第78話 ZAK
最初に訪れた不動産屋が持っている物件を全て見終わり、どれもピンとこなかった二人は爽やかな営業マンに礼を言って別れ、今度は別の不動産屋にコンタクトをとろうかと思っていた時だった。
「えっと、次はパンパンマンショップさんに物件を紹介してもらいましょうか」
遼太郎は自宅近くのときわ台の駅で、不動産屋に連絡をとろうとしてデバイスを操作する。しかしその時、ディアナが高校生くらいの少年二人に声をかけらていた。
「すぐナンパされてしまいますね」
遼太郎は苦笑いを浮かべながら連絡するのを中断し、ディアナの元へと走る。
しかし、ナンパとは様子が違い、二人の少年は必死にディアナに頭を下げている。
よく見ると二人の少年はかなり奇抜な髪をしており、一人は半分坊主で半分ロングヘア―、しかも髪色を左右で白と黒に分けておりオセロのように見える。もう一人はマリモのようにボリュームのある髪を緑色に染めていた。
「頼む、ディアナ! もう一度俺たちとやり直してくれ!」
「こ、困りマス……」
「ワシらZAKをやり直したいんじゃ」
「ディーナに……そんな権利ありません……」
「お前から頼めばきっとグッドゲームズカンパニーの人も考えてくれると思うんだ!」
「頼むだけ、頼むだけでいいから」
二人の少年は手を合わせて必死に頼み込み、押しに弱いディアナはどうしていいかわからない様子だった。
「どうかしましたか?」
そこに遼太郎が割って入ると、二人の少年は誰だコイツ? という目で見やる。
「リョタローさん……彼らはZAKの元メンバーです。リョタローさんはグッドゲームズカンパニーさんがつけてくれたマネージャーさんです」
ディアナが両者の紹介をすると、二人の少年は態度が急変し腰が低くなった。
「あっども、自分元ZAKのザザって言います。本名は宮本健夫って言います」
「えっと、ワシはケンって名前で活動してました。本名は今川賢太です」
オセロがザザで、マリモがケンタと遼太郎は覚えた。
確かにZAKがまだメンバーがそろっていた頃の動画で、この二人の姿を見たことがあった。
「元メンバーの」
「あの、たのんます! ワシらをZAKとしてグッドゲームズさんで雇ってもらえんでっしゃろか?」
「お願いします! 自分らまたZAKとして活動したいんです!」
どうやら二人は復帰を直接ディアナに頼みに来たらしい。
しかしながら遼太郎に彼らを雇用する権利はない。
ただ、麒麟や宣伝部にかけあいゲーマーズタレントを増やす中で候補としてあげることは可能である。
遼太郎は二人を見て、ZAKのメンバーが一人足りないことに気づく。
「アミさんはいないんですか?」
アミとはディアナがZAKに加入するまではボーカルとして活動していた、実質のリーダー的少女だった。だが、ディアナにボーカルを譲ってからはキーボードとして活動していたはずなのだ。
「アミは……その、あいつはまだZAKⅡでやっていきたいって言ってて……」
「まだグループ内でもめてるんですか?」
「そ、そういうわけやないんですわ。ワシらは元からZAKに戻ろうって言ってるんですけど、アミの奴が頑なに戻らん言うてきて、困ってて」
「そ、そうそう。このままだと俺たち全員沈んでいくのは目に見えてるんで……」
「彼女を置いて、ディアナさんのところに来たと?」
「い、嫌な言い方せんといてくださいよ」
アミという少女はZAKⅡではボーカルに復帰しており、彼女達が抜けた本当の理由はアミがディアナの存在を疎ましく思い、ザザとケンタを連れて脱退したという話が広まっていた。
もちろんそのことは遼太郎も知っている。
「その、マネージャーさんもわかると思うんですけど、ディアナはほんまに日本語できんので、ちゃんと誰かついてやんとあかんと思うんですよ」
「その点自分らならちゃんとサポートできますし……」
二人はへりくだって言うが、珍しく遼太郎は彼らに苛立ちを覚えていた。
その理由は、なぜこのタイミングなのかを考えればおのずと理解できる。
ようは彼らはサンライトミュージックから離脱し、グッドゲームズカンパニーに移籍したと知って、機を見てから追いかけてきたのだ。
つまり、あのままサンライトミュージックに残っていれば彼らは復帰を持ちかけてくることはなかったのである。
彼らはディアナが一人では何もできないとわかっていて彼女を見離した。
そして身勝手にもZAKⅡを作り上げ、売れないとわかると見切りをつけ、事務所を移籍するディアナに飛び移って来たのだ。
今度はアミとい少女を置き去りにして、生きるためにバッタのように売れる方へとしがみついてくる。ようは彼らは自分のことしか考えていないのだ。
