第57話 ウイルス
翌日、トニーはすまなさそうな顔をして遼太郎を迎える。
「すまねぇな昨日は」
「いえ、いいんですが、どうかされたんですか?」
「今週は帰ってこないんだとよ。ミーの顔なんざ見たくないらしい」
「おぉ……そのお辛い気持ち、平山がお察しします」
「畜生が、憂さ晴らしだ。野郎ども、他のギルドに殴り込みだオラァ!」
完全に私怨で燃え上っているお兄ちゃんに、遼太郎は親の心子知らずなのかなと、すれ違う兄弟のことを思う。
「ユーも行くんだよ、さっさと出撃準備しろ!」
「ヘイ親分」
トニーは遼太郎を子分のように扱いながら憂さ晴らしにバトルコングの大部隊を率いて
☆
三時間後
他のギルド相手に盛大にどんぱちした後の祝勝会をテキサスベース内で行っていた。
当然お酒はゲーム内で飲むことはできないので、お酒を飲む為に一旦ゲームをログアウトして、お酒を飲んでからまたログインしてくる、わりかしめんどくさい方法をとっているようだった。
ガッハッハと大盛り上がりな様子を横目に見ながらも、遼太郎は派手にぶっ壊されたバトルコングの整備を行う。
そんなもん後でいいと言われたのだが、どうにもボロボロになった機体をそのままにしておくということが遼太郎にはできなかったのだ。
「ビルさんのは弾薬装填だけでいいし、トニーさんのは酷いなこれ……時間かかりそうだから後回しにしよう。アントニオさんのはほとんど被弾してないし弾薬も減ってないな。これなら飛ばしても」
と思ったが遼太郎が機体に繋いだ、携帯タブレットが甲高いアラーム音をあげる。
この音は機体の異常ではなく不正ツールの使用が発覚したときに鳴るものであり、一応運営としてその辺のチェックもしていたのだった。
遼太郎はこの事言うの嫌だなぁと思いながらもアントニオが一体なんの不正ツールを使用しているのかを調べる。
「ドレインボックスにスカイネット……チッ、全部ウイルスか」
遼太郎は珍しく舌打ちする。相手のダメージや弾道計算をするアシストツールくらいであれば警告や見なかったことにすることもできるのだが、発見したものは全て他者のアバターに危害を加える一発アウトなウイルスツールばかりであった。
「ドレインボックスでアバターデータを抜き取って、中身をスカイネットで拡散流布するつもりだったみたいだけど、何ばらまくつもりだったんだこの人……最悪警察に」
不正ツール検出ツールがドレインボックスの中身を表示させると遼太郎は更に苦い顔になる。
ユーザーのデータを運営が改ざんすることはやってはいけないことだ。しかし表示されたデータが拡散されてしまったことを考えると遼太郎の手は強制削除キーに指がのびる。
キーを押そうとする彼の脳裏に麒麟の言葉がよぎる。
「遼太郎さん、例え犯罪者の物でもデータは人の資産にあたります。それを第三者、ましてゲーム運営である我々が勝手に操作することは許されないんです」
「それが危険なデータとわかっていてもですか? 極端な話、ミサイルの発射暗号キーとか」
「ダメです。そんなものをなんとかするのは警察やCIAのような正義の人のお仕事です。それにそう言った犯罪の証拠物件を削除してしまうと、逆に隠蔽や、証拠物品破損などの罪で遼太郎さんが逮捕される危険性すらあります。だからそう言った危険なものを見つけても知らないふりをして警察に通報してください」
運営としての自分と一人の人としての自分がせめぎ合う。
タブレットに表示されたのはトニーの妹グレースの盗撮写真である。風呂場や着替えのシーンもあり、モザイク等の処理は一切ない。更に見ると、他の女性との肉体関係の画像がわんさかと出てくる。
アントニオとグレースが婚約者同士ということはプライベートな撮影なのかとも思ったが、明らかに写真の中のグレースがカメラに気づいている様子はなく、彼女一人ではなく幾人もの女性の画像というのもおかしい。
しかもウイルスソフトの中に詰め込まれているという事柄自体、言い訳不能なくらいアウトだろう。
これではまるで
脅迫用みたいじゃないか。
何か不都合なことがあれば、これをばら撒くぞと。
麒麟からのコンプライアンスで念押しされているのはわかっている。
だが遼太郎は
[ドレインボックス内の全データを削除完了しました]
削除キーを叩いたのだった。
ふぅ、大目玉確定だなと良いことしたはずだが確実に怒られるとわかっている世の中に理不尽さを感じつつも不正ツールの証拠を集めていく。
遼太郎が証拠集めをしている最中、格納庫の外で盛り上がっているテキサスファイアのメンバーの中に一人の女性がログインしてくる。
それはブロンドの髪にカウボーイハット、金色のビキニ、ホットパンツ姿のトニーの妹グレースだった。
「兄さん、ゲームしながら酒盛りなんて信じられまセーン」
「グレース、お前なんでここに!?」
「兄さんがメールを残したんでしょう。ここに来いって」
「言うには言ったが、まさか本当に来るとは」
「それで話ってなんなんデースか?」
「そりゃおめぇの仕事のことだ。もうそんな体を売るような商売する必要なんかねぇ」
「またその話ですか? 兄さんもいい加減懲りないデース」
「ミーは何度だって言う。仕事ならいくらでもある。それなのにそんな娼婦みたいな仕事することはねぇ!」
そう言うとグレースはパンとトニーの頬をはたいた。
「ミーはこの仕事にプライドを持ってマース! なんでそれが兄さんにはわからないんですか!」
「グレース……」
熱くなるグレースの肩をアントニオが抱く。
