第77話 Да
その頃、駅で待ち合わせをしていた遼太郎はディアナと合流する。
彼女はフワフワの兎毛でできた耳あてに、大きい黒ぶちの眼鏡をかけて変装していたが、風にたなびく銀色の髪に日本人離れした整った顔立ちに全くオーラを隠しきれていなかった。
「すみません、遅くなりました」
「リョタローさん」
沈んでいた表情をしていたディアナは遼太郎の顔を見てパッと花を咲かせる。
「道、大丈夫でしたか?」
「はい、親切な方が教えてくれまシタ」
「それは良かったです」
「すみませんリョタローさん、オ茶シヨーとはどういう意味なのでしょうか? 皆さんそう言います」
「……ナンパされてたんですね。ちゃんと断れましたか?」
「マエバラさんから大体理解できないことを言われた場合、しかめつぃらしながらロシア語を話せば追い払えると教えてもらいまシタ」
「ツィラ? あぁしかめっ面ですね。ちょっとやってみてもらっていいですか」
「ハイ」
そう言うとディアナは眉を寄せながら、ロシア語でツラツラと話す。
確かに眉を寄せていると怒っているように見えるし、わからない言語をその表情で話されると、どこか「失せろ、あっちへ行け」と言われているように思えてしまう。
どれだけ美人であろうと、コミュニケーションがとれなければナンパは成立しない。追い払い効果は高いだろう。
「ちなみに今のは今日は気温が低いですねと言いまシタ」
「なるほど、その追い払い方はいいと思います」
「Спасибо」
「スパスィーバがありがとうってことはわかります。あとダーがはいとかイエスって意味だってゲームで知ってます」
「おぉ、とてもいいゲームデス」
「ギャルゲ―ですが」
「ぎゃるげ?」
「あまり気にしないで下さい」
「
二人はタクシーに乗り込むと不動産屋を目指す。
その車内ディアナはずっと珍しそうに外を眺めていた。
「あまり外には出ませんか?」
「外に出たら怖い人いっぱいいると言われていまシタ」
「そんなことはないですよ」
「ハイ、マエバラさんの言うこと、ディーナの日本のイメージとかけ離れてます。でも、日本のこと教えてくれるのマエバラさんしかいませんでシタ」
「学校はどうしてたんですか?」
「初めはナショナルスクールの芸能科に通っていました。でも歌のレッスン、とても多くて学校通える余裕ありませんでした。だからずっと授業内容を録画したムービーで勉強してまシタ。でも、ナショナルスクール多言語なので、翻訳機誤訳多いデス。どんどんわけがわからなくなってついて行けなくなりまシタ」
「録画の授業だと質問もできませんしね」
「ハイ……それにディーナは友達もいませんでしたし、外に出てもわからない言葉いっぱい言語の壁、凄く厚く感じました。だからほとんど引きこもりになってしまいました」
「翻訳機を使っても喋れなかったですか?」
現在遼太郎もディアナも多言語対応の翻訳機を耳にしており、タクシーの運転手からしたら片方はロシア語、片方は日本語で会話する全く話の内容がわからないやりとりが続けられている。
しかし現代社会、特に仕事関係でこういった光景はごくごく当たり前になりつつあった。
「翻訳機はつけてる人同士でしか会話できまセン。ディーナは言葉わかっても相手はディーナの言葉ワカラナイです」
「そうか、相手にも必要なんですね」
遼太郎はなぜディアナが日本語を喋れるように努力しているのかがわかる。
相手からの言葉は自分が翻訳機をつければいいが、相手に自分の言葉をわかってもらうには自分がその国の言語を話すしかないのだ。
いくら翻訳機が発達していると言っても、未だ日常生活で外国人とコミュニケーションをはかることは稀であり、大多数の人間は常用的に翻訳機をつけているわけではなかったのだ。
「ZAKのメンバーも皆辞めてしまいましたし、ディーナの頼れる人マエバラさんしかいなかったデス」
ディアナは寂しさがこみあげてきて、目じりに涙がたまっている。
遼太郎はこれはマズイと滝のような冷や汗が流れる。
「だ、大丈夫ですよ。我々はそんな縛りつけたりはしませんし、ある程度ルールさえ守っていただければ、自由にしていただいて結構です。それに友人も、その月並みではありますが僕や岩城さん達、少し年上ではありますが友達と思っていただいて大丈夫です。麒麟さんも少し怖そうな人ですが優しい人ですから。その……頼りないですが頼ってください。僕がなんとかしますから」
まくしたてるように言ったつもりだったが、ディアナは口元をおさえ、目じりから涙をこぼしながら頬をピンク色に染め上げていた。
「本当にヨイのですか?」
「ええ、もちろんですよ」
「ありがとう、本当に。リョタローさん、あなたに会えて本当に良かったデス。あなたはとても優しい人デス」
「これからたくさん楽しいことがありますから泣かないで下さい」
「Да」
グスグスと泣くディアナをあやすが、彼はディアナの中でとても大きな存在になっていることに気づいてはいなかった。
「さて、住居ですがどうしましょうか? どの辺りがいいとか希望ありますか? 物件の希望でもいいですよ。何階建てのマンションがいいとか、部屋数や、ペットOKなど条件で探しても」
「リョタローさんはどこに住んでるんですか?」
「僕ですか? 僕はときわ台にあるアパートですよ」
「ディーナもそこがいいデス」
「いや、あそこは自分で言うのもなんですが、人が住める場所じゃないですよ。冬は極寒ですし、夏は灼熱です。周囲に怖いおばさんがいるので、毎日怒鳴っていて精神衛生上よくないです」
「そうデスか?……でも、そこがいいデス」
しゅんとしてしまうディアナに、う~むと困ってしまう。
その後物件をいくつか回ってみたが、ディアナはどれもピンとこないようで、遼太郎はタブレットを片手に次はどこにしようかと唸るのだった。
「スミマセン……わがままで」
「いえ、いいんです。住居は長い時間付き合うことになりますから、あまり妥協はしない方がいいです。ゆっくり探しましょう」
「……ハイ。やっぱりリョタローさんは優しいデス」
「いえ、好きでやってることですから気にしないで下さい」
「……アナタともっと早くに出会っていたら、ディーナはかわっていたかもしれまセン」
「何か言いましたか?」
「何も言ってまセン」
桜色の頬をしているディアナに、具合でも悪いのかな? とテンプレート的なことを思う遼太郎だった。
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