第73話 ネタばらし
悪質なドッキリ企画が進行して数日後。
仕掛け人であるディアナがゲーム内にログインすると、ネットTVを中心にする局、サンライトミュージックの子会社である太陽TVのスタッフが最後の打ち合わせに入る。
「ここでカメラが現れてネタばらしをするから、君はいつも通り彼を騙しててくれればいいから」
「……ハイ」
「それじゃあ我々は一般の客として紛れてるから、うまくやるんだよ」
「……ハイ」
ディアナはこれさえ終わればこの罪悪感は消える。それと同時に楽しくゲームをしていた時間も消えてしまうと思うと、罪悪感と寂しさがいろいろごちゃまぜになり、顔色は悪くなり足が震えだしてきた。
「行か……ないと」
ディアナがにゃんにゃんバーに仕掛け人として入ると、そこでは何も知らないプレイヤーたちがいつも通り他のユーザーとコミュニケーションを楽しんでいた。
「拙者がその時バッタバッタと斬り倒しぃぃぃぃぃぃ!!」
「そう、ゲーム会社社長でさ、まぁ実質今はその上の会長的ポジションでふ」
「「スゴーイ」」
岩城と椎茸は連日おだてられて、天狗になりきっていた。
その脇で遼太郎はディアナといつも通りレトロゲームを始めるのだった。
彼が中空を撫でるとモニターが表示され、コントローラーのかわりとなる携帯デバイスを横向きにして、表示されたボタンを夢中になって押す。
だが、今日のディアナにレトロゲームを楽しむ余裕はなかった。
「よっ、たっ、やっ! セイセイセイ!」
「オッ、オー、スミマセン」
ゲーム画面にはGAME OVERの文字が踊る。注意力が散漫になったディアナは凡ミスを連発していたのだった。
「大丈夫ですよ、このゲームやられてもコンティニューする方法がありまして斜め上ボタンを入れながらLRXAボタンを同時押しするという指がつりそうなコンティニュー方法があるんですが、これがなかなか難しくて……」
遼太郎は指がもつれそうになりながらコントローラーを操作するが、画面には最初のタイトル画面が表示される。
「コンティニュー失敗しましたね。すみません、斜め上ボタンの反応がかなりシビアなので。でも、すぐに取り返せますよ。元のステージまで戻す作業もレトロゲームの醍醐味ですので」
遼太郎が笑顔を浮かべれば浮かべるほどディアナの胸は締め上げられていく。
この笑顔はこの後どうなってしまうのだろうか。
彼ならば笑って許してくれそうではある。だが、それはあくまでディアナの希望的観測であり、怒ったり、罵られたりする可能性の方が高く、せっかく知り合えたこの関係を今から粉々に壊されるのだと思うと、彼女の気持ちはどんどん落ち込んでいく。
「……ハイ」
しばらくしてゲームを進めつつ遼太郎から切り出す。
「具合……悪いですか?」
「えっ?」
「今日、元気がなさそうなので」
「い、いえ、そういうわけではアリマセン」
「そうですか、なら良かったのですが。そうだ、今度昼間でもできるように僕の持っているゲームをあげますよ。レトロゲーだけじゃなくて3DDSなど今のものもありますのでグラフィックの綺麗さにきっと驚かされますよ」
「あ、アリガトウ」
「でも、やっぱりゲームはグラフィックだけでなく面白さというものが重要で、あの有名なテトリスは実はロシアで作られたものなんですよ」
「そうなのデスカ?」
「ええ、あれはグラフィック的な面白さなど知らない人たちが、筆記用具をブロックに見たてて、それを積み上げたら消えるという最初期のパズル的発想をして産まれてきたものだと聞きます」
「オォ、凄い」
「えぇ、発想の勝利ですね。そのような発想の勝利というのは偶発的に産まれるものが多くてですね、初代ドットイートゲームと呼ばれるパックンマンなどは当初敵の速さは調整ミスだったらしく、本当の敵はもっと遅かったんですよ。でも、逆にその難しさが面白いということで爆発的にヒットしました。ただ、あの辺りは激ムズゲーの流れを作り出してしまったきらいはありますが」
「ゲーム……難しいとクリアできません」
「ええ、FCやSFCのようなカートリッジ型のゲームは凄く難しいものが多かったです。でも、それはゲームソフトの単価自体が高くて、当初は一本一万円と、今の高精度な3Dゲームより高かったんです。なので子供たちはたくさんゲームを買うことができないので、開発者たちはできるだけ難しくして、長く楽しめるようにしたんです。ただ鬼畜ゲームが量産されて、子供たちの心を折りまくったという事実もあるんですがね」
「ナル……ホド」
遼太郎のゲーム話が続いている最中、唐突にパーンとクラッカーが鳴り響く。
驚いて振り返ると、そこにはアフロの被り物をした男性とカメラを持った男が立っていた。
アフロの男は遼太郎もテレビで何度か見たことのある辛口を売りにしている芸人のようで、一目で何かのテレビ番組だとわかったが、なぜここにいるのかがわからない。
「えっ? あの?」
「我々太陽テレビの番組フレッシュアメイジングと言いまして、今回このVRゲームの中でドッキリを企画させていただきました!」
「は、はぁ?」
「今回のドッキリのタイトルはこちら!」
アフロの男が中空を撫でると、その場に文字が浮かび上がる。
