第41話 &NEW GAME
会社より三日間の療養休暇を言い渡された遼太郎は、せっかく貰った給料を使い欲しかったゲームハードとソフトを購入し、一人でゲームに明け暮れていた。
昼を過ぎたくらいで玄関のチャイムが鳴り響き、新聞の勧誘だろうかと思いながら外へと出る。
するとそこには紙袋をぶら下げた桃火の姿があった。
「あれ、桃火ちゃん?」
「その、この前迷惑かけたから……これ」
仏頂面の桃火から手渡された紙袋の中には、新しい携帯ハード機が三つほど入っていた。
「いいよいいよ、これ結構するでしょ?」
一つ二万と見て、全て合わせると六万近くする。ぽんと受け取れるようなものではなかった。
「いいのよ、受け取りなさい」
「いや、でも」
「あんたお礼を渡しに来た人がいらないって言われたから、はいそうですかって品物を引っ込めると思ってんの?」
「それは、確かにそうなんだけど……」
「プランナーなんだから、話題になってるゲームくらい触らないとダメよ。……じゃあ、あたしはこれで……」
「あっ、桃火ちゃん、その、よかったら入ってく? 何にもないけど」
玄関の前で一瞬の沈黙後、桃火は小さく頷く。
「……うん」
本当に何もない部屋で、あるのはストーブとゲーム機、本棚に数冊の本くらいのものである。
恐らくこの物の少なさは火事によるものなのだろうと察し、桃火は何も言わなかった。
「あんた生活苦しい?」
「ん~、そんなことないよ、給料も貰ってるし」
「あんたインターンって聞いたけど大学どうしてるの?」
「一応在籍はしてるよ。帰ってこいってよく言われるけど。あんまり学校好きじゃないから」
「そうなの? あんたそこそこ友達もいたじゃない」
「ん、そうだね」
「結構楽しそうにやってるように見えたけど」
「桃火ちゃんデリカシーないなー」
「なんでよ?」
桃火は本当に意味が分からんと首を傾げる。
「だって、あそこは桃火ちゃんと別れた場所なんだよ」
「…………」
それってつまり、自分と別れたことを今でも悲しいと思ってくれてるってことだろうか? そう思うとカッと頬が赤くなる。
「そ、そうだったわね」
「桃火ちゃんと後四年は一緒にいられると思ってたし、社会人になるまでは大丈夫かなって思ってたんだけど、桃火ちゃん一年の時にもう会社に連れ去られちゃうんだもん。行く意味見失っちゃうよ」
「そ、そう。あたしなんかいなくたって別に」
ジトっとした目で遼太郎は桃火を見据える。
「ご、ごめん置き去りにして……その、何から何まで……」
「いいよ、僕もそのおかげで頑張ろうって思えたし」
その時外でゴォッと音をたてて強い風が吹いた。すると締め切っているはずの部屋に肌寒い風が吹く。
「隙間風やばくない?」
「うん、テープとかでいろいろ補強してるんだけどね、建物の構造がいがんでるらしくてどうしようもないレベルみたい」
「社宅に移りなさいよ。あそこなら綺麗だし」
「う~ん、あんまり家に帰らないからなぁ」
「ここ家賃いくらなの?」
「一万五千円」
「安っ! 事故物件とかじゃないでしょうね?」
「まぁ構造自体が事故みたいな作りしてるからね」
「誰がうまいこと言えっていったのよ」
再びビューっと冬の冷たい風が吹く。
「さっぶ……あんたこんなとこいたら風邪ひくわよ。外と大してかわんないじゃない」
「う~む、段ボールハウスレベルとここの住人は言ってるから、あながちまちがいでもないね」
