやガンシューティングは得意なのか?」

「僕が苦手なのは桃火ちゃんとやる格ゲーとスゴロク系ゲームだけですよ」

「武器はそのナイフだけか?」

「はい、これだけです」


 そう言うと遼太郎は遠くの方でキラキラと光って自己主張しているアイテムを見つける。


「あっ、向こう何か落ちてますね。ちょっと見てきますね」


 いそいそと取りに行くその背中を見て、玲音は「はぁ……」と大きく息を吐く。


「引きが弱いのはあいつではなく、ウチの妹どもか」


 そう呟いた時、彼女の背後で何かが立ち上がる。

 全て死んだと思っていた死体の一つが音もなく動き出すと、油断している玲音の背後から襲い掛かったのだ。

 後ろからの不意打ちに驚いたが、玲音はすぐさま態勢を入れ替えてゾンビを正面にとらえると取っ組みあいとなった。


「くっ! 全部殺したはず……こいつ、最初のゾンビが全部死んだ後に出現ポップしてきたな!?」


 本来現実であれば大男であろうとねじ伏せてしまう玲音だったが、敵の腕力があまりにも強く、どうにかなるレベルのものではなかった。

 玲音は力負けしてしまい、地面に押し倒されると警官の格好をしたゾンビは玲音にのしかかる。


「ちぃっ!!」


 玲音は倒れた無茶な態勢で拳銃を発砲するが、それは全てゾンビの腹に当たる。頭以外のダメージはほぼ受け付けないゾンビは彼女の服を引き裂くと、その白くしなやかな体に噛みつこうとする。


「まずい!」


 その様子を視界の端にとらえた遼太郎は、アイテムを取得するとすぐさま玲音の元へと走る。今しがた拾ったばかりのバールでゾンビの頭をフルスイングするとゴルフボールの如く頭が千切れて吹っ飛んでいった。


「だ、大丈夫ですか?」

「このゲーム、一旦組み付かれると離せないようになってるな。恐らく両手で体に触れられると、対象にロックされて動けなくされる仕組みだ」

「なるほど、僕もさっきそれで動けなくなったのかもしれま……」


 遼太郎は言葉を失い、玲音から視線を外した。


「なんだ?」

「その……前があいております」


 言われて玲音は自身の服を確認すると、先ほどのゾンビに服を引き裂かれたらしく白い双丘に食い込む黒のブラジャーが丸出しになっていた。


「大丈夫だ倫理機能が働いて、これ以上は絶対破けん」


 試しに玲音はナイフをブラジャーに当ててみるが、鋼鉄のワイヤーでも入っているのかと思うくらいビクともしなかった。


「そういう問題ではありませんよ。麒麟さん服の破れブレイク設定有にしたんですね……グッジョブです……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

