第59話 111

 遼太郎がアクセルを踏み込むと、ランドバイソンは頭部に装備されたヒートホーンで体当たりをしてバトルコングを吹き飛ばす。


「なんだと!?」

「このまま反撃デース!」

「ダメです、殴り合いになったら勝ち目はありません!」


 良太郎はアクセルペダルを踏み込み、ランドバイソンを加速させ離脱させる。


「勝てそうでしたのに」

「敵のHPは10分の1も減ってませんから、殴り合うことは愚策です」

「残念、ですがサーに従いマース」


「畜生舐めた真似しやがって!」


 アントニオは怒り心頭しながら物凄い勢いで追いかけてくる。


「いい感じですね、頭にきてスラスターのガス残量を無視して追いかけてきてます」

「でも後ろからバンバン撃たれると怖いデース!」

「大丈夫です、バトルコングの命中率は全ビースト中最下位ですから、走りながらじゃ絶対当たりません」

「サーは冷静すぎマース!」

「ゲームを横から見てる奴なんて大体そんなもんですよ」


 ランドバイソンはカーブを次から次に曲がり、ガス欠を狙う。

 グレースはハンドルを離さなくなったものの目をつむってしまう癖が抜けないようで、近くで爆発が起きると壁に突っ込んで行ってしまう。


「これじゃあんまりかわってないな」


 なんとか左右の操作ができればいいのだが、そこまでしてしまうと、もう誰が操作しているのかわからない。

 遼太郎が四苦八苦していると、再びトニーから通信が入る。


[グレース、ちゃんと曲がれてねーぞ!]

「ミーが目をつむってしまっているからデース」

[ジャパニーズ、曲がりたい時はグレースのバストを揉め。曲がりたい方のバストを揉めばグレースはそちらに身をよじる!]

「兄さん!!」

[負ければお前の社会的人生は終わるんだぞ!]

「そ、そうデスが……」

「いや、アバターにそんな当たり判定ありませんから。多分胸揉もうがグレースさんは何も感じませんよ」


 当たり前であるがプレイヤー同士の喧嘩等を避けるために、アバター同士には当たっているという判定だけはあるが、それによる接触の力量判定はない。

 なのでぶん殴られても、何かにひっかかってるな程度にしか感じないのだ。

 そもそもアバターの胸を掴むということ自体無理な話であり、そのようなセクシャルな部位には見えない壁のようなものが発生し、アバターを守るのだ。

 試しに遼太郎はグレースの胸を後ろから揉みしだいた。


「ワーオッ!!」


 ランドバイソンが盛大に態勢を崩し、転倒しそうになる。


「えっ、なんで?」


 遼太郎の手にはグレースの乳房の生々しく柔らかい感触が残り困惑する。


「とってもくすぐったいデース」

「……まさか……バグか……」


 遼太郎の額に見えない嫌な汗が流れる。


「失礼ですが、グレースさんバストサイズっていくつですか?」

「ワンハンドレッドアンドイレブン」

「ワンハンドレッド、イレブン……100と11か、あわせて111………111!? そんな人存在するんですか!?」


 うわ、アバターのバスト限界数値を超えてると遼太郎は額を押さえる。

 確か設定された最大無効判定は110だ。それを超えるものに関しては無効化されていない。

 後でバグフィックスに上げておこうと思うが、今は怪我の功名である。胸の当たり判定が有効なら本物のおっぱいコントローラーが使えるわけだ。


「すみません、バグで胸の当たり判定が生きてました。申し訳ないです」

「なぜサーが謝るデスか?」

「いや、ほんといろいろすみません。岩城さんなんでこんな中途半端な限界数値に設定したんだろ」

「でも丁度いいデース、バストでミーをコントロールしてくだサーイ!」

「い、いいんですかほんとに? 無茶苦茶なこと言ってますよ」

「ミーは負けられないデース! バストで勝てるなら安いものデース!」

「で、では……」


 遼太郎ははばかられながらも、グレースの爆乳と呼ぶべき胸に手を当てる。


「イエッス! ドッキングパーフェクトモードデース!」

「僕の精神衛生上よくないので早めに終わらせましょう」

「イエッサ!」


 グレースのおっぱいコントローラーは思った以上に効果があったようで、今まで建物にぶつかっていたのが嘘のようになめらかな動きで市街地を走り抜けていく。

 そして遼太郎が狙っていたバトルコングのスラスターガス欠現象が起こる。


「チィっ、ガス欠か。あいつらなんで急に動きがよくなったんだ!? まさかジャパニーズの野郎が操作をかわってるんじゃないだろうな!」


 当たらずしも遠からずである。

 アントニオは急に追いつけなくなったランドバイソンを不審に思い通信を送る。


「テメーら、さっさと諦めやがれ!」

「諦めまセーン!」

「あっ、次左です」

「オゥイェス!」


 アントニオはグレースがなにやら艶めかしい声を上げていることに気づく。

 通信ウインドウに映るグレースの胸に誰かの手が食い込んでいることに気づいた。


「オイ、ジャパニーズ! それは俺様のだぞ! 何勝手に薄汚ー手で触ってやがる」

「次も左です」

「オゥイェ~ス」

「そのオウイエスってやめてくれませんか、笑ってしまいそうになるので」

「オー、サーとってもテクニックありマース!」

「感じてんじゃねーぞ、このクソビッチが!!」


 アントニオは顔を真っ赤にしてがなりたててくる。


「なんですか、あの人触ったことないんですか?」

「ミーはセックスしたことありませんし、触られたこともありまセーン。サーが初めてデース」

「それは結構なものを」

「ぶっ殺すぞ、クソジャパニーズ!!」


 アントニオが怒鳴った瞬間、バトルコングの脚部が突如爆発し盛大に転倒する。


「なんだ!?」

「ガス欠を狙ってたんですけど、重装備の上に無茶な軌道で走り回ったせいで脚部関節が限界になったようですね。元から拠点防衛用のバトルコングは走り回るように設計されてないので足回りが弱いですから」