今は沈みゆく泥船であるZAKⅡから必死に抜け出すことしか考えておらず、本来雇用元がわかっているならグッドゲームズカンパニーの広報部を通せばいいのに、押しに弱いとわかっているディアナを狙い撃ちにして頼み込んできた。
そのやり口は卑怯としか言いようがなかったのだ。
「僕には直接あなたたちをディアナさんと同じグループとして認める決定権はありません。しかし会社の方にこの話を持って帰ることはできます」
二人の少年の顔がぱっと明るくなる。
「そ、それやったら」
「その前に一つ聞かせて下さい。あなたたちは本当にディアナさんのことを仲間だと思っていますか?」
「なにゆってるんですか。当たり前やないですか!」
「では僕になぜあなたたちのバンド名がZAKなのか教えて下さい。ZAKってメンバーのザザさん、アミさん、ケンさん三人の頭文字ですよね? この由来はあなたたちの昔の動画で知りました。それはディアナさんが加入前だったからそうなっていたことだと思います。しかし、ディアナさんが加入した後、なぜバンド名をかえなかったんですか?」
「それは、その……バンド名コロコロかえるのって、なんかダサいじゃないですか……」
「ではなぜこのタイミングなのですか? ディアナさんが一人では何もできず、一番内情に詳しいあなたたちなら、ディアナさんに救いが必要だとわかっていたはずです」
「だ、だから今来たんですよ」
「包み隠さず言うと、あなたちは一度ディアナさんを見捨て、アミさんに乗った。しかし、思ったようにうまくいかず困っており、サンライトミュージックを抜けグッドゲームズカンパニーに入ったディアナさんに再度すがりつこうとしているようにしか見えません」
少年二人は完全に思惑が見透かされ、何も言えなくなってしまう。
「人間と取引するにあたって重要になるのは信頼関係です。この人物なら信じても大丈夫と思えるなら、多少不利な条件でも飲んで構いませんが、申し訳ありません。あなたたちにはその信用性が皆無です。何か一つでも一人になったディアナさんを助けたことがありますか?」
「「…………」」
遼太郎の歯に衣を着せぬ物言いに、少年二人は押し黙る。
「トカゲの尻尾きりのように売れないものは切り捨てる。そんな人間を雇ってくれと言われましても、僕はこの話を協議議題にすることができません」
「心を入れ替えてがんばりますから!」
「お願いしますよ。ディアナ、お前からもなんとか言ってくれ」
ディアナの前にはZAKのメンバー二人と、遼太郎が映り、困った表情をしながら交互に見比べる。
「リョタローさん……」
「ディアナさん、優しいあなたなら彼らを助けたいと思います。しかし、あなたはようやく籠から飛び出し、空へと羽ばたこうとしています。そのあなたに足かせは必要ありません。あなたがどうしても彼らを救いたいと思うその気持ちは、今この場においては優しさではなく弱さです」
「ディアナ! 頼む、俺たちを救ってくれ」
「また一緒にやろう。ワシらならまた楽しくやれる」
ディアナは泣きそうになりながらも唇を噛みしめる。
そして――
「ゴメンナサイ……ディーナはもう……ZAKではありません」
決別の言葉を口にした。
真っ白になった少年たちを見送り、遼太郎とディアナは二人ゆっくりとアテもなく歩いていた。
ふらっと住宅街の中にあった小さな公園へと入ると、ディアナはブランコへと座りキコキコとこぎだす。
「大丈夫ですか?」
「ハイ、思ったよりは平気デス。過去にお別れしたような気がしてスッキリしてますよ」
「そうですか……」
ディアナはブランコから勢いよくジャンプすると、振り返ってニコリとほほ笑んだ。
つもりだった――
「我慢しなくていいですよ」
遼太郎がそっと彼女の頭を抱きしめると、笑っていたつもりだった表情が実は今にも泣き崩れそうになっていたことに自分で気づく。
ディアナは自身の感情に気づくと頬に一滴の涙が線を描いた。
ZAKと別れたことに後悔はない。
しかしどれだけ酷い仕打ちをされようと、初めてこの国で出会った初めての仲間と呼べる人間との別れに、彼女の心が耐えられなかったのだった。
「すみません。急にこんな決断を迫ることになって」
「リョタローさんは、何も悪くありません……ディーナがもっとしっかりしてないからダメなんデス」
「辛い思いはこれで終わりですから、今は泣いていいですよ。その後たくさん笑いましょう」
「……ハイ……アリガトウ……」
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