【天才美少女アーティスト、ディアナ・クラヴィス、キモオタゲーマーと交流!? 正体を隠した美少女ディアナにキモオタは引っかかるのか!? ディアナちゃんドン引きVRゲームの闇に迫る!】
「見事に引っかかって、ディアナちゃんの正体にはまったく気づきませんでした!!」
「は、はぁ……」
アフロの高いテンションについていけず、遼太郎は生返事ばかりを返してしまう。
「彼女、今10代20代なら誰もが知っているZAKというバンドのボーカルだって知ってましたか?」
「ZAKですか」
前に麒麟たちと打ち合わせをしてZAKをメタルビーストのゲーマーズタレントに起用するという話が出ていた。
その話を思い出していると、さっきまで豚もおだてりゃ木に登る状態だった椎茸が飛びついてくる。
「ほ、ほんとでふか! ZAKのディアナちゃんって言うのは!?」
「えぇ、本当です! 最近CMや音楽などで幅広く活躍しているカリスマロシア人美少女です!」
紹介されたディアナは前髪を少しだけ上げると、表情は暗いが確かに雪精のように白く美しい、特徴的な猫目をした顔が見える。
どうやら以前遼太郎が見た動画に映っていた本人で間違いないようだった。
「サインを! サインをくだしぃ! 椎茸さんへって入れてくだしぃ!!」
興奮する椎茸をアイドル握手会にいる警備員のように岩城がはがいじめにする。
「みっともないからやめるでゴザル」
「ZAKのディアナちゃんでふよ!?」
椎茸が叫ぶと、周りにいたユーザーたちも「ほんとにディアナ?」と声を上げる。
「はい、そこのふとっちょさん以外皆さんなんのことかわかってない感じですね。説明しますとVRゲームの中ににゃんにゃんバーなる気持ち悪いものを作って、気持ち悪い皆さんを接客する地獄のような場所があると聞いて、我々はその地獄にディアナちゃんを送り込みました! 誰一人ディアナちゃんに気づかなかったのはオタク故のアンテナの低さのせいでしょうか?」
「むむむ、なんだかとても愚弄されていることはわかるでゴザル」
店主であるユーザーが騒ぎに気づいて駆け寄ってくる。
「おっと、あなたがこのにゃんにゃんバーの店長さんですか? なぜゲームの中にこんな気持ち悪いものを作ろうとしたんですか?」
「いきなりなんなんですか! 帰って下さい!」
あまりにもネットゲームの一面的なところだけを見て気持ち悪いを連呼する芸人に、店主であるユーザーは激怒する。
「お話だけでも聞かせて下さい。ここで話をしている男の人も女の人も皆気持ち悪いですよね? 普通ゲームはゲームをする場所なのに、なんで酒も飲めないのにバーなんて開いたんですか?」
店主であるユーザーがあまりにも無礼な物言いに激怒し、拳をふりあげた時だった。
「Не надо! ワタシ聞いてません。キモオタが侮蔑の言葉だってことワカリマス! 店長さんにも、皆さんにも失礼なこと言うのヤメテクダサイ!」
ディアナはただのドッキリだと聞いていたのに、明らかに主旨が驚かせるより人を侮辱して笑いをとる方がメインになっていると気づいて怒りを露わにする。
「ダメだよディアナちゃん。君はこっち側なんだから、そっちの気持ち悪い側に肩入れしちゃ」
「そうだぞディアナ、一般人はこっちだからな」
ディアナはカメラマンの後ろにいた男を見て目を見開く。
「マエバラさん、なぜそこにいますか?」
「この企画は俺が出したものだからな。君はこういったゲームをこき下ろす番組には賛同してくれないと思って黙っていたんだ。おかげで皆キョトーンとしちゃって大爆笑。俺テレビの企画センスまであるみたい。自分の才能が怖いね」
前原含めた太陽TV陣はこのピリついた空気を何か勘違いしているらしく、ゲラゲラと爆笑している。
「ドッキリ大成功! なんてね!」
「
「ディアナ、どれだけ擁護したって、お前は騙した側だし、そこの兄ちゃんのキモ……面白いシーンはばっちりネットTVで流れてるから手遅れだ」
「!?」
どうやら遼太郎が騙されている様子をネットTVで、面白おかしく編集して悪意のある作りにして公開してしまったようだ。
遼太郎はようやく事情がのみこめて来た。仕掛け人であるディアナ本人はただのドッキリだけだと思っていたら悪意のある作りになっていて驚いていると。
そんなところかとネットに悪意を流された本人は考察を終了する。
「まぁ、でも規約違反免れませんよね……」
太陽TVだかなんだが知らないが、彼はこのゲームを作った人間の一人である。
ドッキリって本当に相手に知らされないんだなと思いながらも、この人たち仕掛けた人がウチの重役とかだったらどうするつもりなんだろうなとリスク回避の甘さに苦笑いをこぼす。
今回はこのドッキリのターゲットが自分で本当に良かったと遼太郎は思う。
これがもし一般のユーザーだったら、とても嫌な思いをしていたことだろう。
だからこそ許せるものではなかった。
「こんなことされると規約がもっと厳しくなって、普通に遊んでるユーザーさんがわりを食うんですよ」
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