「どうせ、装備もその辺に転がっている。いちいち気にするな」

「わかりました」


 気にするなと言われれば即座に気にしないができる男。それが平山遼太郎である。

 気にするなと言われれば気にせずそのままガン見する男。それが平山遼太郎である。


「…………」

「…………」


 玲音はあまりにもガン見してくるので、さすがに不機嫌気な咳払いをする。

 だが、その程度の圧力でガン見をやめる男ではない。


「……おい」

「はい」

「さっきの水着を渡せ」

「これですか?」


 遼太郎はサポートバッグから出てきた水着を玲音に手渡す。すると男物の海パンが、一瞬で女物のビキニへと切り替わったのだ。


「こういうのは大体アバターデータを読み込んでアイテムを男用女用に変化させている」

「なるほど」


 玲音は中空を撫でると、自身のステータス画面を開き手早く水着の上だけを装備した。

 すると破れた服は一瞬で消え去る。


「こっちの方がまだマシだろ」

「いや、あんまかわんないんですが……これもいりますか?」


 遼太郎はサスペンダーもついでに差し出す。玲音は受け取ってそれも装備すると、水着にサスペンダー黒のタイトスカートにストッキングと、一気に怪しさが増す。


「ポールダンサーとかにいそうですね……」

「…………行くぞ」


 一瞬ショーウインドウに映った自身の姿を見て顔をしかめた玲音だったが、これ以上気にしていられるかと先へと進む。


「あの、これどこから移動したらいいんでしょうか?」

「ゾンビ共がわいてきたところがあるだろう」


 玲音は消防車を指さす。確かにそこからワラワラとゾンビが沸いて出てきていた。

 今は全滅させたが、あの消防車の下をくぐった先にいないとは言い切れない。


「向こう側、いますかね?」

「知らん、さっさと行け」


 遼太郎はここでグズグズするのも格好悪いかと思い、バールを手に持って消防車の下を潜り抜けていく。

 すると奥には誰もおらず、遠くでうめき声が聞こえるものの危険はなさそうだった。


「大丈夫です。敵はいなさそうです」


 そう声をかけると玲音が消防車の下を潜り抜けてきた。


「良かったですね。何もいなくて」

「短期間で敵のウェーブを仕掛けすぎるとプレイヤーが疲れるからな」

「そういうゲーム的な裏を読むのはどうなんでしょうか?」


 さすが玲音と言いたいところであったが、お化け屋敷の裏側を知っている人みたいでなんだかなという感じではある。

 二人は薄暗い市街地を中心地に向けて歩いていく。

 街からの脱出が目的であるが、ゴールに指定されているポイントは東側の最奥であり、しかも中央にチェックポイントが設定されている為、西側の端に配置された遼太郎たちは絶対に中心地を通る必要があるのだ。


「早く皆さんと合流できるといいですね。誰が一番早いと思いますか?」

「ペアに恵まれれば桃火だろう。逆にペアに恵まれなかったら面倒見が良い分、一番遅い。堅実なのは麒麟だが、あいつは臆病で人に合わせる性格だから引っ張ってくれる人間がいないと遅い」

「なるほど。まぁ確かに岩城さんや椎茸さんが最速ってのは考えられないと思います。ただ僕ら奇数なのでワンペアだけ知らない人がマッチングされてるのが気になりますね」



 その頃 麒麟×???ペア


「イエ~ス! やはり火力はパワーデ~ス」


 景気よく軽機関銃をぶっ放すアメリカ人女性を見て、麒麟は白目をむいていた。

 なぜアメリカ人とわかったかは、彼女が着ている服がテキサスハットに星条旗ビキニ、ホットパンツだったからだ。

 しかもボディは豊満という言葉ではすまない、麒麟が三度見してしまうほどの爆乳である。

 これでアメリカ人じゃないわけがないと、彼女の勝手な想像込みでアメリカ人認定されたのだ。


「なんで私が知らない人とマッチングするんですか……最近こういうの多すぎですよ」


 ダッダッダッダッダと寄って来るゾンビをレッツパーリナイと撃ち殺しまくる女性の胸がたゆんたゆんと激しく揺れる。

 その度に麒麟の目が白目をむいていく。


「くっ、これだから欧米の人間は……そもそも食べてるものが違うから体のつくりが我々とは根本から……」


 卑屈スイッチが入りかけの麒麟に女性は銃を乱射しながら話す。


「イエ~ス! アイムグレース。ユーのお名前はー?」

「麒麟、麒麟です!」

「エクセレンツ!」


 何がエクセレントなのかよくわからないが、翻訳機の調子が悪く、ところどころ言語が乱れているようだ。

 しかし、ふとグレースという名前に麒麟は引っかかった。


「ん? グレース? どこかで……いや、待てこの爆乳……まさか」


 麒麟が疑問に思った直後、カチンカチンと軽機関銃から銃声が消え、空撃ちする音が聞こえる。


「オーッノットアモウ。弾切れデース」

「えっ、ちょっと待ってください! 私拳銃一つしか持ってませんよ!? それにあんなバカスカ撃ったら――」


 麒麟の嫌な予感通り、街のいたるところからゾンビが現れる。


「ほらやっぱり! いっぱい来ちゃったじゃないですか!」

「ソーリー、でもきっとなんとかなりマス! ファイッ!」

「ファイッじゃないですよファイッじゃ! その根拠のない自信はなんなんですか!!」


 麒麟はゾンビに取り囲まれながら絶叫をあげるのだった。

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