第56話 トニー・サンダース
あれはいつも通り、遼太郎がギルドテキサスファイアへと忍び込んだ日だった。
ギルドに入団すること自体は簡単で、来るもの拒まず去る者追わずのおおらかで豪快なスタイルであった。
テキサスファイアの拠点は荒野地帯にあり、見渡す限りサボテンと切り立った岩場ばかりの土地だった。
乾いた風の吹く、まるで西部劇のような場所にあるテキサスベースには主力機体であるバトルコングがずらりと並ぶ。
非常に攻撃力が高く、他のビーストを一回り上回る巨体でパワーファイトなら1、2を争う戦闘力を誇っている。
上半身が大きく、両手、肩部に大型武装を積み、動く要塞化することも可能である。
ただし、足回りが悪く、パワーファイター系にありがちなスピードが遅いタイプで、すぐに後ろをとられてしまうことから玄人向きの機体であり、当たれば勝ち当たらなければ負けの機体コンセプトで設計されていると椎茸から聞かされていた。
「バトルコングばっかりだな……あ、でも他にはハウンドドッグK9があるのか。ということはハウンドドッグで牽制をかけてバトルコングで一気に制圧する戦闘方法かな。だとしたら物凄いパワーファイトスタイルだな」
そう思いながらよそ見をしつつ歩くと、ドンッと誰かにぶつかる。
アバター同士の接触なので痛みはないが、ぶつかったのは遼太郎からなので、即座に謝った。
「すみません、前を見てませんでした」
「……気をつけろ」
顔に十字の傷を作った、長身で筋骨隆々の男性は不機嫌そうに遼太郎を押しのけてのっしのっしと進んでいく。
明らかに軍人上がりという感じで、怖そうに見えた。
どうやら虫の居所が悪かったらしい。
その後ろから同じく筋骨隆々でタンクトップにミリタリーパンツをはいたソフトモヒカンの男性がニヤリと笑う。
「悪いなジャパニーズ、トニーは今機嫌が悪いんだ」
「あの人がリーダーの……」
「そっ、元アメリカ特殊部隊隊員だ。今はケガで辞めちまったがな。俺はビルだ」
ソフトモヒカンのビルと握手をかわす。
「あ、ご丁寧に僕は平山といいます。トニーさんは今何を?」
「ああ、今はテキサス市警でサイバー犯罪を専門に取り扱っている」
「なるほど」
「ウチのテキサスファイア初期メンバーは元軍人で、今はほとんど情報会社のセキュリティをやっている」
「失礼ですが、その逞しい姿から技術者は想像できませんね」
「皆言ってるぜ。だが、特殊部隊員だけあって情報処理能力は素人じゃないんだぜ」
「なるほど、凄い」
「ジャパニーズは何してるんだ?」
「僕ですか? 僕は日本で会社員をしてますよ、バイトですが」
「ほぉ、若いのにもう仕事してるのか」
「こう見えて20ですから」
「全然そうは見えねーな。ハイスクールでも通用しそうだ」
「それは言い過ぎですよ」
「おい、ふざけんじゃねぇぞ!!」
唐突に怒声が響いて二人は何事かと振り返る。
そこにはスキンヘッドの男とトニーがつかみ合って、今にも喧嘩しそうな状況だった。
「あわわわわ」
「落ち着けジャパニーズ、いつものことだ」
「だ、大丈夫ですか、喧嘩とか」
「アバター同士で喧嘩なんかできるわけないだろ」
「そ、それもそうなんですが。あのスキンヘッドの方は?」
「サブリーダーのアントニオだ。最近よく突っかかっては喧嘩になってるな。アントニオも機嫌悪い時にからまなくていいのによ」
「トニーさん、なんであんなに機嫌悪いんでしょうね」
「ジャパニーズは新人だから知らねーだろうが、妹と喧嘩しただけだ」
「あぁ妹さんいらっしゃるんですか」
「ジャパニーズ、グレース・サンダースって知らねーか?」
「グレース……さん。すみません、知らないですね。海外で有名な方ですか?」
「なら検索してみろ」
言われて遼太郎は中空を撫でるとインターネットブラウザが開き、そこにグレースと打ち込む。
するとずらっと女性の顔写真が出てきた。
「その一番右端の」
「これですか?」
言われて画像を拡大すると、チアガール姿の美人が表示される。そのスタイルはまさしくアメリカンドリームと言いたくなる巨大な胸と、引き締まったウエスト、大きなお尻が映り遼太郎はちょっと気まずい気分になる。
「それがトニーの妹だ」
「えっ……ええええええええっ!? いや、遺伝子レベルで別人でしょ!?」
「違いねぇ。ゴリラとヴィーナスだからな」
「この方と喧嘩を?」
「ああ、トニーは重度のシスコンだからな。今日もどうやら妹の仕事が気に食わなくてもめたらしい」
「はぁ……画像見た感じだとモデルさんとかですかね?」
「歳は17か8で、まだハイスクールを出ちゃいねぇが、マルチタレントとして活躍している」
「えぇ……このスタイルでまだ成長期ですか……」
「グラビアから歌手、ドラマにも登場している。明るい性格と男勝りでサバサバしたところから国内での人気は高い」
「妹さんがご活躍されるのは良いことだと思うんですが」
「画像を見てみろ」
遼太郎は言われた通り先ほど検索した画像をスクロールさせていく。
