第50話 倒してしまっても構わんのだろう
周りからそんなことを思われているとは露知らずの二人は、既に攻撃が安定に入っていた。
遼太郎の矢は電竜の足元に集中し、下がった頭を神が斬りつけるのを繰り返している。
また神が回避不能な攻撃を遼太郎の矢が無理やり回避可能な領域にまでもっていっているのだ。
しかしながら簡単に言うが、実際やってみるとよっぽど息の合ったコンビでなければ成功しない曲芸じみた戦闘方法であり、他のプレイヤーが言葉を失うのも頷ける。
「そなた、これでは日が暮れてしまうぞ!」
敵の攻撃は完全に封殺しているのだが、HPゲージは未だ三割も削れていない。
このまま続ければほぼ確実にどこかでミスが出る。
「神さん、救援物資に爆薬が入ってたんですけど、この矢曲射ってできるんですか?」
「曲射とはあれか? 上に向かって放ち、下に落とす」
「それです!」
二人は会話しながらだが、全く手も足も緩めることはなく、敵の攻撃をさばいていく。
「上に放てば、矢は確かに真下に落ちるが、それが命中するというのはよっぽどの奇跡だ」
「それは、適当に投げたトマホークやナイフが、奇跡的な軌道で誰かにあたったとかそんなのですね?」
「そうだ!」
「じゃあできなくはないってことですね。すみません、二、三発練習するんで援護少し止まりますよ」
「心得た!」
神は雷をフライパンではじき返したことと、現在の状況で、遼太郎が今から軽く奇跡起こしますと言われても驚かなくなっていた。
遼太郎は上空に向かって矢を放つと、矢は一瞬で上空に舞い上がるがいつまで経っても落ちてくることはなく、しばらくすると網膜にRYOUTAROさんが一人キルしましたと表示される。
どうやら放った矢は真下に落ちず、山なりの軌道を描いて全く関係ないプレイヤーに命中したようだった。
「無駄なミラクルを使ってしまった」
遼太郎が一発援護をおろそかにすると、神の態勢が一気に崩れ、電竜の進行が止まらなくなる。
慌てて援護して、なんとか押し返す。
「すまない、予想以上に厳しい」
「すみません、戻ります!」
先ほどの一矢で、恐らく目前まで迫った敵に曲射で当てることは不可能と悟る。
そうなると、どこか建物に上って上から狙うしかない。だが、この場を離れることなんてできなかった。
「くっ!」
電竜の電撃と爪の同時攻撃で、神の逃げ場が無くなった為、慌てて援護射撃を放つが矢はなぜか変な軌道を描いて電竜の目に命中する。
突き刺さった矢はクリティカルヒットしたのか、大きくのけぞりモンスターのHPを削る。
「さすがだな! 奴の弱点は目か!」
「え、ええ……そうですね」
遼太郎は攻撃が通った事より、矢が変な軌道を描いたことが気になった。
足を狙ったはずなのに、矢は吸い込まれるようにして敵の目玉に突き刺さったのだ。
敵のHPが50%を切り、思考ルーチンがかわり攻撃が苛烈になる。
「こやつ一気に攻撃速度が速くなったぞ! 敵の吸いつきが激しい!」
それまで神は攻撃を当てられていたが一切の余裕がなくなり、完全に防戦しかできなくなった。
「吸いつき…………!」
遼太郎は先ほどの違和感の正体に気づき、一気に電竜へと接近する。
「なっ!? そなた何をしている!?」
「もう少し、もう少し」
電竜の爪が届くくらいまで接近すると、凶暴な機械の肉食竜はターゲットを遼太郎にかえ、それまではしてこなかった巨大な尻尾の攻撃を振るい彼の体を吹き飛ばす。
「な、なにをしているのだ!?」
当たりに行ったとしか思えない行動に、神は困惑する。
だが、反対に吹き飛ばされた遼太郎はニヤリと笑みを浮かべる。
「勝った」
「そなた、この状況で余力があるのは良いが――」
「神さん、僕が合図したらクロックアップを使用して、奴の背中に飛んでください!」
「なっ!? 電極のある背中に飛べば余は消し炭されるのだぞ! それに敵の高さを飛び越えられない!」
「大丈夫、信じて!」
本来全く見込みのない言葉を信用する程神は甘いプレイヤーではないが、どこかにこの男ならという気がするのだ。
「良かろう、余の全て、そなたに任せるぞ!」
「後悔はさせませんよ!」
電竜は強力な青い電撃から、更にもう一段階威力を上げた深紅の稲妻をほとばしらせる。
二段階前の黄色い稲妻ですらHPを半分持っていかれている。この攻撃に当たれば即死だろうと誰もが気づく。
「行きます!」
遼太郎は矢に爆薬を装備させ、更に三本の矢を手に持ち、口に一本の爆薬矢を咥えて、上空を向き曲射の態勢に入る。
「なっ、あいつこの状況で曲射に入ったぞ!」
「血迷ったのか!? それともミスったのか」
一番驚かされたのは背後が見えない神ではなく、周りで見入っていた他のプレイヤーである。
遼太郎が天に向かって三発の爆薬矢を放つと、矢は天に向かって飛翔する。
「なにやってんだよあいつ! 前衛死ぬぞ!?」
だが度肝を抜かれるのはここからだった。
撃ち放たれた爆薬付きの矢は、上空にロケットの如く舞い上がった。それを確認すると、遼太郎は拳を力強く握り込む。すると突如矢は軌道を変え、電竜の背中に降り注いだのだ。
爆薬矢が背中の電極を弾き飛ばし、薄い装甲をむき出しにする。
「今です!」
遼太郎が口に咥えた最後の爆薬矢を放つと、最後の矢は神の足元に命中し、彼女のジャンプと同時に爆風が巻きおこる。少女の体はビルの三階を超える大ジャンプを成功させ、そのまま美しい伸身二回宙のアクロバティックな動きで電竜の背中に降り立つ。
そこには遼太郎の言った通り、金色に光る電竜のコアがむき出しになっていた。