遼太郎は布団をかぶり亀のようになると、途中で中断していた新しいゲームを再開する。
「なにそれ、あんただけずるくない?」
「さすがに僕の使ってた布団を桃火ちゃんに渡すのは抵抗あるよ。ちゃんと洗ってないし」
「そんなの気にしないわよ。寄越しなさいよ」
桃火は遼太郎の羽織ってる布団をグイグイと引っ張る。
「う~やめてよ桃火ちゃん」
「あたしだって寒いのよ」
「ストーブあげるよ」
「後ろだけ熱くなって前は凍るわよ」
「そこまで酷くないよ。ごめんよ、布団一つしかないんだ」
「だからそれを……あっ、こうしよ」
桃火は何か思いつくと、そのまま遼太郎の前に座る。
「ほら、一緒にくるんで」
「はい」
遼太郎は桃火を同じ布団にくるんだ。
その様子は二人羽織に見えなくもない。
「あーこれでいいわ、あんたの体温でそこそこ温いし」
「桃火ちゃんやる?」
遼太郎は新しく買って来た対戦格闘ゲームを指さす。
「なにそれ、あたしに格ゲー挑んでくるとか正気?」
「よし、じゃあコントローラー挿して」
二人は二人羽織スタイルで新しく買って来た格闘ゲームで遊ぶ。
「動きが滑らかよね、今時据え置き機のくせに」
「据え置き機でも面白いものは多いよ」
「あたしからしたら未だVRに移行できない、体力のないゲーム会社って感じだけど」
「こだわりがあるんだよ。それを言ったら未だに携帯ゲームだって需要あるし、ニーズと供給の問題だよ」
「ポジティブね」
2P WINと画面にでかでかと表示される。既に遼太郎の連敗記録は20を超えていた。
「桃火ちゃん強すぎるよ」
「格ゲーはまぁ超高速じゃんけんだけど、ある程度相手を見切ったら次何出してくるか読めるから、あんたみたいな弱いけど格ゲー好きっていうのは一番カモよ」
「ひどいよ桃火ちゃん」
クスクスと笑みを浮かべる桃火と項垂れる遼太郎。2人の学生時代での関係が戻って来たようであった。
「そうだ、罰ゲーム決めましょうか。昔対戦するときは大体決めてたでしょ?」
「そうだね、いいけど何にする?」
「そうね、昔なにやってたっけ?」
昔のことを考えて桃火と遼太郎の頭に思い浮かんだのは。
「キスしかしてないよね」
「……そうね、ほんどそれしかしてなかったわよね」
「段々途中で罰ゲームとか関係なくなってたもんね……」
「しょうがないじゃん勝っても負けてもキスだもん。段々めんどくさくなってきちゃうし」
しかし恋人関係を解消してしまった二人が、罰ゲームでキスというのはよくないだろうと思う。
「他……なんかあったっけ」
「えーっとあれね……おっぱいコントローラー」
「やったね……そんなの」
ゲームに負けた方はひたすらおっぱいを揉まれながらコンピューター対戦で全勝するという罰ゲームである。主に遼太郎が提案していたもので、逆パターンの場合は桃火のキス攻めに耐えながら同じくコンピューターに全勝するというものもあった。
「さすがにそれはまずいよね……罰ゲームはやめようか」
「いいわよ、それで」
「えっ?」
「おっぱいコントローラーで」
「いや、それはさすがに」
「あたしが勝てばいいんでしょ?」
「それはそうなんだけど、桃火ちゃんが勝ったらどうする?」
「あたしが勝ったら別に何もなしでいいわよ。あたし強いし」
「確かに、桃火ちゃんに勝つのが難しいもんね」
「よし、じゃあかかってきなさい」
1P WIN!
