第49話 エクスカリバーは折れる

 その頃、遼太郎とジンは二人で機械竜、電竜と熾烈な戦いを繰り広げていた。


「こんのっ!」


 遼太郎の放った渾身のフライパンの一撃は、電竜の鼻面を強く殴打し、一瞬よろめかせる。

 その隙をついて、神が刀での斬撃を加えていく。

 だが、相手の装甲はビクともしない。


「複合装甲に斬属性武器はやはり相性が悪いな」

「なんですか、それ?」

「奴の体は金属の装甲が何重も覆って出来ている。爆発属性のある手榴弾やロケットランチャーで装甲を吹き飛ばして、敵のコアを露出させないと攻撃が通らない」

「なるほど」


 と悠長に喋っている暇もなく、電竜は背中に取り付けられた電極を回転させると電気を周囲に放つ。

 二人は同時にバク転して回避すると、遼太郎はハンドガン、神はアサルトライフルを回転しながら放つ。

 その動きは長年共に戦ってきた相棒のように息がぴったりで、遠目に見ていたプレイヤーは感嘆の息をつく。


「多分コアは後ろか背中ですね」

「なぜそれがわかる? コアは装甲の中にあるのではないのか?」

「ゲームって、基本的にどんなボスも初期装備でも倒せる設計になってるはずなんですよ。RPGとかで途中で絶対入手する武器とか足きりのレベルラインがあるなら別ですが、こういうレベルが存在しない大規模オンラインゲームになると装備のポップ率が開発でも把握できないんで、絶対必要な武器っていうのは存在しないように設計してるはずなんです」

「言っていることはわかるが……それも絶対とは言い切れないだろう」

「いえ、絶対です。ランダムリュックを使用している上に、最初のアナウンスで腕に自信があれば倒してくださいと言っています。ユーザーを戦闘する方向に仕向けておきながら必須武器があるという足切りは絶対存在しません。そしてこのゲームに共闘という概念は自分たちのパーティー以外ではほぼ存在しませんから、四人から三人のパーティーで倒せる設計にしているはずです」