すると段々衣装がセクシーなものへとかわっていく。ビルは画像の一つを拡大させると、カウガール衣装に身を包み銃を構えているグレースの写真が映し出される。
一見カッコイイ写真に見えたが、よく見るとジャケットの下は何も着ていないし、下もかなり際どく衣装なのか下着なのか区別がつかないほどだ。
「これは……セ、セクシーですね」
「日本人は言葉を濁すのがうまいな。エロいだろ」
「は、はい」
「トニーはそれを嫌がってるんだよ。妹が全世界に
「大変ですね……」
「グレースは自身のプロポーションに自信があるからな。俺の美しい体を見ろって開き直ってやがるのさ」
「な、ナルシストってやつなのかな?」
「少し違うな、ナルシストは自己愛の塊だがグレースは他者を愛してる。だからこそネイキッドな姿になって人と接したがるのさ」
「つまりは、裸のお付き合い的な、全てをさらけ出して仲良くしましょう的な?」
「それだな」
「なるほど、さすがアメリカン日本人の思想では理解が追い付きませんでした」
「ふざけんじゃねぇぞ、このタコ野郎が!」
「熱くなるなよトニー、グレースは別にお前の女ってわけじゃねーんだからよ」
熱くなるトニーにアントニオはクツクツとバカにした笑みを浮かべる。
「これ以上言うなら、テメーとグレースの婚約はなしだ!」
「オイオイトニー、それはお前が決めるべきことじゃないだろ。クールになれよ」
「うるせぇ、テメーには絶対やらん」
アントニオはふっと小ばかにしたため息をつき、肩をすくめると格納庫の方に下がっていく。
「畜生イライラしやがるぜ!」
トニーは辺りのオブジェクトを蹴り飛ばすが所詮アバターのキックである。壁にもオブジェクトにも傷一つつかない。
「今のトニーは最高に機嫌が悪い。ぶん殴られたくなかったら近づかな……おっジャパニーズ?」
遼太郎はビルの忠告を聞かず、すっとトニーの後ろに立つ。
「あの、トニーさん」
「なんだ、いきなり背後に立つんじゃねぇ!」
唐突に後ろに現れた遼太郎にビクッと驚き小さくジャンプするトニー。
「すみません。その、差し出がましいお話なんですが、妹さんのことでお困りなのかと」
「チッ、ビルの野郎だな。あのお喋り男め。ユーには関係ない話だ、すっこんでろ」
「そうですね、ですが一応お話だけでも」
「しつけー奴だな」
トニーは追い払おうとするが、遼太郎はニコニコ顔で離れるつもりがない。
「これだからジャパニーズは苦手なんだよ。グレースは今仕事だ。止めたが、無視して行きやがったんだよ」
「ではお帰りになられたら、ここにお呼びしてはどうでしょうか?」
「ここ……ってメタルビーストにか?」
「はい、恐らく現実ではお互い感情的になってしまうと思いますので」
「ゲームの中なら冷静に話せるとでも言いてぇのか?」
「ここでしたらどれだけ大騒ぎしても迷惑はかかりませんし、話がひと段落したら一緒にゲームをするのはどうでしょうか?」
「あいつはゲームなんてやらねぇよ。ゲームをしていることをガキくせぇなんて言いやがるしな」
「恐らく妹さんのゲームは4,5年前で止まってるんじゃないですか? 今のVRを見てもらえればきっと価値観はかわると思います」
「…………」
「妹さんゲームはお嫌いなんですか?」
「いや、昔はよく一緒にやったもんだ」
「なら、大丈夫ですよ。僕が保証します」
「なんの根拠があって言ってんだが」
そう言いつつも、トニーの頬は少しだけ上がっていた。
それから4時間程、遼太郎はトニーの家庭や会社での愚痴につき合った。
本当はアントニオのところに嫁ぐことが心配で、まだ早すぎると思っていること。
本当はテキサスの畑で野菜や牛を育てていたいこと、特殊部隊にもまだ未練があり、リアルな戦場のような体験をできることからメタルビーストに手を出してハマったこと。
特殊部隊で様々な事件を担当し、一つの都市の危機を救ったこともあると。
デスキャノンが死んでようやくバランスが良くなってきたがカーバンクルを取得するのが難しすぎることなど、ゲームのことについても話す。
「早くに親が死んじまったからな、グレースはミーがしっかり面倒見てやらなきゃダメなんだよ」
「お兄さんですね」
「ユーには家族はいねぇのか?」
「僕は既に一人になってしまいました」
「……そうか、世の中にはミーたちなんかより不幸な奴は山ほどいるってことだな」
「トニーさん、僕は不幸だなんて思ってませんよ?」
「そうか、すまねぇな、勝手にユーを不幸だと決めつけちまって」
「いえ、いいんです。今の職場が楽しくて、みんな家族だと思ってますから」
「そりゃいい、なんにしても大事なモノがあるってのはいいことだ。そろそろグレースが帰って来る、一旦落ちるぞ」
「はい、頑張ってください」
しかしその後遼太郎は待ち続けたがトニーは帰って来なかった。
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