第74話 ターゲット

 遼太郎のデバイスが鳴り響きコールに出ると、麒麟が声を怒らせていた。


「ちょっと遼太郎さん、ネットTVに出てますよ! しかもテロップがバカなキモオタ爆釣記録とか、これ悪意ありまくりですよね! モザイクはいってますけど薄すぎて意味ないです!」

「今現在撮られている最中です」

「カメラ止めさせて今すぐ全員アカウント停止にしてください! 権限はこっちで渡します!」

「これ許可とか出してないですよね?」

「こんな何一つとして利にならないこと絶対許可なんてだしません! 太陽テレビには厳重抗議と放送内容の削除要請を出します! こんなことしてタダですむと思うなよ、局もろとも皆殺しにしてやりますって伝えておいてください!」


 そう言ってブツっと電話は切れてしまった。


「僕よりよっぽど麒麟さんの方が怒ってるな」


 さて、とりあえずはこれ以上メタルビーストに根も葉もないような悪評が広がるわけにはいかないので、早々に手を貸したとおぼしき人物をアカウント停止することにしようと、遼太郎は芸人とカメラマンに向き直る。


「すみません、一応聞くだけですが、これ許可とってないですよね?」

「ゲーム側にはとってますよ」

「それは権利元のグッドゲームズカンパニーの方にですか?」

「どこだったかな、ちょっと忘れちゃったけど、多分そこ」


 虚偽申告追加と。


「申し訳ありません、上席の方に確認をとったところそのような事実はないと伺っています」

「いや、おたくユーザーでしょ? 許可とってるとかどうやってわかるわけ?」

「あっ、申し遅れました」


 遼太郎は自身の名刺データをアフロのアバターに転送する。


「わたくしグッドゲームズカンパニー第三開発室所属、このメタルビーストでプランナーをやっています平山遼太郎と申します。こちらはプログラマーの岩城とデザイナーの椎茸です」


 アフロたちが名刺データを見て、一瞬顔を凍らせる。


「でたらめでしょ? よくできてるな~。いるんだよね、俺はゲームの開発者だとか脳内妄想で、こんな名刺まで作っちゃうようなのが。嘘はダメだよ」

「とりあえずカメラ止めていただけますか?」


 未だカメラを回し続けているカメラマンに視線を向けるが、撮影を止める様子はない。

 実際あんなカメラなんて使わなくても映像の記録配信はできるのだが、恐らく旧時代のドッキリテレビ番組をなぞる為に、無駄なカメラを背負っているのだろう。


「仕方ありませんね」


 遼太郎はデバイスを操作すると、カメラマンの姿が一瞬で消える。


「著しい利用規約違反があると判断させていただき、管理者権限でアカウントの一時停止措置を行いました。また、この停止措置は審議の結果、延長または永久停止になる可能性がありますのでご了承ください。と言っても聞こえてないですけどね」


 アフロ芸人はようやく事態を飲み込む。

 今まで散々こき下ろしていたのが、このゲームの開発者だったということに。

 今回の企画は比較的規制の緩いネットTVの悪乗りグレーゾーン企画であることは明白で、ろくにターゲットのことを調べずにドッキリを仕掛けてしまったことが裏目にでたのだった。

 この番組が成立する絶対条件は現行犯でゲーム運営サイドに捕まってはならないという条件がある。

 放送が終了してしまえば、後は知らぬ存ぜぬで通し、二度とそのゲームにログインしなければいいだけだが現行犯は具合が悪い。下手をすればゲーム会社側が起訴にもっていくからだ。


「……ほん……もの?」

「はい、先ほどの名刺含めてすべて本物です。名刺のデータ照合してもらっても構いませんよ」

「此度の無許可での放送、ユーザーを貶めるような言動の数々、悪ふざけを逸脱した内容を見て、グッドゲームズカンパニー社はこれを威力業務妨害と見て太陽テレビを提訴することを決めたと……姫からメールがきたでゴザル」

「…………」

「ネットTVだから、こっそりやればバレないとか思ってたかもしれないでゴザルが、ゲームの開発者をターゲットにこんな悪質な悪戯をしかけたら裁判沙汰になるのは当たり前でゴザル」

「いや……その、あの、これは太陽TVさんの方が企画した番組でして、僕はただの雇われ芸人で仕事としてやっただけで……そんなこと言われましても、その困ると言いますか、ねぇ前原さん?」


