第53話 ZIN
丸くくりぬかれたリング状の鉄板の上、下は溶岩のような溶けた鉄が流れ、落ちれば一巻の終わりというのは試さなくてもわかるだろう。
吹き上げる熱気に、遼太郎のアバターは玉のような汗をかき、赤熱した鉄の光に照らされ、対峙する人型パワードスーツ、ジャガーノートは真っ赤に染まっていた。
天空院の言うようにラストバトルのお膳立ては整ったようだ。
「リーーーンフォースシーーーールド!!」
天空院が叫ぶと、ジャガーノートの背中から丸いビットが射出され、天井に浮かび上がるとリングを覆う半透明のドーム状のバリアが展開される。
「このフィールドがある限り外からの干渉は一切不可能ドゥフフフ。もがき苦しみ、情けなく女子に助けを求め、幻滅されるが――」
遼太郎は天空院の言葉を待たずに頭に光るレーザー射出口に三発の矢を放つ。
「無駄無駄無駄無駄無駄! ドゥフー、これは決して有名マンガJOJOOの名シーンディオとの戦闘をパロったわけではないのであしからず。拙僧アニオタ、マンガオタでは決してござらんし、強いて言うならミリオタという分野に片足を突っ込んでいるが、近年多いファッションオタクとは一線を画す、インテリジェンス――」
またしても遼太郎は空気を読まずにガドリング砲の銃口に矢を突き刺す。
「そちは人の話を聞かんなぁぁ!!」
ジャガーノートはハンマーのようなガドリング砲を叩きつけ、地面を大きく揺らす。
その衝撃で床となっている鉄板が大きく歪み、滑り台のように傾斜がついていく。
「くっ」
遼太郎は網目の鉄板にしがみつく。
「ドゥフフフフ、芋虫はそうやってはいつくばっていればよい」
大きく地面が傾いているというのに、ジャガーノートは背面のブースターを吹かし、そんなの関係ねぇと遼太郎を嬲るようにガドリング砲を撃ち放つ。
その拍子に遼太郎は持っていた弓を溶鉱炉に落としてしまう。
「うわああああ、遼太郎君が死んじゃう!」
「ちょっとどいてください!」
麒麟がスナイパーライフルを構えて、二階まで迫ったバリアフィールドに向けて弾丸を撃ちこむが、びくともしない。
「なによこれ、インチキじゃない!」
「はぁっ!!」
神が刀でバリアを斬りつけるが、バチバチとノイズが走るだけで、全く効果がない。
「これ、どうにかなんないの!」
桃火も同じくチェーンソーで斬りつけるが、バリアから火花が上がるだけだ。
「そうだ、遼太郎君! さっき持ってたレアアイテム! あれ使えばいいんだよ!」
全員がそれだ! と声を上げる。
遼太郎は即座に電竜から入手した腕時計の盤面を強く押し込むと、画面に[EMP START]と表示される。
だが、バリアはほんの少し色が薄くなったもののジャガーノートの動きはかわらない。
「ウホホホホ、少し動作が重くなったかな~? イタチの最後っ屁かぁ? 拙僧の最強無敵ジャガーノートにそんなものはきかんのだ!」
ジャガーノートはキュインキュインと音を鳴らしてカメラのレンズをズームさせ、傾いた鉄床にしがみついている遼太郎を愉快気に見る。
「本来このジャガーノートが本気を出せば、そちなど一瞬で蒸発するが、それでは女子たちに凄さが伝わらんであろう」
宙に浮いていたジャガーノートは歪んでいた鉄床を強く踏みつけると、傾斜が元に戻り、まだ少し歪んでいるが並行を取り戻す。
「蜂の巣になってさようならだ! ドゥーーッフッフッフッフ」
天空院がガドリング砲のトリガーを引くが、ガドリング砲はうんともすんとも言わなかった。
ジャガーノートのステータスをチェックすると、ガドリング砲部分にステータス異常、コントロールエラーと警告が表記されている。
「む? 先ほどのEMPがきいているのか? しかし、この程度で拙僧の無敵は揺るがんのだよ!」
両腕のガドリング砲が切り離されると、下からハサミのようなロボットアームが現れる。
アームはジャマーの影響を受けていないようで、ジャキジャキとカニのように素早く動いている。
「ガドリング砲ならば一瞬で死ねたものを!」
ジャガーノートは背面のブースターを吹かせながら突撃すると、遼太郎の体をアームで挟み込む。
「うぐっ」
「いくぞ、天空院疾風108つの必殺の一つアトミックベリーベリービューティホーサンデー!」
掴み上げた遼太郎をガンガンと地面に叩きつける。
「アーンド、天の雷サンダージャベリン!」
アームから電撃が発せられ、遼太郎のHPが凄い勢いで減っていく。