「…………桃火ちゃん、手抜いたでしょ」
「抜いてないわよ、全力よ」
「接戦ですらなかったじゃん」
「たまたま読みがうまくいかなかっただけよ。ほら、始めなさいよ」
「うわ、男らしい」
桃火はそのまま後ろの遼太郎にもたれかかると、コントローラーを持ち替えて一人用でCOM対戦を始めてしまう。
「桃火ちゃん……」
「なによ」
「僕が別れたからって遠慮するなんて思ったら大間違いだよ」
遼太郎は後ろから桃火の胸をすくいあげムニムニと揉みしだく。
ニットセーターの柔らかな感触とボリュームのある胸の感触がまるで崩れないプリンをこねているようで、いつまででもこうしていたくなる。
「ほんと遠慮なしね」
「…………」
「む、無言で揉むな!」
「ご、ごめん、久しぶりすぎて感動してる」
「そ、そう……あんたこの一年で女の子作らなかったの?」
「桃火ちゃん簡単に言うけど彼女ってそんなポンと錬成できるもんじゃないんだよ」
「それもそうね」
話しながらも全く手を緩めない遼太郎と、順調にCOMを倒していく桃火。
「AI雑魚すぎない」
「桃火ちゃんが強いっていうのもあるし、強すぎるAIはすぐ心折っちゃうからね」
「雑魚なんか倒して何が楽しいんだか。俺より強い奴に会いに行くんじゃないの?」
「違うよ、最近は俺より弱い奴を倒しにいくだから」
「ただのゲスじゃない。格闘ゲームは確かに敷居高いし、明確に上手い下手がわかっちゃうもんね」
「YOU LOSEって言われたらゲームからお前下手って言われてるように見えるしね」
「だからこそWINって言われた時が嬉しいんじゃない。負けが多い方が勝った時楽しいわよ」
「最近のユーザーはそんなにメンタル強くないんだよ」
「階段の上にあるゴールをそのまま登っても楽しくないじゃない。階段になるのかよくわからないモノを使ってゴールに向かうのがゲームじゃないの?」
「人によって楽しみ方はそれぞれだしね。ストーリーだけ見たい人とか、ただ可愛いキャラクターを見てるだけでいいって人もいるしね」
「そんなのゲームじゃなくていいじゃない。確かに昔の2Dゲームってステージをクリアする以外に目的がなかったから、ユーザーの意識はクリアだけに注がれてたけど、今はステージを作ってもステージに入ってくれないユーザーが増えたもんね」
「ゲーム側がステージに入らなくても楽しめる要素を多く作っちゃってるからね」
「アバターの着せ替えとか生活系コンテンツでしょ? 戦闘狂のあたしとしてはそれいる? って感じなんだけど、そんなこと言ったら怒られるんでしょうね」
「生活系は誰にも迷惑かけないからね。今のゲームは負けると味方から怒られちゃうの多いし」
「それはオンラインでのユーザー同士の衝突でしょ? 昔の狩場争いとか、高難度レイドボス戦とか。それはもう人間同士がやってるんだから仕方ないわよ、誰だって思考しながらゲームしてるんだから、そこに利益をあげたいって気持ちは絶対存在するはずよ」
「そこを公平にしないと怒られるんだよ」
「しょうがないじゃん月100時間プレイする人と10時間プレイする人だと、絶対100時間の方が資産が多くなるに決まってるじゃん」
「そこの格差をできるだけなくさないとコアとライトで差がつきすぎちゃってやる気をなくしちゃうんだよ」
「知るかそんなもん。ゲームの中にまで民主主義もってくんじゃないわよ」
「ゲームはまぁ資本主義というか時間主義だよね」
「課金がなければ時間最強ね。どんなユーザーだろうと時間さえかければコアユーザーになれるわ。昔あったスマホゲーは時間と課金の、ある種最強のハイブリットだったけどね」
「今でもあるけどね、ガチャ課金。ゲームの闇とも言われてたけど、事実当たれば一瞬で最強になれるし」
「ゲームはお金で解決できるものとかゲームの概念が狂うわ」
「日本人特有だけどね、あのカード集めに熱中するのは。でも、あれの悪いところはガチャがメインでゲームはおまけみたいになっちゃったことだけど」