 アフロの芸人は、立場がなくなり完全に素の状態で話しはじめ、前原に助けを求めた。


「知らない! 俺知らないから太陽テレビが勝手にやったことだから、俺関係ないから!」


 顔を強張らせた前原が大きく首を振り、トカゲの尻尾切りを行う。


「そんな前原さん、これあなたの企画だってさっき」

「うるさいうるさいうるさい! こっちを巻き込まないでくれ!」


「醜い、実に醜いでゴザル。こんな悪意の塊のような番組に出演するということは、それ相当の覚悟があってのことだと思うでゴザル」

「仕事だからという理由で他者を傷つけていいわけがありません。むしろ仕事だからこそ、その責任はご自身に返ってきます」


 太陽テレビのやり方に反感を覚えたユーザーたちが怒声をあげる。


「このクソ野郎たたんじまえ!」

「誰がキモオタよ! お前らの方がよっぽど気持ち悪いわよ!」

「何が太陽TVだよ、つまんねークソみたいな番組ばっかり作りやがって! 番組も出演者もどっちもつまんねーからテレビがネット放送にまで衰退するんだよ!」

「何がバカ受けだ! 脳みそいかれてんのかテメーは!」


 完全に大義名分を得たユーザーたちが、一斉にその場にあるものを投げつける。

 安全面に配慮されているので物を投げて相手に当たったところで痛くもかゆくもない。

 だだ、これは痛みをぶつけるのではなく怒りをぶつけているわけで、圧倒的多数に取り囲まれ怒りをぶつけられるというのは想像以上に恐ろしい。


「ひぃぃログアウト、ログアウト!」


 アフロと前原は慌ててログアウトしようとするが、ログアウトボタンが消えていることに気づく。


「なんだこれログアウトできないぞ!?」

「悪質なユーザーに逃げられないように、あなたたちのアカウントはこちらでロックさせていただいてますので、逃げられませんよ」


 ユーザーたちはじりじりとアフロに近づいていく。

 これ以上いくと本当に問題起きそうだなと思い、遼太郎は前原の前に出て「後日お話をしに、弊社の法務部がうかがいますので、その対応が済むまで無期限のアカウント停止とさせていただきます」と笑顔で対応し、アフロと前原のアカウントを停止させると、二人のアバターはその場から消えてなくなった。

 残されたのはディアナだけで、アフロたちが消えた矛先は彼女へと向かう。


「そっちの子が仕掛け人だったんだろ! 病気だって嘘までついて!」

「くだらない企画の為なら何をしたっていいの!?」


 ディアナはなぜ前原たちが消えていったのか理解できておらず、怒り狂ったユーザーの中に一人取り残され顔面蒼白になり、いつ泣き出してもおかしくなさそうだった。

 遼太郎はこのままでは被害者が加害者に回るなと予測がついた。

 それは岩城たちも同じだったようで、遼太郎に耳打ちする。


「平山殿、このままではユーザー側は大義名分を得ているから、泣くまで攻撃をやめないでゴザルよ」

「最悪泣いても止まりませんよね」

「左様、ここは彼女もアカウント停止処分にして逃がす方が良いでゴザろう」

「そうでふ。そうすればこれ以上追撃もできないでふし、罰も受けたとしてユーザーは納得するでふ」

「太陽TVに関しては責任をとることは必要だと思うでゴザルが、このように年端のいかない少女が泣かされるのは彼女に非があったとしてもゲームのイメージダウンになるでゴザル」

「彼女ファンが山ほどいるから、例えこっちが正しくても酷いことするとめちゃくちゃ噛みつかれるでふよ」


 岩城の言うようにアカウント停止にしようかと思ったが、遼太郎はう~んと思いとどまった。


「ディアナさん、神経の病気と言うのは嘘でよかったですか?」

「……ハイ……騙してすみません……」


 少女の肩は小刻みに揺れ、暴力を振るわれた小動物みたいに怯えすくんでいる。


「そうですか」

「本当にスミマセン。こんな内容とは……知りぃませんでした……」


 ディアナはぺこりと頭を下げる。


「誰がキモオタだ!」

「人が好きなものにケチつけるお前は何様だ!」


 しかし未だユーザーたちの怒りはおさまりを見せない。


「すみません、皆さんお気持ちはわかりますが、冷静になって下さい。この度の太陽TVの番組に関しては弊社からも厳重に抗議するのと同時に放送内容の差し止め、削除を行っていきます。テレビ放送に映されてしまった方には深くお詫び申し上げます。こちらのディアナさんも放送の内容は知らされていなかったようですので――」

