第81話 空気の読めない男

「すみません、本日は私のような若輩の為にお時間を割いていただき、ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 対面に座っていた脂の乗った熟年男性たちは「残念だね。また機会があれば」と残して席を立って行った。

 麒麟と桃火は高級レストランの天井で、くるくると回る涼し気なプロペラを見てため息を漏らす。

 彼女達は休みを利用してお家事お見合いを消化していたのだった。

 少し離れて様子を伺っていた姉の玲音が彼女達と同じテーブルへとつく。


「お前ら、もう少し相手に花をもたせろ。あの方たちは有名企業の御曹司だぞ」

「御曹司って歳じゃないですよ。よく自分の半分以下しか生きてない子供に見合い写真を送ってきますね」

「父さんが選んだものだ。家柄や経歴を考えると、どうしても歳がいく」

「パパは自分と大して歳が変わらないおじさんから、お義父さんって呼ばれるのはいいんですか」

「バイトの若僧に渡すよりかは遙かにマシと思っているのだろう」


 その一言に桃火と麒麟は苦い顔をする。


「私ゲームに理解ない人とは絶対つき合いませんよ」

「姉さんこそ、あたしたちが100%振るってわかってる見合いをよく組んだわね」

「最近父さんの監視が厳しい。ある程度お前たちの面倒を見ているというパフォーマンスは必要だ」

「一番酷いのは姉さんじゃない」


 三人は高級レストランを出て玲音の派手な色をした車に乗り込む。


「ほんと姉さんこの目つきの悪いスポーツカータイプ好きよね」

「速いから好きなだけだ」

「公道なんてどこも亀みたいなスピードでしか進めないんだから、何百馬力とか無意味でしょ」

「私初めて見たときロボットに変形するかと思いました。あっ、それで思い出しました桃火姉さんトランスフォーミュラーラストナイツ見ました?」

「見なきゃいけないとは思ってるけど時間ない」

「最新のCG作品として凄まじい出来です。一体何百人クリエーター雇ってるんだって思いますよ」

「そんな恐ろしいところがゲーム業界に参入されたら死活問題ね」

「アメリカのパリピワークムービーズ、今度コールオブクライのオープニング担当するそうです」

「やめてよ。映画屋が本気でゲームムービーを作りにこないで」

「向こうはゲームに対する価値観が日本より少し上ですからね」


 二人の話を聞きながら玲音は呆れる。


「お前ら、休みの日くらいもう少し女らしい話はできないのか? すぐゲーム屋になる」

「夏らしく海行きたいとか言えばいいの? 夏場の直射日光なんか受けたら皮膚が焼け焦げるわよ」

「海なんてどこもいっぱいで楽しめるところなんてありませんよ。こういう時は家に帰ってゲームですよ。VRビーチバレーで可愛い女の子がバレーする姿でも眺めましょう」

「お前らの好きな平山が、この辺りで海水浴すると言っていたぞ」

「えっ?」

「なんでそんなこと知ってるんですか?」

「この前エレベーターで会った時に世間話をした」

「嘘でしょ。相乗りした相手を胃潰瘍にして再起不能にするという姉さんが世間話ですか?」

「相乗りした相手はもう一度エレベーターに乗るとPTSDを発症すると言われている姉さんが?」

「私を怪物かなにかだと勘違いしていないか?」

「怪物の方がまだマシですよ。バールがあれば殴り殺せますから」

「もう知らん、このまま帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい」


 桃火と麒麟は窓をあけると、わざとらしく「わー海の匂いがする(棒)」なんて言い出すのだった。


「まぁ、あたしも夏の海はご無沙汰だったし、前々から行きたいとは思ってたのよね」

「私もやはりクリエイティブな発想をするには、実際に自分で体験をしてこそリアルなものが作れると思っていますから。まぁここは」

「「海に行こう」」


 玲音は妹二人の手のひら返しに苦笑いしながらも、ハンドルを切って白木浜の方へと向かう。



 その頃遼太郎たちは砂浜でスイカ割りをしており、目隠しをして棒を持った加賀谷の体を岩城がグルグルと回している。

 その光景を椎茸がうんうんと感慨深そうにうなずき見守っている。


「長いこと岩城君と一緒にいるでふが、彼が楽しそうに彼女と遊んでいるところを見ると応援してあげたい気持ちでいっぱいになるでふ」

