第82話 正義マン
「あ、あのやめてください!」
滝下と遼太郎が話している最中、突如女性の声が響き、二人は波打ち際を見やる。
するとそこには頭からタオルを被った女性(?)が、色黒な陸サーファー数人に取り囲まれていた。
「なんだあれ?」
「さぁ……メジェドラ様じゃないですか?」
タオルには目玉の模様がついており、白いタオルにすっぽりと覆われ脚しか見えない姿はシュールでもある。
露出した脚は美しい脚線を描いているので女性であることは間違いないだろう。
どうやらあのメジェドラ様はナンパされているらしく、頭を振ってイヤイヤとしているようだが、陸サーファーたちは半ば笑いのネタにしながらナンパを続けているようだ。
「海辺でよくあるっちゃよくある光景だな。女の方がタオル被ってる姿がシュールだけど」
「あまり良くないですね。止めにいきましょうか」
「やめとけやめとけ。人数が多いし、トラブルになると面倒だろ?」
確かに滝下の言う通り、取り囲んでいる男性は五人と数が多い。
しかも皆鍛えられており、筋肉質だ。荒事になれば負けるのは目に見えている。
砂浜にいる人間たちも、その光景を認識してはいるが誰も助けに行こうとはしない。
皆考えてることは同じで、誰か助けてやれよ。くらいにしか思っていない。
「一円の得にもならないことして、ケガでもしたらどうするんだ。それに両方ヘラヘラしてるし、友達同士なのかもしれないぞ?」
「女性は笑ってませんよ。タオルで隠れてますが……」
「大体そのタオルが怪しい。実はすごいブサイクが隠れているかもしれない。平山知ってるか? 合コンでブスをお持ち帰りする奴ってモンスターハンターって呼ばれて、後日ハンターライセンスが――」
と滝下が言いかけて、既に遼太郎の姿が消えていることに気づく。
屈強な陸サーファーたちは特に親しい間柄でもなさそうなのに女性のタオルをめくろうとしたりしていて、本人たちは遊んでいるつもりかもしれないが、女性の方は怯えているのが見て取れる。
「そんなの脱いでさ、俺たちと遊ぼうぜ」
陸サーファーがタオルの裾を掴もうとすると、そこに割って入る男の姿があった。
陸サーファーは男に気づかなかったため、女性の腕ではなくいきなりやって来た男の腕を掴んでしまう。
「申し訳ありません。熱烈なお誘いありがたいのですが、上司のオフ会を成功させなければなりませんのでお誘いにはお応えすることができません」
「誰だお前!?」
唐突に割って入ってきた男に驚く陸サーファー。当然その男とは遼太郎である。
「平山と申します」
「なんだお前?」
「平山です」
「わかってるよ。オウムかテメーは!」
遼太郎は笑顔のまま、力技で女性を掴もうとしている腕を引きはがし、前へと出た。
「おい、お前に用はねぇって言ってんだろ。大体なんだお前?」
「平山です」
「そりゃ聞いたんだよ。どんだけ自己主張激しいんだ。バカにしてんのか!?」
「バカになど滅相もありません。そうですね……彼女の兄です」
ふと考えて思いついた雑な嘘は、当然相手に看過されている。
「ふざけてんじゃねーぞ、見え透いた嘘つきやがって。死にてーのか!?」
「殺すぞクソ野郎。テメーは何者なんだって聞いてんだよ!」
「平山です」
「それは聞いたって言ってんだろうが! 何でお前の名前4回も聞かなきゃならないんだよ。おちょくってんのか!」
激昂する陸サーファーは遼太郎に詰め寄ると、至近距離で睨み付けてくる。
ベッタベタな展開だなと、思わずため息がこぼれそうになるが、目の前の男が怒り狂ってる原因はほぼ遼太郎のせいである。
「申し訳ありません。はた目から見て女性の方が嫌がっているように見えましたので仲裁の方に入らせていただきました」
「ケンちゃん、コイツあれだぜ。正義の味方って奴」
「海でナンパするのは許さないぞーってあれかよ。マジウケる」
怒り狂っていた陸サーファーたちがドッっと湧き上がる。
砂浜でこの光景を見ていた人たちが助けに入らない理由の大部分はこれである。
人前で目立って人助けをすることは恥ずかしいことであり、茶化される対象となりえる。
おまけに、実は知りあい同士で遊んでいただけ、などとオチでもついたものならカッコよく助けに入った方が逆に赤っ恥ものである。
そのリスクを考えると、助けたい気持ちが二の足を踏むのも理解できなくはない。
「申し訳ありません。彼女は嫌がっていたと思います」
しかし、この男に正義マンカッコ悪いなどという空気は通じない。
ここで笑って話をあわせながら、適当にうまくやるという機能があればいいのだが、そんなにうまいことやれる人間でもない。
そのような場の空気を読まぬ言動は、当然現状優位に立っている人間を不快にさせる。
取るに足らない相手から堂々とお前は悪だと言われてしまったわけであり、弱者の分際でと憤るのは道理である。
目つきがかわった陸サーファーたちが、今度は遼太郎を囲う。
彼が逃げるスペースを完全に排除して取り囲む姿は、彼らが本気で荒事に出る前兆でもあった。
「おい、もう一回言ってみろ。ぶち殺すぞ」
「すみません。ですがあまり強いお言葉を使われると、かえって弱く見えてしまうものです。身の丈にあった言葉で僕と対話してみませんか?」
遼太郎なりの精一杯の歩みよりであり、そんな怖い言葉を使わないで話し合いで解決しませんか? という意味合いなのだが、サーファー集団からすれば、弱い犬ほどよく咆えるなとバカにされているように感じたのだ。