「これでとどめの神の炎ゴッドフレイム!」
腕からガスバーナーが伸び青い炎が遼太郎に近づけられる。
「うわあああ! 遼太郎君が焼肉に!」
「このバリアが破れれば!」
「上だ! あのビットがこのバリアを発生させている!」
神がバリアの弱点に気づき、女子陣全員が一斉に弾丸を浴びせる。
するとバチバチとビットが火花をあげ、バリアのエネルギーが弱くなる。
「こんの、破れなさいよ!」
桃火がチェーンソーでバリアを引き裂くと、その瞬間神が二階から飛び降り遼太郎を掴んでいるロボットアームに刀を振るう。
「はぁっ!!」
アームを斬り裂くことはできなかったが、強いダメージを与えたようで、アームがだらりと下がり遼太郎は解放される。
「ぐっ、ライトアームの反応が全くない! 女子どもめ、遊びも度が過ぎると、いかに寛容な拙僧でも怒りが有頂天であるぞ!」
ジャガーノートはもう片方の腕で神を捕まえると盾のように前に突き出した。
「ドゥフフフフフ、古の昔ペルシア軍が盾に猫をくくりつけ敵の攻撃を防いだという最強の盾イージスシーーールド! これで攻撃できないであろう! 諦めて降参するのだ!」
「ほんと腐ってるわね、あいつ」
「サイッテーだよ!」
女性陣が怒りをあらわにしながらも、銃やチェーンソーを下ろしていく。
だが、そんな中リングの上にいる遼太郎は麒麟に視線で合図を行う。
「ドゥフフフフフフ、少しばかりシナリオは乱れたが、やはり拙僧の大勝利に揺るぎはないということで。やはり拙僧のような玄人ゲーマーににわかユーザーが勝てるわけがないという、いささかやりすぎた感もあるが、獅子は兎を狩るのにも全力を――」
「はあああああああっ!!」
天空院が勝利を確信していると、突如雄たけびを上げて遼太郎が突っ込んでくる。
「お前は本当に人の話を聞かぬなあああああああ!!」
ジャガーノートは動かなくなった右腕を遼太郎に向けて叩きつける。
その衝撃でリングが崩れ落ち、リングにいた遼太郎とジャガーノートの体が宙を舞う。
「麒麟さん!」
「遼太郎さん!」
麒麟は持っていた自身のスナイパーライフルを遼太郎に向かって投げつける。
投げ入れられたライフルは空中でキャッチされ遼太郎は間髪入れずにトリガーを引く。
「そんな態勢のクソエイムで当てられるわけがなかろう!」
天空院がそう言った直後、ジャガーノートの背面が爆発を起こす。
「なっ!?」
「僕凸スナなんで」
「バカな、このジャガーノートが落ちれば誰も助からないぞ!」
唯一空を飛べるはずのジャガーノートは背面のブースターが爆発し、神を掴んだまま重力に任せて溶鉱炉に落下していく。
遼太郎は素早くアームから神を救出すると、溶鉱炉の中に沈んでいくジャガーノートを足場にしてスキルマグネットパワーを使って壁にはりつく。
そしてそのまま神を担いでよじ登っていく。
神を先に退避させ、遼太郎も足場に体を上げようとするが自身の足に重みを感じる。
下を見やると、ジャガーノートを降りた天空院が足にしがみついていたのだった。
「死にたくない! 死にたくない! 拙僧こんなところで死にたくない! さっきボコボコにしたのは謝るから助けていただきたいで候!」
「僕に謝られるより、あなたを信じた岩城さんに謝っていただきたいのですが」
「謝る! 謝るから!」
「そうですか?」
遼太郎が手を差し伸べ、天空院を引き上げようとすると、彼は拳銃を抜き遼太郎の眉間に向けて連射する。
「かかったなダボが! 拙僧があのようなキモオタに頭を下げるなど生まれ変わってもありえんのだよ!」
が、勝ち誇る天空院だったが遼太郎が無傷なことに気づく。
「なんで? この距離で当たってないの?」
「余がクロックアップで落とした」
遼太郎の後ろには四人の女性がニヤッと笑みを浮かべている。
「…………助けてくださ」
パンっと乾いた音が響くと、雪奈が笑顔で天空院の眉間を撃ち抜いていた。
「やだ」
語尾にハートマークがつきそうなくらい楽し気な声であった。
彼の体は溶鉱炉の中にドボンと音をたてて落ちると、直後SETUNAさんが一人をキルしましたと網膜に表示される。
「終わったーーー!」
「そうね、疲れた」
「いや、まだだ」
神に言われ、あれ? まだ敵とかいたっけ? と全員が首を傾げる。
「彼女は敵であろう?」
神は麒麟を指さす。
「あっ、そういえばそうね」