凶暴な肉食竜は弱点である背中をとられ暴れ狂うが、神はこの機会を逃すほど甘くはない。
「魔弾の射手としか言いようがないな」
ククっと悪い笑みを浮かべながら、神は光を放つコアを一刀両断する。
コアは最後の光を天に向かって放つと、エネルギーの放出が終わり電竜は光を失って前のめりに倒れた。
「す、すげぇ……」
「ああ、動画撮ってて良かった。再生数100万いくかもしれん……」
神は刀を鞘に納めると、へたりこんだ遼太郎に手を貸す。
「素晴らしき活躍、大儀であった」
「いや、凄い集中力持っていかれましたよ」
「曲射を成功させるとは思わなかった。そのようなことを出来るプレイヤーがいるとは」
「あれは曲射じゃないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、僕のスキルにマグネットパワーっていうのがあるんですけど、その力は相手に磁極を付与できるんです。つまりあいつの背中にS極を張り付けて、矢の方にN極を張ると、あら不思議誘導弾の出来上がりですよ」
「そのような使い道が……」
「ただスキルレベルが低いので、相手にめちゃくちゃ近づかないと磁極を付与できないのと付与してもかなりの近距離で立ち回らないといけないので、そこそこ難しくもありました」
「いや、そなたは本当に凄い。そなたがいなければこの討伐は成立しなかっただろう」
神は大喜びで遼太郎の手を握る。しかし遼太郎は討伐できたことより、こうやって人と喜び合えるのはゲームのいいところだなぁと、このゲームの良さに感心する。
「しかし本当に背中にコアがあって良かったな。これで別のところにあったら困ったであろう」
「いいゲームの証拠ですよ。プレイヤーが考えて勘づいた場所に弱点があるのは。このモンスターの役割は別に皆殺しにするデスマシーンになりたいわけじゃないですから、苦労して楽しんで倒してほしいんですよ」
電竜の死骸が薄くなって消えていくと、そこには箱状のアイテムが転がっていた。
「レアドロップのアイテムボックスだ。あの中を開けば何か良きものが入っているであろう。そなたが受け取るが良い」
「いいですよ、神さんが持って行って貰って。神さんのような熱意のあるプレイヤーに持って行ってもらった方がレアドロも喜ぶと思いますから。それに僕は次いつゲームできるかわかりませんので」
ハハっと頬をかく遼太郎だったが、神は大きく首を振る。
「ならば尚更であろう。そなたの貴重な時間で手にいれたものだ。そなたが使うことで次へと繋がる。それに余はそなたから、この刀ブレードを貰っている。これ以上は貰いすぎであろう」
「そうですか? じゃあ」
桃火か雪奈にあげようかなと思う遼太郎であったが。
「それはそなたの物だからどうしようが勝手ではあるが、あまり安易にプレゼントすると嫉妬した他のプレイヤーにそのものが標的にされる危険があるからな」
あっさりと目論見は見破られて釘を刺される。
「うっ……わかりました。自分で使います」
そう言って拾おうとした時、物陰やマンションの上から敵プレイヤーが何人も現れる。
完全に包囲されており、神は迂闊だったと苦い顔をする。
「勝利にはしゃいでしまった。アイテムを取得して早々に立ち去るべきだった」
「これってあれですよね。よくネットゲームである」
「ああ、レアアイテムの横取りだ」
「ですよね。誰かに倒してもらってアイテムかっさらうのが一番効率的ですもんね」
まっすぐ走ってアイテムだけ入手して逃げるかと考えるが、あまりにも数が多い上に、遼太郎も神もHPが半分を切っている。
この数で撃たれれば、ほぼ確実に死ぬ。
「すまぬ、余の失態だ」
「いえ、レアアイテムの効果を見れなかったのは残念ですが」
遼太郎の両手には手榴弾が握られている。
「道を開きます」
「よせ!」
神は遼太郎の
[パチパチパチパチ]
響いたのは銃声や爆発音ではなく拍手だった。
「いや、ほんとすげぇ」
「二人でモンスターって倒せるんだな」
「あの曲射なんだよ!」
「すげぇ、マジでそれしかでてこねぇ!」
「お前らのことクリンチャーとソードダンサーって呼ぶわ!」
プレイヤー達が敵同士であることを忘れて拍手を送ってくれる。
このDSOってユーザー含めていいゲームだなと遼太郎は実感する。
が、そんな喜びに浸っている暇もなく、突如頭上から巨大なコンテナが降って来る。
「あれ、救援物資ですか? にしては大きいような」
「逃げろ! 次のモンスターだ!」
「ああ、そういや倒しても次のが来るって言ってた気が……」
コンテナが解放されると鎖に高速された機械竜二体目が動き出す。
「鎖が千切れたら動き出すぞ!」
「逃げろ!」
今まで拍手を送っていたプレイヤー達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だが、その逃げるプレイヤー達を標的にして、ターンターンと長い銃声が響く。
「ドゥヒン。蛆虫どもが集まっていますな。拙僧に狙い撃ちしてくれと言っているようなもの」
スナイパーライフルを構えた天空院が不気味な笑みを浮かべる。
「くっ、向こうの塔から狙い撃ちにしてる者がいる!」
「あのように空気の読めない人は必ず存在します!」
「リョウタロー!!」
桃火の声が響き、前を見ると先ほどガス欠で動かなかった車に乗って迎えに来てくれたのだった。
遼太郎はそのまま電竜が落としたレアアイテム回収し、神と共に車へと飛び込んだ。
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