第75話 面接

「しかし、酷い目にあったでゴザル」


 開発室で岩城が削除しても削除しても復活する太陽テレビの放送内容に顔をしかめていると、ご機嫌な椎茸が携帯デバイスを見ながら顔をニヤけさせていた。


「そうでもないでふ。あの件がきっかけで、ぼく人生で初めての二次元じゃない彼女ができそうでふ」

「ほほー、それは良いことでゴザルな」

「あれ、岩城君なら絶対嫉妬に狂って怒ると思ってたでふ」

「それがそれが拙者にも春がきそうなのでゴザル。あの件をきっかけに、いや~んあなたって本当はゲーム開発者だったんですね素敵! と。まさか拙者この仕事をしてモテるときがくるとは思わなかったでゴザル」

「一応ゲーム開発者って子供に人気の職業でふから」

「拙者、都市伝説だと思ってたでゴザルが、まさか本当だったとは」

「「グフフフフフ」」


 二人が邪悪な笑みを浮かべるなか、遼太郎はゲームでイベントも始まるというのに裁判用の資料も提出するようにと命じられて大忙しな上に、ネット掲示板では画像付きでキモオタ開発者wwwwwと煽られまくり、一人だけ貧乏くじな男であった。


「あっ平山さん、14時からゲーマーズタレントさんの面接やりますので第二会議室に来てください」

「わかりました」


 麒麟から声をかけられて頷いたが、結局ゲーマーズタレントの件はうやむやになってしまった。

 どうなったのだろうかと思う遼太郎だったが、時間になって会議室に入り驚く。

 そこには特徴的なネコ目をしたディアナの姿があったからだ。

 同じようにディアナも目を丸くしている。彼女は前原の顛末がイマイチよくわかっておらず、なぜ遼太郎がアカウント停止できたのか理解できていなかったのだ。

 ネットニュースを見てもほとんど日本語ばかりで、彼女に詳細を教えてくれる人は誰もおらず、最後まで遼太郎たちをゲームの開発者とわかっていなかったのだ。


「はじめますよ」

「麒麟さん、これは一体?」

「見てのとおりです。サンライトミュージックが手離したので優良物件が安くで手に入りそうだったので」

「いいんですか? 麒麟さんが一番怒りそうな内容でしたが」

「話を聞いたところ、彼女にも至らない点はありましたが十分情状酌量の余地はあるなと判断しました。また彼女の方からもぜひやらせてほしいと打診がありましたので。まぁ桃火姉さんからの入れ知恵ですが、マイナスはひっくり返すとプラスへの振れ幅が大きいということです。打算的なところで言えば、彼女を引きとることで我々の株が上がるということです」

「なるほど、懐の広さを見せたわけですか」

「それ以外にも少し気になるところで、ウチの会社、サンライトミュージックの株持ってるんですよ」

「えっ、株主だったんですか?」

「ええ、私もいつのまにかは知らなかったんですが、実はそこそこの。ただ彼女がサンライトミュージックを脱退すると同時に、その株全部売ってるんです」

「ディアナさん目的だった?」

「わかりません。ですが、会社がディアナさんの動向に前々から目をつけていたと見て間違いなさそうです」

「なるほど……」

「だからどうしたという話ではあるのですが、そういう経緯もあって私が動かなくても会社の方が手を伸ばしていたかもしれません」

「どっちにしろ彼女はウチで引き取るわけだったってことですね」

「ええ」


 麒麟は小声で「今回の面接は形だけで既に内定しています」と付け加える。

 遼太郎は用意されたパイプ椅子に座ると、緊張した面持ちをしているディアナににこりとほほ笑みかけた。

 麒麟が時間を見て面接を始める。


「それではディアナさん、面接を始めます。まず、最初にあなたが別社にて音楽を中心とした人気グループZAKのメンバーであることは知っています。ウチはゲーム会社ですので、ほとんどのお仕事が自社のゲームを中心としたものになります。これは構いませんか?」

「ハイ」

「また、あなたはこれから動画を配信する際、あなた個人がアップロードするものに関しても規制がつきます。あなたは弊社所属のタレントということになりますので、あなたが自社のゲームだけでなく他社のゲームを面白くないなど、例え本当のことでもユーザーさんの反感を買うような発言があった場合は会社側で削除を行います」

「ハイ」

「他にも過剰なネガティブ発言、ユーザーとの喧嘩、セクシャルな発言など見ているユーザーさんが不快に思う発言、行為があった場合は個人のものでも削除し、最悪契約解消となります」

「ハイ」

「ただし、楽しくゲームをしてくださるなら特にあなたがアップロードする動画に規制はつけませんし、公式でアップロードするものに関してはチェックを入れますが、それ以外は好きにしてもらって構いません。また給与は契約料金を月給として分割払いにしますが、それとは別に動画視聴数に応じて手当という形で報酬を支払います。ただ、やはりあなたはこのグッドゲームズカンパニー所属ですので、あまり他社のゲームばかりを配信するのは控えて下さい」

「ハイ、ダイジョウブデス。グッドゲームさんのゲームします」

「ありがとうございます。ただ過剰に我々のゲームを宣伝しすぎることや、また他社のゲームは全くプレイしなくなるなど、弊社のゲームは持ち上げて、他社のゲームは落とすというようなことはしなくて大丈夫ですので、あなたの感性を曲げてまで弊社の為になろうとしなくても大丈夫です」

