第79話 ゲーマーズタレント エピローグ

 ZAKのメンバーと話してから約一時間ほど経ち、物件探しを再開した二人がたどり着いた最後の場所がここだった。


「グッドゲームズカンパニー本社ビル……本当にここがいいんですか?」


 夜のとばりが下り周囲は暗くなっているものの、そびえ立つ巨大な本社ビルは不夜城の如く明るくライトアップされており、現代ファンタジー系のタワー型ダンジョンに見えなくもない。

 遼太郎は首を傾げるが、ディアナはハイと嬉しそうに首を縦に振る。


「ここならリョタローさんとすぐに会えますネ」

「確かにそうなんですが……」

「出勤時間0デス」

「グッドゲームズカンパニーは社宅を持ってますので、そちらに行く方がいいと思うのですが」

「ここがいいデス」

「そうですか? それならちょっと話してみます」


 一応会社には休憩用仮眠室の他にも、一週間から一か月くらいのデスマーチに備えた長期滞在スペースとシャワールームも完備しているので、住めなくはないはずとダメもとで本社に問い合わせてみたのだった。

 遼太郎が麒麟に連絡をとると麒麟から総務部に連絡がいき、総務部から専務に連絡が行き、専務から玲音へと連絡が行き、玲音から麒麟に連絡が戻り、遼太郎へと話がバックした。

 電話越しに話す麒麟も少し困惑しているようだった。


「すみません、いろんなところに連絡が行ったみたいで遅くなりました」

「こちらこそ急ですみません。ご迷惑をおかけします」

「大丈夫です。それで結果は大丈夫だそうです。上階に仮眠室とは別のゲストスペースがありますので、そこを自由にしていいと。詳しいことは総務に通しておきますので」

「ありがとうございます。ご迷惑おかけします」

「いえ、むしろ上は喜んでましたので」

「喜び? ですか」

「ええ、ディアナさん人気ですから、怪しい人間や熱狂的なファンに自宅を狙われる可能性がありましたが、本社ビルは関係者以外入って来れませんのでここなら安全ですので」

「セキュリティが高いのはいいことですね」

「まぁ内側のチェックは多分ガバガバですが」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も。なので明日以降に彼女の荷物は普段業者さんが使ってる搬入口を使って運び込んでください」

「わかりました」


 通話を終えて、OKだったことを伝えるとディアナの顔はぱっとほころんだ。

 並の男なら即時KOされてしまうような天使的微笑みだったが、そこは遼太郎、むしろ一緒に喜んでしまうのだった。




 数日後

 ディアナの引っ越しも完了し、新居での生活も好調にスタートを切っていた。

 近いうちにメタルビーストの公式放送があり、そこでディアナは初めてグッドゲームズカンパニーのゲーマーズタレントとして活躍することになっていた。

 その為の下見に今日はゲームの中にログインしており、一度もビーストを操作したことがないディアナを遼太郎はメタルウイングに乗せて飛行していたのだった。

 青くどこまでも続く美しい空に、ディアナは深い息を吐きながら感動している様子だ。


「とっても空が綺麗ですネ」

「仮想世界とはとても思えないですよね」

「ハイ、この世界はとても美しいデス」


 ディアナの手には動画撮影用のカメラが握られており、本来このようなものがなくてもゲーム内の動画撮影はできるのだが、カメラがあった方が映像を撮られている方はやりやすいという理由で、ゲーム内に手持ちのカメラが用意されているのだった。


「僕を撮っても仕方ないですよ」

「ディーナは楽しいデスよ」

「それならいいんですが」


 メタルウイングがしばらく飛行すると、空が徐々に暗くなりはじめ、視線の下に見える海に白い氷の塊が見えてきた。


「ここは?」

「アイスエリアで北極をイメージしたマップなんですよ。昼間がなくずっと夜なのですが、流氷や、とてもきれいな景色が見えますよ」


 そう言うと、暗くなった夜空に星が瞬き、現実では到底見ることはできない満天の星の海が見えた。

 息を飲むような景色の美しさにディアナは口を少しだけ開き、空を見入るのだった。


「本当に……スゴイ」

「あの辺りで止めましょうか」


 二人は凍った円形の池の近くにメタルウイングをとめて、コクピットから外へと降りる。

 辺り一面氷と雪に包まれ、地面を見るとクリスタルのような氷に自身の顔が映りこむ。


「あっ!」


 ディアナは氷に足を滑らせて転びかけるが、遼太郎が手を掴んで引き寄せる。


「大丈夫ですか?」

「……ダイジョウブ……」


 じゃないですと遼太郎には聞こえない小声で呟く。

 引き寄せられたとき、キスしそうなくらい顔が近づいた為ディアナの心臓は高鳴っていた。彼女はこれがゲームで本当に良かったと思う。これが現実ならこの鼓動を聞かれてしまっていただろうから。