「まぁそう熱くなるなグレース、俺がベッドの中で子守唄を歌ってやるからよ」
「ふざけないでくだサーイ! アントニオ、ユーがミーのフレンドたちと関係を持ってることは知ってマース!」
「なに? それは本当か、このタコ野郎!」
今度はトニーがアントニオの胸ぐらを掴む。
「オイオイどこにそんな証拠があるってんだ?」
「ユーのしかけた隠しカメラをフレンドが見つけたからデス!」
「おぉ、気づかれちまったのか、意外と鋭いな。だがグレース、そのカメラがなぜお前に仕掛けられてないと言い切れる?」
「!? まさかミーにも!?」
「どうだろうなフハハハハハ。売れっ子スターのポルノはさぞかしメディアを賑わせるだろうな」
「アントニオ! 許さんぞ!」
トニーがアントニオをぶん殴るが、所詮アバターのパンチである。
アントニオにダメージはない。
「オイオイトニー、お前の大好きな妹の社会的生命がかかってるんだぞ? テメーの行動一つでグレースどころかお前も含めて、全てお終いだ」
「貴様!」
「いいことを教えてやろう、俺のバトルコングにはグレースみたいない有名スターのポルノが山のように入ってるんだ。俺がエンターキーを叩くだけで、お前はスターから犯罪者のように後ろ指さされる存在になるんだぜ? 妹をポルノ女優にしたいならかかってくるがいいさHAHAHA」
アントニオはグレースの腰を引き寄せる。
「なぁグレース、俺はお前のことを愛してるんだ。他のボンクラな女と違って真面目にな」
「ファッ〇、クソくらえよ」
「その高飛車なところを屈服させてやりたくなるぜ、クククク。そうだ面白いことを思いついた。グレース今から俺と勝負しよう。俺に勝ったらポルノ画像は全て破棄してやる」
「望むところデス」
「よせグレース、初めてのお前が勝てる相手じゃない!」
「ククク、良いだろうハンデにジャパニーズのメカニックがいただろう。あいつをサポートにつけてやる」
遼太郎が全てのデータの収集を終えて戻ってくると、先ほどまでの宴会的な雰囲気はなくなり剣呑な雰囲気が漂っていた。
「あれ、どうかしたんですか?」
「オイジャパニーズ、今からゲームをする。お前はそっちの女のサポートで機体に乗れ」
「はぁ……」
アントニオに言われ、イマイチ状況が飲み込めない遼太郎だが、ゲームをする分には何も止める必要はない。
初心者のグレースにゲームを教えてあげるのかな? と暢気なことを思いながら遼太郎はグレースにつき合い、機体選びを行う。
「どうしましょう、初心者用の機体ならこの」
「あいつに勝てるものをくだサーイ」
「えっ、アントニオさんにですか? う~んアントニオさんのバトルコングはレベルもカンストしてるし機動力もディレクションジャイロでバトルコングにしては破格の能力だから、正直レベル1の機体では勝てないですけ――」
「それをなんとかしてくだサーイ! 奴に勝てるならミーは何でもしマース!」
「えっ、今なんでもって」
一瞬遼太郎は邪なことを考えたが、グレースのあまりにも真剣な瞳に気圧される。
「わかりました。この数日でアントニオさんの癖は見てきたので、なんとかなるでしょう」
軽く言う遼太郎だったがレベル1の初心者がカンストしている機体を倒すことがどれだけ不可能なことか、周りにいるテキサスファイアのメンバーはよくわかっていた。
機体を選び終わり、バトルコングと雄牛型ビースト、ランドバイソンが対峙する。
「ふん、ランドバイソンか。ZZ11連ランチャーに、PZガドリングライフル、いかにもグレースが好みそうなパワーオブジャスティスな機体だぜ」
ふんとアントニオがランドバイソンを見据えながら鼻を鳴らす。
反対にランドバイソンのコクピット内で遼太郎はグレースの隣に控えていた。
「こちらのスティックで移動で、Rトリガーを押しながらの〇ボタンで特殊射撃をします。Lトリガーを押しつつスロットルレバーで加速しますので、そのときアクセルペダルは半分くらいあけて余力を残してください。いきなり全開にすると重い機体ですので転倒する危険があります」
「ノ、NOゥ頭がこんがらがりマース」
「最初は難しいと思いますが慣れです。攻撃に関しては今は忘れていいので、バトルコングから逃げきることを考えて下さい」
「OK」
通信ウインドウが開き、トニーの顔が映し出される。
「すまねぇジャパニーズ。なんとかグレースを勝てるようにしてくれ」
「わかりました」
「わかりましたって、ユー簡単に言うが……」
「何が起きたかは知りませんが、何か起きたことはわかったのでなんとかします」
軽く返答を返すと、遼太郎はグレースへのレクチャーを続ける。
「おぉ、俺が聞いたジャパニーズってのは何事も答えを曖昧化する連中だと思っていたが……」
「偏見ですよ。なんともならないことをなんとかしたがるのもこちらの特徴です」
「すまねぇ、初心者を勝たせるなんて不可能に近いが、神とユーに祈っておくぜ」
「神様より妹さんを信用してあげてください。少しだけ聞こえてましたが、好きな仕事をバカにされたら誰だって怒りますよ」
「……あぁすまねぇグレース、帰ってきたら詫びるぜ」
「兄さん……」
「グレースさんも、お兄さんの気持ちを察してあげてください。一人で遠くに行かれるようで寂しいんですよお兄さんは」
「な、何言ってやがる!」
「フフッ、それは善処しマース」
「お前もジャパニーズみてぇなこと言ってんじゃねーぞ!」
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