「ハイ」

「一応説明はここまでにして、後ほど注意事項や規約等を書面にしたものをお渡しします。それでは、はっきりさせておかないといけないことがありますのでお聞きします。太陽テレビの番組内容をどう思いましたか?」


 ディアナは緊張しながらも立ち上がると、申し訳なさそうな表情で答える。


「楽しんでゲームをしている人には……とてもゴ迷惑をかけまシタ。ディーナはゲームタレントにしてもらえると聞いて、日本に来ました。でも、前の会社では歌ばかり歌うことになって残念に思っていまシタ。ゲームの仕事もっとしたい、そう思っていまシタ。今回迷惑おかけした仕事も最初はゲームの仕事と聞いて喜びました。でも内容は全然違う、人を騙すものでした。ゲームに入ってもゲームしてはいけないと言われ悲しかった。あんな人を怒らせるようなこと……もうしたくナイです」


 哀し気に答えるディアナに、一緒に聞いていた矢島は顎をさすりながら唸る。


「そんなに嫌なのに嫌と言えなかったのかい?」

「社長のマエバラさん、ディーナが辞めると言ったらすぐ泣いてしまいます。ディーナとても困りましたが、先日サンライトミュージックを辞める決意をしてマエバラさんと話をしたら、今度はマエバラさん泣かずにディーナを怒鳴りました。とても怖くて泣いてしまいました……」

「泣き落としに恐喝か、最低な野郎だ」

「実は彼女がサンライトミュージックから脱退できたのってウチからの圧力なんですよ」

「それがなけりゃ嬢ちゃんは籠の鳥のままだったわけですな。芸能業界ではたまにあるそうです。親元から引き離し判断能力のない子供に次から次へと仕事をふって使い潰すクソみたいな会社が」

「ただ、それだと彼女のメンタルが気になりますね。善悪の判断基準が完全に他者任せとなっているのは非常に危険です」

「ようは嫌なのに嫌って言えないことですな」

「はい。勿論我々がそんな悪いことに彼女を使うことはありませんが、これでは彼女は内心嫌なのに怒られたくないから嫌々ながらも従ってしまうことです」

「彼女怯えると小動物みたいですからな。その姿がとても可愛……」

「矢島さんぶん殴りますよ」

「すみません」


 麒麟たちは困ったなと思いながらも話を進めていく。


「最後にディアナさんはまだ日本に慣れていませんので、こちらからマネージャーとして人をつけます。これはいらないと思うのでしたら断っていただいて結構ですし、しばらくして慣れたと思ったら外してもらっても結構です」


 ガチャリと扉が開いて、宣伝部の女性社員広瀬が入って来る。


「最初のうちは彼女に話を聞いて仕事を覚えてください。と言っても、動画撮影によるプロモーションがメインなので、あまり片肘張らずに楽にゲームを楽しんでもらえれば」


 そういうとディアナがおずおずと手をあげる。


「どうかしましたか?」

「アノ……マネージャーさん、彼にしてもらえませんか……」


 ディアナが指さしたのは、既に狸の置物と化していた遼太郎である。


「ディーナはその人が……いいです。本当にごめんなさい」


 広瀬にぺこりと頭を下げる。


「そう言えば番組の最中も結構懐いてましたもんね……演技かと思ってたらガチだったか」


 麒麟が別の意味でぐぬぬぬと唸る。


「そう言われましても、僕プロモーションなんてやったことありませんし」

「そうですよね。遼太郎さんは開発もありますしね」

「いえ、別にゲームのプレイ動画さえとっていただければ私じゃなくても大丈夫ですよ。細かなバックアップやセッティングは私がサポートしますので」


 広瀬が大丈夫大丈夫と返すと、麒麟は余計なことをと眼光鋭くする。


「そんじゃド素人、お前が良いって言われてんだ面倒見てやれ」

「いや、その僕もイベントやら裁判用の資料やらで、もうてんやわんやで」

「資料作成は岩城たちにやらせるから心配すんな」

「はぁ……では一応できる範囲で頑張ります」


 そう言うと、ディアナはトテトテと近づいてきて遼太郎の手を握ると、この場に来て初めて笑顔を作り「ヨロシクオネガイシマス」とイントネーションの怪しい言葉とともに頭を下げた。


 めでたくディアナはグッドゲームズカンパニー専属のゲーマーズタレントとして入社を果たしたのだった。



 面接を行っている会議室の前で壁を背に腕組みをしている女性の姿があった。

 その隣に桃火が並ぶ。


「あら玲音姉さんがゲーマータレントに興味があるとは思わなかったわ」

「新入社員は私を通すのが規定だ」

「……ねぇ姉さん、あの子誰かに似てると思うんだけど」

「…………」

「あの目とかさ、誰かさんにそっくり。性格だけは全然違うけど。環境かしら?」


 桃火は意味ありげな視線を玲音に向ける。


「知らん」

「サンライトミュージックの株の売り買いってさ、あれ姉さんの権限でしょ?」

「損切をしただけだ。太陽TVの件で恐らくサンライトミュージックは潰れる」

「姉さんなら、そもそも損株なんて買わないでしょ」

「…………」

「麒麟に教えてあげたら?」

「必要ない」


 そう言い残して玲音は会議室の前を去っていく。

 残された桃火は小さく息を吐く。


「久しぶりの末妹との再会なんだから、会っていってあげればいいのに」

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