第40話 リメンバーメモリー
玲音の声が消えると、突如目の前に学校の教室が現れる。
彼女が指定した通り窓の外からは夕焼けの光が差し込み、二人の顔を茜色に染める。
そこに佇むのは制服姿の遼太郎とセーラー服姿の桃火だけだ。
桃火は黄金色の光を背に受ける遼太郎へ、ゆっくりと近づく。
「ねぇ、遼太郎」
呼びかけに応じて遼太郎は振り返る。だが、彼の体には何本ものノイズが走り、その姿は今にも消えてなくなりそうなものだった。
桃火はその両頬を掴むと、切れ長の瞳で睨み付ける。
そして何の前触れもなく熱い口づけをかわす。
が、あまりにも熱すぎて、ノイズが走った遼太郎は引きはがそうとする。が、そうはさせまいと喰らいつく桃火。
せっかくロマンチックな光景なのに、唇を噛まれて必死に引きはがそうとする少年と、離されてたまるかと喰らいつく肉食系女子の図である。
「なに引き離そうとしてんのよ。あんたみたいな冴えない男が、あたしみたいな美人にキスしてもらえるなんて、生まれ変わってもないんだから大人しくしてなさいよ」
「許して桃火ちゃん!」
ノイズだらけの遼太郎が言葉を発する。
その声を聞いて桃火は険しい表情を解く。
「ふぅ、やっと返って来たわね」
「桃火ちゃん、僕と君はもう終わったんだよ!」
遼太郎の言葉にビシッと教室全体にヒビが入る。
それは夢の中にいる二人を現実に引き戻す言葉であり、夢の終わりを告げている。
「あっ? なんでよ(威圧)」
「な、なんでって今さっきダイジェストで見たじゃん……」
「あー、あれなし撤回」
「えー……」
「あたし部活の合宿で海に行ったとき、隣にいたのがたまたまあんただったって言ったけど、あれ嘘だから」
「えっ……」
「覚えてないのか知んないけど、あの時あんた自分でウェーイ系連中の前に出たのよ」
「えっ、そうだっけ?」
「あんたさ、ほんと昔から朴念仁でしょ。バレンタインデーにチョコ渡したら母親からだと勘違いするし、クリスマス誘ったらクラブの連中全員連れてくるし、海に行ったのもいい加減あんた落とす為に行ったのよ。あたしがヤンキー共にからまれてるときにいきなり前出てきて、これ僕のなんでとか言われたらキュン死にするわよ」
「うわー、桃火ちゃんがキュン死になんて多分デスノートにでも名前書かれない限りありえないよ」
「あたしもそう思う」
「あれはまぁ……その場の勢いというか、あの取り囲んできた男の人たちを追い払うために言ったもので……」
「はっ、何あれ、嘘だったの?(威圧)」
「いえ、そういうわけでは……」
そう言って桃火は教室の窓辺に立つ。
「危ないよ」
「あたしがなんであんたのこと好きになったか教えてあげる」
「えっ?」
桃火はふわっと立ったまま後ろにジャンプすると、彼女の体は遼太郎の視界から一瞬で消える。
ここが何階かは知らないが、窓から飛び降りれば当然落下する。
しかもここはゲーム世界ではなく遼太郎と桃火の精神が入り混じった世界である。
つまり、今目の前から落下した桃火は精神のコアと呼ぶべきものであり、ダメージを受ければ精神に直接ヒビが入るのと同義である。
「うわああああああああ!!」
遼太郎は慌てて窓に向かってダッシュし、そのまま桃火と同じように飛び降りた。
思った以上に高い。眼下には手を組んで瞳を閉じながら落下する桃火の姿が、遼太郎は追いつくために校舎の壁を蹴りつける。
加速した遼太郎は桃火の体を抱きすくめ、態勢を入れ替えて自分が下になるようにする。
地面がもう近い! 激突する! 歯を食いしばり、桃火の体だけは絶対に傷つけないようにきつくきつく抱きしめる。
だが、落下した地面は突如ぐにゃりとプリンの如く歪み、衝撃は襲ってはこなかった。
「あ、あれ?」
「ここはあたしたちの精神世界なんだから、いくらでも地形なんていじくれるのよ」
「な、なんだ……よかった……」
は~っと大きく息を吐く。
「まぁ、つまりはこういうことよ」
「何が?」