「でもどうする? 決闘って雰囲気でもないけど」
「もう私リタしますよ、勝てる気しませんし」
あはははと軽く笑うが、それもそれでなぁという再び微妙な雰囲気が漂うと。
バカが溶鉱炉の近くで何かをしている。
「なにしてるんですか遼太郎さん?」
「あっ、麒麟さん見て下さい。溶鉱炉に沈んだ、あのジャガーノート動かせそうなんです」
遼太郎は腕時計のハッキング能力を使い、ジャガーノートを遠隔操作したいようだった。
溶鉱炉には溶けかかったジャガーノートの姿があり、どうやら遼太郎の操作で動いているようだった。
「これ、なかなか操作が難し……」
遼太郎が時計を操作していると、不意にジャガーノートがアームを振り上げ、足場の支柱になっている鉄筋を殴り出した。
当然足場がぐらぐらと揺れる。
「ちょ、ちょっとリョウタローなにしてんのよ!」
「あれぇ? おかしいな?」
「おかしいのはあんたでしょ!」
彼の言葉とは裏腹に、ジャガーノートはガンガンと支柱をぶん殴り、挙句レーザー砲を照射して支柱をスパっと切断したのだった。
当然その場にいる全員が足場から振り落とされ、溶鉱炉へと真っ逆さまである。
全員が真っ赤な溶鉱炉プールから顔を出すと、HPが一瞬で0になり全員が即死判定になったのだった。
網膜にゲームオールオーバー、リザルトチーム13、22ドローと表示される。
13は遼太郎チーム、22は麒麟のチームである。
「…………あんたさぁ」
「はい、すみません」
「遼太郎さんらしいと言えばらしいですよね」
「あっはっはっはっはっはっはっは、本当そなたは無茶苦茶であるな」
女性陣がジトっとした視線を送る中、神だけが爆笑していた。
ゲームが終了し、遼太郎がロビー画面へと戻ってくる。
そこには岩城だけが残って待っていた。
「あれ、岩城さんだけですか?」
「拙者は様子を最後まで見ていたでゴザルが、高畑氏と椎茸殿は次のゲームを始めたようでゴザル」
「あぁ、そりゃそうですよね。わざわざ残って見てる必要もないですしね」
話していると、女性陣達も全員がロビーへと戻ってくる。
「面白かったですねDSO」
「どうする、もう一戦する?」
「そうですね、もう一戦しましょうか。神さんもどうですか?」
「そうしたいところではあるが、そろそろ余は戻らなくてはならない」
「そうですか? じゃあフレンド登録だけって、今日はフレンド関係でひどい目にあってますね」
「全くだな」
神はクスリと笑みを返すと、その場にいた全員とフレンドIDを交換してゲームを落ちて行った。
「凄くゲームの上手い人でしたね」
「かわってる子ね」
「かわってる子はすぐ遼太郎君のところに集まってくるから心配だよ」
「ほんとですよ。あっ、次のチーム分け私遼太郎さんとですから、異論ないですよね」
「それは横暴だよ」
「じゃんけんにしましょ、じゃんけん」
「嫌です、姉さん相手が出す手を見切ってきますから!」
遼太郎たちグッドゲームズカンパニー社員のゲームは夜遅くまで続いた。
「おかえりなさい」
ゲームをログアウトした神は広い部屋の中、巨大な球体の中から姿を現す。
球体は最新型のVRゲーム筐体であり、本来ゲームセンターなどに置かれる超がつくほど高額な代物であり、内部にはいくつものケーブルが繋がったゲーミングチェアーと市販されていない高性能なVRヘッドセットが置かれている。
「お嬢、なんやえらい嬉しそうやな?」
彼女の帰りを待っていた和服姿の侍従、撫子は、神の表情がいつもより柔らかいことに気づく。
「ああ、なかなか面白き者と出会えた」
「それはええことやわ。でも、変な虫かもしれへんし注意しはりや」
「姉上は?」
「上でメタルビーストで遊んでますわ。早く戻って来いって言うたはりますよ」
「少し休憩したらすぐに行く」
「今日は神威の遠征がありますさかい、機体のパーツは勝手に組みましたえ」
「すまない」
神はVR筐体のある地下室を抜けて、シャワールームのあるフロアへと向かう。
そこには御剣CP専用とロゴが入っていた。
神は全身にシャワーを浴びながら今日のことを思い出す。
「実に面白き者たちだ。姉上もきっと気に入るだろう」
もう一度彼らに会ってみたいと思う神であったが、その願いは近いうちに叶うのであった。
デスサバイバルオンライン編 了
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