「そんなの言い訳になるか!」

「名誉棄損だ! 名誉棄損! 今から大人のルールを教えておかないと将来ろくな大人にならないぞ!」

「ちょっと顔が良くて歌がうまくて売れっ子だからって調子にのってたんだろ!」


 遼太郎はなおも憤りのおさまらないユーザーの声に対し、ディアナの翻訳機を遠隔で操作する。

 ディアナは突如音声が切り替わり、聞きなれない言語で言葉を発するユーザーたちに困惑する。


「なんでゴザルか? ディアナ氏ぽかんとしてるでゴザルが」

「周りのユーザーの声をヘブライ語に変換しました。彼女にはもう何を言ってるかさっぱりだと思います。ほんの少しだけはけ口になってもらいます」

「何を言っているか聞こえないようにして、でゴザルか。本当にそういうところは気が回るでゴザルな」

「ユーザーさんの怒りはもっともですが、岩城さんの言う通り彼女にはまだちゃんとした責任能力がありませんので」

「しかし、そんなことせずともさっき言った通りBANしてしまえばいいのでは?」

「ここでBANしたら彼女このゲームに帰って来れないじゃないですか。何日か接してわかりましたが、彼女がゲーム好きというのは嘘偽りがありません。そんな人がゲームに嫌な思い出を作ってゲームを嫌いになってしまうのって悲しいじゃないですか」

「平山殿は一番の被害者だというのに、拙者平山殿を良い人と言っていいのかお人よしと言っていいのか判断に困るでゴザル」

「責任をとるべきなのはこの子じゃないですから。その辺は守ってあげないと可哀想ですよ」


 ある程度ユーザーたちが言いたいことを全て言い終えると、遼太郎は翻訳機を元に戻し、ディアナに優しく伝える。


「あなたのしたことは他の人を怒らせる行為で間違いありません」

「……ハイ」

「しかし、あなたは今回のことがいけないことだったと理解していますし、話をちゃんと聞かされていなかったという点では被害者でもあると言えます。その点に関しては我々も協力して誤解を解いていきたいと思いますが、迷惑をかけた方にはその言い訳は通じません。ですので、謝罪はしましょう」

「……ハイ」

「大丈夫です。謝って許してくれない人はいませんよ」


 怖いことはこれで終わりですと耳打ちすると、ディアナは小さく頷く。


「ハイ」


 遼太郎はディアナに促すと、彼女は震える声で「すみ、ません。もう、シマセン」と謝罪した。


「憤りを押さえられない方々も、これで手打ちにしてあげてください。今回はこのようなことになってしまいましたが、一度間違ってしまった者を叩き潰すのではなく大人として許してあげられる寛容さを持っていただけると、我々は嬉しく思います」


 遼太郎はディアナと一緒に頭を下げる。


「彼女に対してもアカウントの一時停止処分とさせていただき、弊社で審議を行います。太陽TVに関しては追ってホームページで詳細の方を報告します」

「このような不正放送を許した件につきましては開発部署で管理体制の強化を行いますでゴザル。此度の件ユーザーの皆様方には不快な思いをさせ、誠にご迷惑をおかけしましたでゴザル」

「でふ」


 遼太郎、岩城、椎茸の三人は並んで頭を下げた。

 ユーザーの方も、まぁ一番の被害者がそう言うならと大方納得してくれたようだった。



 後日、太陽TVはグッドゲームズカンパニーに提訴され、他にも今までに行って来た不正放送が次々と明るみにでて、まともに放送を行うことは困難となったのだった。

 そこから芋づる式にサンライトミュージック社長、前原が引っ張り出されるのは時間の問題となっていた。

 またカメラマンやアフロ芸人になど、放送に関わっていたアカウントに関してはアカウントの一時停止から永久停止の措置がとられた。


 後日ネット上でディアナのファン同士が徹底抗争を見せ、この件がきっかけでディアナはサンライトミュージックを脱退することが正式に決定した。

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