「何かあったら自分を投げ出してても助けに来てくれるところが最高に好き」
「彼氏だったら普通だよ」
「普通の彼氏は4階から落ちた彼女追いかけて一緒に落ちてこないわよ。あっ、て呆気にとられてる間に彼女は潰れトマトになってるわ」
「そうかなぁ?」
「ねっリョウタロー、あたしは今までのこと許してくれとか水に流してくれとか言うつもりはないの。でも、終わらせたくはないの。あたしが自分で粉々にぶっ壊した恋だけど、その欠片を一つ一つ集めていきたい」
「そんな面倒なことするより、多分新しいの見つけた方が早いし、桃火ちゃんならきっと壊れたものより良いものを見つけられるよ」
「あぁ、あたしどっちかっていうとマゾだから。好きな相手には最初から嫌われてるくらいでちょうどいいわ。冷たくされると燃えるタイプだし」
「まぁ桃火ちゃんは追われる恋より追う恋の方が似合ってると思う」
「でしょ?」
「でも、追う対象が自分で言うのもなんだけど、もうちょっと良いもの転がってると思うよ」
「バカね、最初からレベルカンストしてる男なんて一緒にいても一瞬で飽きるに決まってるでしょ」
「はぁ……君がそれでいいなら僕からは何も言わないよ」
「それでいいわ。これはあたしがもう一回あんたを落とすゲームだから」
桃火はニッと笑みを返すと、遼太郎は少し赤くなる。
彼女のこういう前向きで、一度決めたら絶対引かないところが好きになったところでもある。
二人はゆっくりとその場を立ち上がり、お互いを見つめ合う。
気づけば校舎は光の粒子となり消えてなくなっていた。
「あたしの精神とあんたの精神が分かれて、元の姿に戻ろうとしてるみたいね」
「そうなのかな」
「ええ、あんたのノイズ消えてるし」
「ほんとだ」
見ると彼の体に入っていたヒビは全て消えている。
光の中に消えようとする遼太郎の手を掴むと、桃火は少しだけ照れくさそうにはにかむ。
「ねぇリョウタロー……もう一度、あなたのことを好きなってもいいですか?」
その言葉に対し遼太郎は微笑みを返した。
その様子をモニターで監視していた玲音はクククと笑みをこぼす。
「逃げられたな桃火。お前が完全に落とされてどうする」
後日完全復帰した桃火は第一開発室室長室を訪れていた。
「以下の原因が今回の事故を引き起こしたトリガーと思われます」
「テスト中にアナザーメモリーのリミッターが外されたことか」
「はい、テスト中に社内LANからの侵入、何者かによってテストゲームが改竄された痕跡を発見しました」
「で、社内LANなら誰かはわかるんだろ?」
「いえ、社内LANは現在使われていない社員IDと、存在しない端末からの侵入となっていました」
「なら、誰かはわからんな」
「はい、ですがこれほど鮮やかな侵入、改竄、隠蔽はウィザードクラスのハッカーと思われます。そしてあたしの知る限り社内LANを使用できてウィザード級のハッカーといえば」
「いえば?」
桃火は目の前の玲音を見据える。今回の件、ほぼ間違いなく記憶障害をおこさせた犯人は目の前にいる玲音である。しかし動機が未だ見つかっておらず、姉が自身に記憶障害をおこさせる理由が全くでもってない。
「いえ、確証がないので推測は控えます」
「そうか、お前も疲れているだろう二、三日休め」
「ええ、そうするわ」
「それとあの新人にも有給をやった。本人はいらないと言っていたがな」
「?」
「お前も平山のことは言えない鈍さだな。遊びにでも行けと言ってるんだ、前に進むんだろ」
「あっ、そっか」
「大丈夫か、お前は?」
「姉さん、なんであたしとあいつをくっつけようとするの?」
「勘違いするな、お前だけじゃない」
「えっ?」
「いいからさっさと行け。そして帰ったら働け」
「わ、わかったわよ」
姉の不審な行動に首を傾げる桃火であったが、そのことよりも、どのツラ下げて遼太郎に会いに行こうかなと考えるのだった。
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