「しかし、今二人しかいないぞ」

「それは……気合いで頑張りましょう」

「大事なところ根性論!?」


 あれだけしっかり説明しておきながら最後は頑張るなどの根性論で神は吹き出してしまう。

 だが、最強のネームドモンスターを前にしても緩い空気を作り出してしまう遼太郎独特の雰囲気に神は笑みを浮かべながら刀を握りなおす。


「面白い。余はそなたに乗った。モンスターハントだ」

「自分で言っておきながらですが、さすがにフライパンとハンドガンでネームドモンスターを相手にするのは舐めプレイがすぎるかなという気もしますが」

「あまり弱気になるな、そなたには余がついている。どのような無茶ぶりでも応えて見せよう」

「そうですか? じゃああの雷切ってもらっていいですか?」


 遼太郎はバチバチドッカッンドッカン祭りみたいに電撃を放出している電竜を指さす。


「はっ?」


 一瞬呆気にとられた神の頭の上に雷が降り注ぎ、一気にHPが半分削られる。


「あっ……凄いダメージですね」

「他人事のように言うでない。そなたの言葉に気をとられたせいでもあるのだぞ!」

「多分あの雷斬れますよ。雷耐性のある装備って存在しませんし、その刀ブレードの説明に遠距離攻撃を斬り払うことが出来ると書いてましたから」

「銃弾と雷は別物だぞ!?」

「銃弾斬りおとせたら、雷の方が簡単だと思うんですが」


 ピカッと電竜が光った瞬間、近くにあった巨木が一瞬で蒸発する。


「できるわけがない! 即死だぞ!」


 遼太郎はフライパンを持ってじっと構える。


「そなた、もしや……」


 神は嫌な予感がして目を見開く。


「このゲーム感電とかそう言ったデバフあったりしますか?」

「状態異常は毒と火傷だけだ」

「そうですか、じゃあ多分行けますね」


 電竜の背中の電極が高速で回転し、バチバチと音を鳴らしながらエネルギーをその巨躯にまとう。

 充電が先ほどより長く、纏う雷の色が黄色から青に変化する。

 一際巨大な雷が天に舞い上がると、放物線を描いて遼太郎の頭上に降り注ぐ。


「やっ」


 遼太郎が軽い掛け声と共に雷にフライパンを振ると、凄まじい閃光を放ちながら雷は跳ねのけられ、反射した先にあった民家を粉々に粉砕したのだった。


「あぁ、やっぱりやろうと思えばフライパンでもなんとかできますね」


 神は呆気にとられてパクパクと口を開いている。


「そなた人から変と言われたことはないか?」

「あぁ、結構多いんですよ。不思議ですよね」


 神自身、自分が他の人間より感性がぶっ壊れているのは自覚していたが、自分より上を見るとなんと言って良いかわからず声がでない。

 この初めての感覚を何と表現していいかわからず、彼女は感動として受けとることにするのだった。


「あ、アメイジングであるな」


 普段使った事のない言葉が出てしまうほど動揺していた。


「よし、これであいつはそんなに怖い奴じゃないぞ。フライパンで弾いていけばいい」

「それは無理であろう」

「えっ?」


 神に指さされて握っているフライパンを見ると、握り手だけを残して鉄板の部分は吹っ飛んでいたのだった。


「あっ、ダメだこれ。逃げましょう」

「待て、そなたにできて余にできぬということはないだろう」

「神さんのHPだとミスったら死にますよ」

「ええい、これは余の意地だ止めるでない!」


 意外と負けず嫌いなところあるんだなと思い、遼太郎もその場を動かず任せることにした。

 もう一度電撃が放たれ、頭上から雷が降り注ぐ。


「はぁっ!」


 神の振るった刀ブレードは見事に雷を切り裂く。


「どうだ! 余にもできた!」

「凄いです。でもギリギリで時間加速のスキル使いましたね」

「ぐっ……」


 神は初めてカンニングがバレたかのようにカッと顔を赤くするのだった。


「ぐぅぅ、ヒットの直前にしか使ってなかったのに、なぜバレたのだ……」

「あぁ、カマかけただけです」

「なっ!? そなた!」

「僕フライパンないんで下がりますね」

「そ、そなた! 勝手に下がるでない!」

「ちょっとエクスカリバー探してきます」

「フライパンに変な名前をつけるでない!」


 そそくさと逃げ出す遼太郎を追って神も下がる。


「先ほどいた、どちらかは知らんが、恋人もいつもこうやって振り回しているのであろう」

「僕彼女いませんし、どちらかというと振り回される方ですよ」

「えてしてそういうものほど自覚がないものだ」

「あっ、空から何か落ちてきましたよ」


 遼太郎が指さす先に四角いコンテナがパラシュートをつけられて降下してきているのがわかる。