「なっ!? ふざけんじゃねーぞ! そんなもん認められるか!」

「レベルカンストさせてるのに、レベル1のランドバイソンも捕まえられない方に認められないと言われましても」

「イエース、アントニオ、グッバーイネ!」


 ランドバイソンは動けなくなったバトルコングにランチャーの全砲門を向ける。


「やめ……」

「アディオース」

「やめろおおおおおお!」


 アントニオの断末魔と共に、容赦のない全弾発射がバトルコングに降り注ぎ、レベル1がカンスト機を打ち倒す下剋上は成ったのだ。


「イヤッホォォゥ!」

「イエエエエアアアアア!」


 テキサスベースでも戦闘状況をモニタリングしていたギルド員たちから歓声が上がる。


「イエスイエスイエスイエスグレィト!」

「ワンダフォー! イッツァミラクル!」


「ふぅ、なんとか勝てましたね」

「オゥイエース! サーは勝利の女神デース!」

「女神ではないんですけどね」

「これからはユーのことをサーと呼びマース」

「サーって確か男性の尊敬語とかでしたっけ」

「イエース。ミーのサーデース!」


 グレースは遼太郎の顔を掴んでキスの嵐を浴びせるが、その辺りの当たり判定無効は生きているようで、キスされても全く何の感触もなかった。

 どうせならここもバグっててくれればよかったのにと思う遼太郎であった。


「ふざけんじゃねーぞグレース。テメーは俺の物だ、勝手なことすんじゃねぇ」


 煙を上げるバトルコングからアントニオの低いうめき声が聞こえる。


「ミーたちが勝負に勝ちました。写真を渡すデース」

「ハハッ、おめでたい奴らだぜ。お前のヌード写真はもうウイルスにのせて全世界にばら撒いてやったぜヒャッハー!!」

「ノゥ!! なんてことを!」

「あぁ、あのドレインボックスの中に入ってたポルノなら申し訳ないんです全て削除させてもらいましたよ」


 遼太郎があっけらかんと言うと、アントニオの背中でカラスがカーカーと鳴く。


「なんでテメーがそんなことできるんだよ!」

「まぁ、僕もいろいろありますので」

「まさかポリスか!?」

「違います」


 そこでアントニオは遼太郎の正体に気づいたのだった。


「テメーGMか! 俺を張ってやがったな!?」

「なんのことかわかりかねます」

「すっとぼけんじゃねー!!」


 遼太郎がアントニオを見張っていたわけではないのは確かである。


「ちなみにではありますが、既に警察機関の方には届けてありますので、後日そちらに怖い方々が行くと思いますが」

[後日じゃねぇ! アントニオ、今からお前の家に行くから覚悟してやがれ!]

「とテキサス市警が言っております。というかアントニオさん、よく警察の前で堂々と犯行を暴露しましたよね」


 アントニオは計画が崩れ、サラサラと灰になっていた。




 後日アントニオはトニーの手によって逮捕され、彼のパソコンから幾人ものグラビアアイドルたちのポルノ画像が押収された。

 トニー、グレース兄妹の喧嘩はおさまり、トニーは基本的にはグレースの仕事に関しては黙認し、グレースもあまりにも過激な仕事は断るようになった。

 そのグレースが今最も狙っている仕事は。


「ランドバイソン、フルファイア!!」


 ランドバイソンの11連ランチャーが火を吹き、テキサスファイアのギルド員達を木端微塵にしていく。

 煙の立ち込める中、コクピットから出てきたのは星条旗ビキニにウエスタンハット姿のグレースだった。

 彼女が今狙っている仕事はメタルビーストの北米広報担当だった。


「グレース、すっかりメタルビーストを気に入りましたね」


 グレースのじゃじゃ馬な光景をビルとトニーは笑いながら眺める。

 しかし、その隣に遼太郎の姿はもうなかった。


「ああ、レベルもカンストさせたし今じゃミーより強いかもしれん。それも全てあいつのおかげだ」


 トニーは今まで遼太郎のメタルウイングが格納されていたハンガーを見やる。

 そこは空っぽになっていたが、かわりに誰かの機体が入るということはなかった。


「ジャパニーズは消えてしまいましたね」

「ああ、アントニオのクソ野郎が気づかなくていいことに気づきやがったからな」

「やはりGMだったんでしょうか?」

「アントニオの不正ツールを見抜くのは相当強力な検査ツールを持ってなきゃならねぇ。それはゲームの仕様を理解している人間しか持つことはできないだろう」

「じゃあやっぱり」

「GMだからなんだってんだ。あいつはテキサスファイアのメンバーだ。あいつも寂しがっている」

「確かに明るいですが寂し気になりましたね」

「役者間では演技に深みが出たと言われてるがな」

「兄としては複雑ですか?」

「いや、グレースがつき合うならあれくらい真面目で、豪胆な男が良い」

「えっ、本当ですか。トニーからそんな言葉が出るとは」

「ミーだってそんなこと思わなかったぜ。だが、本人が惚れこんじまった以上仕方ねーだろう」


 ランドバイソンの肩に乗ったグレースはテキサスファイアのメンバー全員で撮った集合写真を遼太郎の顔だけを拡大し、指で銃の形を作るとバンっと見えない弾丸を放つ。


「I miss you」


彼女はフッと指先に息を吹きかけた。



ギルドテキサスファイア編   了

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