第71話 浮気調査

 遼太郎たちがにゃんにゃんバーの調査を開始してから四日。


「「「それじゃあ、お疲れ様でした」」」

「おつかれさまです……」


 麒麟は今日も三人同時に開発室を出ていったのを見て訝しむ。

 いつもなら調査を命じた翌日には報告をあげてくる遼太郎が、未だに何も言ってこないのが引っかかるのだ。


「少し気になりますね……すみません矢島さん、今日私も上がります」


 麒麟は彼らの動向を追うために、会社の仮眠室からゲーム内にログインしようとするのだった。

 ゲームを用意し、いざVRヘッドセットを被ろうとした時、バン! と勢いよく扉が開かれ、押し入り捜査に来た警官のごとく表情を強張らせた桃火と雪奈が詰め寄ってくる。


「なんですか二人ともそろって?」

「あのさ麒麟、あいつ何してるか知ってる?」

「あいつって遼太郎さんですよね?」

「遊ぼうって言っても全然相手してくれないんだ。ちょっと会社の人と用事がって」

「怪しすぎるでしょ」

「私も気になって、今から見に行こうと思ってるんです」

「「一緒に連れてって」」


 桃火と雪奈の声がハモる。


「構いませんが、私は仕事で入りますからあまり邪魔しないで下さいね」


 そうして三人はゲーム内にログインすると、問題となっている場所であるイーストサイドベースへと到着する。

 本来メタルビーストの出撃拠点となるはずの基地ベースはユーザーの好みにカスタマイズすることが可能となっているが、その大半が軍事基地を模したいかつい作りになっていることが多い。しかしこのイーストサイドベースには猫の電光掲示板が蛍光ピンクに輝き、レーザーライトの光が基地の外観を照らし出しており、いかがわしい雰囲気が存分に出ている。


「なにこれ? キャバクラ?」

「みたいなものです。ユーザーがRMS《リアルマネーショップ》を開いている可能性があるので遼太郎さん達に調査をお願いしたのですが、返事がなくてですね」

「それ、つまりミイラとりがミイラになったんじゃ?」

「岩城さんや椎茸さんはその可能性が高いですが遼太郎さんもそうなりますか?」

「あいつ聞き上手だから、もしかしたらモテてるかもしれないわよ」

「はっ? 現実にこんなに女の人がいるのに、キャバ嬢にまで手を出すつもりなんですか、あの人?」

「あたしにキレないでよ。あいつは出すんじゃなくて出される側よ」

「彼の貞操が危ういよ。早く行こ」


 既に雪奈は基地の入り口に立っていた。


「早いわね」


 麒麟たちは風営法違反を取り締まりに来た警官のように、基地の中をズンズンと進んでいく。

 すると水着にエプロン装備をしたプレイヤーが笑顔で応対してくる。


「いらっしゃいませお嬢様方、こちらは初めてですか?」

「ええ」

「目的はどういったものでしょうか? 一対一のトークや、ハーレムトークなどがございますが?」

「浮気調査コースで」

「え、えっと、そういったコースはありませんけど……」


 三人が隠しても為にならんぞと言いたげに奥へと進むと、そこには光が抑えられたミラーボールが回る大部屋でパイロットスーツ姿の男達がデレデレと鼻の下をのばしながら女性プレイヤーと話をしている。


「フハハハハ! その時現れた悪代官を拙者が切り裂き、また一人バタリバタリとぉぉぉ!」

「キャースゴーイ!」


「まぁ、一応ぼくゲーム会社の社長やってて、元はデザイナーなんだけど……これ言っちゃダメなんでふが、このメタルビーストの開発にも携わってるでふ」

「すごーい! 偉いんですね!」

「まぁそれほどでもないでふふふふふふ」


 岩城や椎茸が意気揚々と嘘の武勇伝を語っており、三人はなんじゃこりゃと顔をしかめる。

 そこにエプロン姿の案内役が答える。


「最近来られたお客さんなんですけど、一人はネットテレビの時代劇俳優さんで、もう一人はゲーム会社の社長さんらしいんですよ」

「はいゆーに、げーむがいしゃしゃちょ~?」


 ほぉ、そんな話は初耳だと麒麟たちの眉は吊り上がる。


「そんなの嘘に決まってるでしょ」

「なんでみんな嘘ってわかってるのに話合わせてるんだろ」

「俳優なんて一瞬でバレるでしょうに」

「例え嘘かもしれませんが、本当かもしれません。それにそのような嘘をつかれるといういうことはきっと社会でお疲れなんですよ。我々はそういった方々にリラックスしていただきたくて、このバーを始めましたので」


「あくまでごっこなんですけどね」と案内役の女性は付け加えると、三人は、うわ、この人プロだと驚く。

 麒麟は自分の部下が意気揚々とユーザーに大嘘をついて、いい気になっている姿を見ていたたまれない気持ちになった。


「あの、リョウタローどこにいますか?」

「あっ、そうだ。あともう一人同じ時期に冴えない大学生みたいなの来ませんでしたか?」

「あぁ、それならあそこですよ」


 案内役が指をさすと、そこには女の子とゲームをしている遼太郎の姿があった。


「ほー、あの男いい度胸してんじゃん」

「ボク許せそうにないかもしれないよ」


 雪奈と桃火が瞳に危ない炎を灯しながらバキバキと指の骨を鳴らす。


「というかあの人ゲームの中でゲームしてるんですね」

「バーチャルコンソール? と言いましたか、古いレトロゲームでずっと遊んでらっしゃいますよ。今の子たちはカートリッジ型の据え置き機などには触れたことがありませんので。彼は毎日ここに来てからゲームの楽しさについてお話していますね」

「まぁブレない男ね……」

「むぅ……遼太郎君らしいね」

「今隣にいる子は神経の病気でずっと病院の中から出られないそうです。ゲームもあまり激しいのは禁止されているみたいで。でもゲームは好きなのでログインして人と話したり、ゲームをしているところを見て楽しんでいたんです。そんなとき彼が来て、彼女にもできる古いゲームを見つけて一緒に遊んでくれているのです」

「…………」


 三人は女の子にデレデレと鼻の下を伸ばしているならとっちめてやろうと思っていたが、事情がなんとも介入しづらいことだった。


「……雪奈、帰るわよ」

「うん、まぁ遼太郎君はいつもの遼太郎君だったってことだよね」

「そうですね……恐らく、お金をとって営業しているというのもデマだったのでしょう」


 にゃんにゃんバー。疲れた大人を癒すゲームバーとして今日も営業を続けている。

 ゲームだけを楽しむ人からすれば、ゲームをせずにただ話しているだけなんてありえないだろうと思われるかもしれない。

 ネットゲームとは一つの新しい世界を作り上げることであり、その中で独自の文化が発生することは自然な流れだ。ネットゲームの住人となったユーザー一人一人が個人の物語を作り上げる。

 メタルビーストのパイロットとして生きるまっとうにゲームを楽しむものがいれば、人と話しているだけで一日終えてしまうユーザーもいるだろう。

 こうやってバーを開いてコミュニケーションの場を設けるユーザーもいる。

 今の時代、勇者だけがプレイヤーではないのだ。好んで商人になるものもいれば酒場の店主になるものもいる。どんな物語を作るかはユーザー次第であり、それが新たなゲームのモデルでもあるのだろう。

 麒麟は改めてネットゲームの奥深さを知ることになり、自分達運営に求められるゲーム開発の舵取りを深く考えさせられるのだった。


「ネットゲームとは開発だけで作るのではなくユーザーと共に作り上げるものなんですね」


 だが、事はこれで綺麗に終わらなかったのだ。

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