 二人は凍った池へと近づいていくと、氷の表面がキラキラと星の光を反射して池全体が光り輝くステージのようにも思えた。


「入っても大丈夫デスカ?」

「ええ、大丈夫ですよ。ビーストくらい重いと割れますが、人間なら大丈夫です」


 ディアナは転ばないよう気をつけながら、ゆっくりと鏡のような池の上を歩き、中心へとたどり着く。

 両手を広げ、空を見上げると彼女をライトアップするかのように星が輝き、更に虹色に輝く光のカーテンが見えたのだ。


「運がいいですね。オーロラは低確率でしか見えないのですが、ディアナさんのことを歓迎してくれてるのかもしれません」

「それはとてもロマンチックデス」

「そうですね。ここで新しい思い出を作っていきましょう」


 遼太郎がニコリとほほ笑むと、ディアナの心臓はもはや止めようがないほど早鐘を打つ。

 その気持ちを言葉にするのは難しく、彼女は小さく口を開くとその想いを乗せた歌を口ずさむ。

 透き通るような美しい歌声が氷の世界に静かに響き渡っていく。

 自分にはこの想いを伝える勇気はないが、大事な人のためになら歌える。

 そんな思いが込められた恋愛歌。

 遼太郎はその美しい旋律に耳を傾けると、パチンと指を弾く。

 するとディアナの身にまとっていたパイロットスーツが、蒼銀のドレスへと切りかわった。

 煌めくティアラが星の光を反射し、氷で作られたバラ飾りが胸元で揺れる。

 氷上で歌う青い光を放つ少女の姿は、まさしく氷の妖精と言うに相応しい。

 本来人前で歌うことを苦手とするディアナは、この日この時だけ、彼一人の為に自身の歌声を捧げるのだった。

 そのあまりにも美しい歌声と姿に遼太郎は無意識のうちにカメラを回してしまう。


 籠の鳥はようやく自由な星空へと飛び立った。

 だが、寂しがり屋な鳥は可愛がってくれる主人の肩にとまると、その美しい鳴き声を主人の為だけに奏でるのだった。



 歌が終わり、遼太郎は拍手するとディアナは照れくさそうにはにかんで遼太郎の前に駆け寄ろうとする。しかし氷に足を滑らせて見事に彼の前で開脚してしまうのだった。

 遼太郎はすぐさま視線を逸らしたが、彼の持っているカメラはそのまま固定されており、ディアナの無防備な白い脚を映し続けていた。

 遼太郎は別方向を向いたままディアナを起こすと、彼女は恥ずかし気に小さく舌を出す。


「大丈夫ですか?」

「リョタローさんの前で、はりきりすぎました」


 良い歌の映像が撮れたが最後のアクシデントで公開するのは無理になってしまったと思う。

 編集して転倒からのパンチラシーンカットで公開できなくもないが、なんとなくそうするのは憚られ、先程のライブは自分だけのものにしておきたいと遼太郎は思ったのだった。


「撮れた映像はディアナさんにお渡しします」

「恥ずかしいですからリョタローさんにあげます」

「あの、でも」


 問題のシーンが映ってるのですが、と言いかけてディアナはすっとドレスのスカートをたくしあげた。白い太ももが露わになり、さすがの遼太郎も一瞬思考回路が止まる。


「リョタローさんなら大丈夫だと信じてマス。あなたにだけディーナの特別アゲマス」

「それは……その」

「リョタローさん、今度二人で撮影シマショウ。公開用ではなく、ディーナとの思い出を作るために」


 スカートをたくしあげたまま思い出を作ろうと言われると、さすがにドギマギしてしまうので遼太郎はまたパチンと指を弾くと彼女の姿がドレスからパイロットスーツへと戻る。


「恥ずかしがりな魔法使いリョタローさんデス」

「あ、あまり大人をからかってはいけませんよ」

「ディーナはいつでも本気デス」


 案外じゃじゃ馬かもしれないと、遼太郎はディアナのちょっとした小悪魔属性に驚かされるのだった。





 ゲーマーズタレント編            了

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