「基本無料が増えすぎたせいよ。ゲームは無料で当たり前って考えのユーザーが多すぎて。これは無暗に基本無料を増やし過ぎたゲーム会社のせいでもあるけど、収入なかったらクリエーター全員のたれ死ぬわ」
「他社さんとの競争だしね。すごく良いものを無料でだされると小さい会社はたまらないよね」
「結果クオリティを上げて月額で利益上げるか、開発コストを最小限に抑えてプレイ無料にしてアイテム課金で儲けるかよね」
「それで後者が勝っちゃったからね」
「そのせいでユーザーが払った分のお金をゲーム会社がちゃんとリターンしなかったから、狂暴化したユーザーが増えたのも事実」
「ハズレ含めてガチャだと思うけど、当たりと外れのバランスは難しいからね」
「ガチャってようはギャンブルみたいなものだから。始める前は理解しているつもりでも、回し終わった後、俺はこんなゴミの為にお金を払ったんじゃないって怒る人はいるわ」
「まぁ三千円払って売却以外道のないもの渡されたらね……」
「あれはお金を完全にゴミにかえるのが悪いのよ。外れても時間短縮系のアイテム渡すとか、課金に対して最低限の補償をしてないのが一番の原因。よくユーザーさんに噛みつかれますって他社から聞くけど、言っちゃ悪いけど自業自得って感じよ。あんたもたまに見るでしょ、そんな大したミスでもないのに異常なまでに炎上してるゲーム運営とか」
「あるね。しかも無料ゲーだと、誰にでもできちゃうもんね」
「そ、月額だとそういったゲームは無料で当たり前と思ってるユーザーを弾いてくれるし、つまらなければ課金をやめればいいだけ。そこまで熱狂的なアンチはつきにくい。その反面ゲーム自体に相当魅力がないと、いきなりお金を払ってくれるユーザーが今は極端に少ない。基本無料のガチャ課金は間口が広くて、ユーザーの母数が多いし一回の課金額が少なくて大きなリターンを見込めるけど、結局は確率論だから、よっぽど大当たりを多くしないとすぐやめちゃう。でも、大当たりを多くすると課金率が減る。バランス調整はガチャ課金の方が難しいわ」
「なるほどねぇ」
「まぁこれだけわかってても、開発が間延びして開発費を銀行にすぐ戻さなきゃいけなくて、お金作る必要があったり、上の突然の方向転換でダメな方向に進んで行っちゃったりするから難しいものよ」
この会話をいてる間、全く手を止めなかった遼太郎と、COMにわざと負けるのを繰り返した桃火はすでに10回目のラストCOM戦をしていた。
「桃火ちゃんそろそろ勝ったら?」
「嫌よ、勝ったら終わるじゃない」
「やめないよ!」
「なんでそこ力強いのよ……ま、いいわ少し眠くなってきたから、そのまま触ってていいから目つむらせて」
そう言って桃火はコントローラーを置いて目を閉じた。
「ねぇ遼太郎、昔もこんなゲーム談義よくしたわね」
「昔って言っても一年、二年前だよ」
「そうね……またできると思ってなかったから」
「僕もだよ」
「遼太郎……」
「なに?」
「ごめんね……思い出壊しちゃって」
二人の頭の中には高校時代、電脳遊戯研究会で、ゲームをしながらゲームについての話に花を咲かせる姿が思いだされていた。
それは二人にとって何よりも大事にしたい純粋なユーザーであった時の記憶。
過去に戻ることはできない。彼と彼女には作り出すことしかできず、あの頃の純粋な気持ちにはもう戻ることが出来ない。
それは二人の関係も同じ。新しい思い出と感情を作って二人はもう一度恋に落ちるしか元には戻らないのだ。
桃火は遼太郎の腕の中ならきっといい夢が見れるだろうと思った。
だが、デフォルメされた雪奈と麒麟に鎖をつけられて引きずられていく遼太郎を自分が必死に追いかけていく夢を見て、そんなに世の中甘くないと思うのだった。
桃火編 了
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