この見解の相違に当然遼太郎は気づいていない。
「なんだとこの野郎!」
「バカにしやがって、ぶっ殺すぞ!」
「すみません。そんなつもりは全くないのですが」
元から青筋を浮かべていた男達は完全になめられている、このままでは面子が立たないと、その鍛えられた太い腕を振り上げ、なんのためらいもなく遼太郎の顔面を殴りつける。
「あいたぁー」
ベキっと嫌な音が鳴り、殴打された遼太郎は波打ち際に転がる。
頬に鋭い痛みが走ったが、その隙に彼は女の子を逃がすことに成功する。
「ふざけやがって、このクソ野郎」
「おい、ケンちゃん女がいねぇ。逃げられた!」
「チッ、自称お兄ちゃんやってくれるじゃねぇか」
陸サーファーはパキパキと指の骨を鳴らしながら、無理やり遼太郎の体を持ち上げると拳を振りかぶる。
しばらく殴られればさすがに警察呼んでくれるかなと、諦めの境地に入った遼太郎は目をつむる。
だが、いつまで経っても陸サーファーパンチは襲ってこない。
ほんの少しだけ目を開くと、男の太い二の腕を後ろから掴み上げる長身女性の姿があった。
真っ白な肌に漆黒のビキニを纏い、腰には金色のウェストチェーンが巻かれセクシーな大人の色気がある女性。
出るとこ出過ぎで、引っ込むところ引っ込みすぎなグラマラスなボディは、まるで芸術家が自身の性癖をそのまま作品に反映させた女神像のようだ。
しかしながら目つきの悪さは一級品であり、絶対零度の瞳は睨まれるだけで大の大人ですら縮あがってしまう。
海でもチェーン付きの眼帯を外さない、グッドゲームズカンパニー無敵の副社長、真田玲音その人だった。
「平山、これでは労災認定されないぞ」
「なんだテメ――」
陸サーファーが振り返ると、自分の腕を握った女性がとんでもない美女だと気づくとデレっと鼻の下を伸ばす。
すると突然男は掴まれた腕をおさえて苦しみだした。
「痛ててててて、なにしやがんだ。これは完全に骨が折れちまったぜ!」
「おい、お前らケンちゃんにこんなことをしてタダですむと思うなよ!」
「一緒に来やがれ。ケンちゃんの怪我の落とし前をつけさせてやるからな」
どう見ても骨が折れたというのは嘘で、誰もが呆れるような三文芝居を見せられるが、周りの陸サーファーがわめきたて断り辛い空気をだしている。
「あの、じゃあ僕が行きますので、この方はご勘弁していただけると――」
遼太郎が再び前に出た瞬間だった。苛立った陸サーファーがもう一度遼太郎の顔面をぶん殴ったのだった。
「お前は呼んでねぇんだよ! テメーは人をイラつかせる天才かよ!」
一切の手加減なしでぶん殴られた遼太郎は一瞬空を舞う。
だが、再び起き上がると、男を刺激しないように笑みを作ってなだめようとする。
「そうしたいのは山々なのですが、この方は僕の上司でして、非正規社員としては体を使わないと今後の査定に響きますので」
「知るかそんなもん!」
ゴッと嫌な音が響き、遼太郎は鼻血をふきながら倒れた。
しかし、それでも男の脚にしがみついた。
「離せってんだ、このクソ野郎」
頭を何度も踏みつけられても、それでも絶対に離さない。そんな執念すら感じる異様な光景に逆に不気味さすら感じる。
この光景にプチっと来た玲音は男の肩を掴んで振り向かせると、その瞬間容赦のない膝蹴りが鳩尾に入り、下がった首筋に長い脚から繰り出される踵落としが決まった。
「図に乗るなよクソガキ」
「がっは……」
ケンちゃんは腹をおさえ、口の端から泡を吹きながら前のめり倒れる。
踵落としより最初に入った鳩尾がクリティカルヒットしたらしく、吐き戻しそうになるような激痛に鍛えている男でも動けなくなってしまう。
「どうした? 腹でも痛そうだな」
自分で蹴りを入れておきながら腹を押さえて蹲る男を見下ろす玲音。
その目は本当に地べたをはいずる虫を見ているような冷めたもので、ケンちゃんはこの女、今の膝蹴りに踵落としといい本当に人殺しでもしているんじゃないのかと視線に怯える。
人殺しが踵落としなんて使ってくるのかは疑問であるが、下手に動けば骨の一本や二本持って行かれると察し、ケンちゃんは痛みに耐え無理やり立ち上がると慌てて逃げ出す。
「んひぃぃぃっ」
逃げようとしたケンちゃんの股座に、玲音のサッカーボールでも蹴るかのような鋭い金的が決まり彼は完全にノックアウトされた。
「おっ……ごっ……タマが……タマタマ」
「チッ、キモイ感触だ」
玲音は直に芋虫を踏みつぶしてしまったかのような感触に顔をしかめる。
「テメー、よくもケンちゃ――」
「あたしのものになんしてんだオラァっ!!」
格ゲーキャラみたいな動きで陸サーファーを飛び蹴りで吹っ飛ばしたのは、深紅のビキニを身にまとった桃火だった。
「ふざけんじゃないわよ。人の物を何勝手に足蹴りしてんのよ。マジでぶっ殺すわよ!」
桃火は動けなくなったケンちゃんの頭を掴んで無理やり上を向かせると、グルルルと牙を剥く。
ダメだ、このままだと狂犬化した桃火が過剰防衛で警察に連れて行かれるまであると察して、遼太郎は止めに入ろうとするが、もはや後の祭りである。
玲音と二人で桃火は好き放題暴れ倒しており、五分後その場に立っているのは遼太郎と女性陣だけであった。
「最近は女の子が強い時代になりましたね……」
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