「あれは救援物資だ。あの中に武器やアイテムが入っている。モンスターの近くに落とされると言うのは本当だったようだな」


 二人は全力で走りながら後ろを振り返ると、電竜はもうお前以外見えないと言いたげに一直線にこちらを追ってくる。


「よくあれだけ無防備にモンスターと戦ってたのに誰も攻撃してきませんでしたね」

「モンスターのアルゴリズムだ。近くのプレイヤーの次に、近くで攻撃したプレイヤーを狙うように設定されている」

「なるほど、僕らを撃って殺しちゃったら次は自分がモンスターの標的になっちゃうってわけですね」

「その通りだ」


 二人は市街地に入り、狭い道ばかりを通って電竜が自由に追ってこれないように走る。

 やがて空から降りて来た巨大なコンテナの落着地点までたどり着く。


「余が時間を稼ぐ。そなたは物資を入手するんだ!」

「ありがとうございます!」


 神は踵を返し、遼太郎がアイテムを入手する時間を稼ぐ。

 その間にコンテナを開き中身を確認する。


「武器はこれだけか」


 コンテナの中にはターゲットサイトのついたアーチェリーと、いくつもの矢、それに爆弾の類が大量に入っていた。


「パワーハンターボウ。かっこよく言ってますけど、ただの弓ですよね」


 しかし今はこれに頼るしかない。

 アーチェリーのグリップを握りしめ、一人で戦う神を後ろから援護する。

 矢をつがえるとその瞬間網膜にパワーゲージバーが上下にめまぐるしく移動し、パワーコントロールを要求してくる。


「これ目押しで威力決めなきゃいけないのか」


 一瞬でこの武器は人気ないだろうなと悟る。


「そなた! 武器はあったか!」

「ありましたよ、素敵な弓が」

「弓か……」


 神が戦いながらも苦々し気な表情を浮かべる。恐らく相当この武器人気ないなと予感は確信にかわる。

 出会った瞬間に撃ち殺されるゲームで、構える、狙う、撃つの中にパワーゲージを目押しするなんてものが追加されたら人気が出ないのも当然と言える。

 しかし贅沢も言っていられず、遼太郎は矢を放つが頭部を狙ったはずなのに、大幅にずれて電竜の腹部に命中する。


「弓は風の影響を受ける! パワースイッチを入れて、貫通制御にすればマシになる!」


 マシということはそれでも受けるんだろうなと思いながら、遼太郎は弓のパワースイッチを入れる。

 すると弓の上部と下部についているモーターが駆動し、ストリングスをギリギリと締め上げていく。


「離れて!」


 遼太郎が叫ぶのと同時に矢が放たれると、矢は先ほどの比ではないスピードで神の背後に迫る。

 遼太郎がしまった警告が遅すぎたと後悔していると、神はなんと上体をほぼ180度そらす。

 矢はその一瞬の間に通りすぎ電竜の下がった額に命中する。

 矢が装甲を何枚か貫通したようで、電竜はのけぞりながら一歩、二歩と後退する。


「射撃を続けられよ!」


 遼太郎はその言葉の直後、次々に矢をつがえ、凄まじい勢いで放っていく。




 後方の安全な位置で動向を見守っていたプレイヤーが、モンスターの動向を見る為に二人が戦っている場所へと集まってきていた。

 モンスターの動向を見守るだけでなく、HPが減っていればあわよくば討伐できないかとハゲタカ精神でくるものも少なくはなかった。


「あの二人組死んだか?」

「さすがに死んだと思う。けど遠目で見てて、男の方フライパンで電撃を弾きやがったんだって。度肝抜かれたぜ」

「さすがにそれは嘘だろ。そんなことできるわけねぇよ」

「ほんとだって! その後女の方も刀で電撃を切り裂いたんだって」

「そんな頭のおかしいプレイヤーいるわけないだろ? ってかそこまでいったらバグを疑うレベルだろ」

「いや、でも片方はZINって噂だし」

「あのキチ〇イ廃課金ゲーマーの? ネット掲示板だと、どっかの社長娘とか聞いたけ……」


 二人のプレイヤーが安全なマンションの最上階から下を見ると、そこには未だに戦っている遼太郎と神の姿があった。


「なん……じゃ、こりゃ」


 二人が言葉を失うのも当然であった。

 刀を持った神が前衛で雷を斬り裂きながら全ての攻撃を防ぎ、後衛の遼太郎がガドリング砲の如く弓を連射し、電竜を一歩も前に進めない状態にしていたのだった。

 そして更に驚きなのは、前にいる神はまるで後ろに目でもついているのか、後ろから放たれる矢を全て踊るようにして避けているのだ。


「なに……これ」

「すげぇ……動画撮っとこ」

釘打ち機クリンチャー、いや杭打機パイルドライバーだな……」

「あいつ持ってんの弓じゃん……弓って強かったんだな」

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