「そうですね。惜しむらくはあそこでスイカ割りしている二人の中に女性がいない事くらいですね」

「うんうん」


 椎茸は完全に岩城のことをバカにしていたが、彼も人のことを笑ってはいられない。


「椎茸さ~ん。スイカ買ってきましたよ~」

「う、うん、ありがとうでふ。でも三つは多い気がするでふ」


 マミさんは大粒のスイカを肩で担いでおり、凄くいい笑顔をしている。


「彼女学生の頃レスリングをしていたらしいでふ」

「そうなんですか? たくましい女性って素敵だと思いますよ」

「たくましいではなく、今はふとましいになってるでふ。レスリングをしててなぜあんなに肉がついてるでふか。まるで角界に移籍したみたいでふ」

「人の事言えないんですから、早くスイカとってきてください」

「う、うぅ……」


 椎茸はトボトボと歩いてマミさんの方へと向かう。

 なんとか岩城も椎茸もうまくやっているようなので、形だけはオフ会成功かな? と思っていると、先程出会った滝下が今度は偶然にも遼太郎を見つける。


「お、おぉ平山! 丁度いいところに」

「あれ、滝下先輩どうかしたんですか?」

「そ、そのさ、お前のグループにちょっと入れてもらえないか?」

「はぁ? なんでですか?」

「そ、その、なんていうか加奈子が退屈してるっていうか、なんていうか」


 遼太郎はそれだけで二人だけじゃ場が持たないんだろうなと察した。


「会社の先輩たちと来てますので、確認をとらないといけませんから」


 遼太郎は立ち上がって岩城たちの元へと行こうとしたが、岩城と椎茸は話を聞いていたらしく是非一緒に遊ぼうということになった。

 両者ともに間が持たないらしく、利害関係は一致したようだ。


 それからしばらくして女性陣は素早く打ち解けたようで、岩城と椎茸を砂浜に埋めて遊んでいるようだ。

 滝下がビーチパラソルの下で休んでいる遼太郎の隣に座る。


「いやー、マジ参ったわ。加奈子の奴飽きやすくてさ。ちょっと遊んだらもうつまんないって言いだして」


 それは滝下に女性を楽しませる能力がないだけでは? と遼太郎は思ったが、ここで無神経なことは言わない。


「しかし、あれゲーム会社の先輩なんだろ? やっぱゲーム会社って感じな顔をしてるな」

「どういうことですか?」

「いや、そのなんか一昔前のオタクっぽいっていうかさ」

「滝下先輩、会ってすぐの方にそういうことは言わない方がいいですよ」


 遼太郎がむっとしていることに気づき、滝下は言い改める。


「悪い悪い。別に悪い意味じゃなくて良い意味でよ? 良い意味でオタクっぽいっていうかさ」

「よくわかりませんが……」

「それよりお前、彼女いないの? 上司の人、二人共彼女持ちっぽいじゃん。特にあの細い人、岩城さんだっけ? あの人の彼女は可愛いと思う」


 真実を知っている遼太郎は何も言わないことにしたのだった。


「そういやお前、真田さんと別れたの?」

「ええ、大学入ってしばらくしてからですね。彼女先に就職しちゃいましたので」

「やっぱり。まぁ彼女はお前には大きすぎる魚だったしな」


 滝下は大笑いしながら遼太郎の肩をバンバンと叩く。


「いやー、昔は俺も真田さんのこと好きだったけど、完全にお前しか見てなかったもんな」

「滝下先輩、昔は桃火ちゃんに凄くアプローチかけてましたね」

「そりゃそうだろ。高校生であの体で、あの美人顔だぞ。普通のアイドルなんか裸足で逃げ出すレベルだしな。まぁでも今の俺には加奈子がいるからな。いい女だろ?」

「そうですね」

「お前も彼女作った方がいいぞ。加奈子レベルは無理にしても、あっちのあのごっつい女の人」

「マミさんですか?」

「そうそう、あのレベルならお前でも十分狙えるって」

「先輩、そういう言い方は女性に失礼ですよ」

「まぁそう怒んなって。俺たちくらいの年齢で彼女いないとかマジやばいし」

「はぁ……誰しも好きで彼女がいないわけでもないですし、一人が好きという方もたくさんいらっしゃいますよ」

「そんなのただの言い訳だって。お前も俺見習って早くいい女作れよ」


 滝下の空気の読めない会話に付き合わされ、これなら岩城や椎茸と遊んでる方がマシだなと思う遼太郎だった。

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