第36話 再現

翌日 第三開発室


「う、うわぁ! やめてください!」

「おら、抵抗するなでゴザル!」

「よいではないか、よいではないかでふ」

「平山ちゃん大人しくしてよ」


 第三開発室でドタバタと騒ぎが起こっていた。

 遼太郎の着ている服を岩城、椎茸、高畑が無理やり脱がせているのだ。

 その光景を見て矢島は首を傾げる。


「なにやってんだコイツらは」

「自分でやりますから!」

「手伝ってやるでふ」


 埃の舞う開発室に、麒麟が呆れ顔でやって来る。


「はい皆さん、遼太郎さんが協力してくれてるんですから、あんまりイジメないでください」

「おら脱げでふ!」

「あぁ、ちょっとぉぉぉ!」


 椎茸が勢いよくズボンを脱がすとトランクスも一緒にずり落ち、遼太郎のお宝が麒麟と矢島の前にこんにちはする。


「アナコンダ……」

「…………」

「ヒドラでゴザル。拙者の短刀が恥ずかしくなるでゴザル」

「負けた」

「マグナムでふ」


 麒麟は遼太郎のお宝を見ても、全く悲鳴を上げず、少し怒ったポーズで固まっていた。


「姫、ここはキャーイヤー、平山殿の変態ー、マイッチングーと言いながらビンタの一つでも入れるのがお約束でゴザルよ」

「姫?」


 とんとんと肩を叩くが全く反応がない。


「き、気絶してる」


 立ったまま麒麟は完全にフリーズし、意識が飛んでいた。


「ウブな姫にいきなりアナコンダはまずいでゴザルよ平山殿」

「そうだよ平山ちゃん、女の子初めてでそれでてきたらさすがに失神しちゃうよ?」

「まぁある意味これで耐性ができたでふ」

「僕が悪いんですか!?」


 遼太郎は用意された新しい制服に袖を通し、落ち着かない気分になっていた。


「20超えて制服はまずいですよ。犯罪臭が凄いです」

「あー大丈夫だ、オメー顔がガキくせぇから十分通じる」

「矢島殿せめて童顔と言ってあげるでゴザル」

「まさか卒業してからも制服を着ることになるとは思ってませんでした」

「これも第二の大将の為でふ」

「ここで恩売っときゃ後でデカいぞ」


 矢島はガハハハと笑うが、さすがにデリカシーなさすぎでは? と一同は思う。



 遼太郎は制服のまま、通常業務をこなしていくと時間は昼過ぎに差し掛かった。

 開発室のメンバーは昼休憩に入るもの、仕事を続けるもので別れ、遼太郎は当然のように仕事を続けていた。


「すみませんリョウタローいます?」

「はいはい平山君でふね、ブーーーー!!」


 開発室の前にセーラー服姿の桃火が立っていた。

 椎茸はセーラー服姿の桃火に噴き出して倒れた。


「なにやってるでゴザルか椎茸殿は、第二の大将殿でゴザブーーーー」


 岩城は椎茸と全く同じパターンで盛大に大の字に倒れた。

 高畑はその様子に気づいて、うーわと声をあげる。


「平山ちゃん、凄いの来てるよ。いや凄いの着てるか」

「どうかしましたか?」


 遼太郎が扉の前にいる桃火を見つけて、同じく「うーわ」と声を上げる。

 どうやら桃火は学生時代のものをそのまま持ってきたらしく、上も下もサイズが小さく成長した彼女の体に合っていない。

 上は胸の隆起によって大きく押し上げられ、おへそが丸見えになっているし、下のスカートの揺れはもはや犯罪に近いだろう。


「大丈夫ですかあれ、公然なんとか罪になるんじゃないですか?」

「まぁ会社の中だからいいんじゃない? それより多分平山ちゃん目当てで来てるでしょアレ」

「やっぱそうですよね……」


 まだ仕事がひと段落ついてはいないのだが、矢島があれがいたら仕事になんねーからさっさと行けと促す。

 仕方なく遼太郎は桃火の元へと走る。


「と、桃火ちゃん、来たんだね……」

「なんでそんな嫌そうなのよ。昼はいつも一緒に食べてるでしょ?」


 桃火は何をそんなに怯えているのだと自身の長い髪を後ろ手に弾く。


「リョウタローお弁当」


 そう言って桃火はにこやかに手を差し出す。


「ご、ごめん作ってきてないや」

「はっ?(威圧)」

「ごめんね」

「なんで?」

「その、忘れてて」

「あんたちょっとそこ立って」

「えっ?」


 言われて遼太郎は通行の邪魔にならない通路側に立たされる。


「忘れたは言い訳になるかぁ!」


 桃火は助走をつけて壁を蹴って飛び上がると、遼太郎の頭を太ももで挟みこみ、そのままアクロバティックな動きで後方へと体を投げ捨てる。

 あまりにも美しく見事なフランケンシュタイナーが決まり、遼太郎は窓から下へと落下していった。


「あーーーーーーーっ!!」

「ふぅ」

「ちょ、遼太郎さん!」


 麒麟達が慌てて確認するが、外にあった植樹の枝に彼の体はぶら下がっていた。


「ちょっと姉さん危ないじゃない!」

「何よあれくらい、いつものことじゃない」


 桃火は植樹に引っかかっている遼太郎に声をかける。


「先、食堂行ってるから、あんたも早く来なさい」


 遼太郎はプルプル震える手で親指だけを立てた。


「さすが第二のジャガーと言われるだけはあるでゴザル。技のキレが半端ない」

「痛そうだけど、でもボクもやってほしいでふ、ハァハァハァハァハァ」

「放り投げられてんのに平山ちゃん嬉しそうにしちゃって」

「なんか見てらんないけど、気になるから拙者らも食堂に行くでゴザル」

「おうでふ」

「やめといた方がいいんじゃないっすかぁ?」


 岩城たちが社員食堂に到着すると、やはりあの二人は制服ということもあり他の社員から視線を集めまくっていた。

 居心地の悪そうな遼太郎に対して、桃火は視線なんぞ知ったことかと言わんばかりにデザートのパフェをパクついていた。


「まぁここが社員食堂ということを除けば見た目高校生カップルでゴザルな」

「そうでふか? どう見てもかたっぽはムチムチボインのイメクラ嬢、いだぁ」


 椎茸の頭に今週のAセットの食器トレイがぶつかる。

 見上げると、そこには少しふて腐れた麒麟の姿があった。


「人の姉をイメクラ嬢扱いしないで下さい」

「す、すみませんでふ」

「姫、その、もう大丈夫なのでゴザルか? 先ほどのアナコンダは」

「アナコンダ? 私30分ほど時間とんでるんですけど、もしかして私もやばいですかね」

「いや、忘れといた方がいいんじゃないっすか」

「なんか凄いラブラブオーラを出してるでゴザルな」

「出してるのは主に姉の方ですがね。私も知りませんでした学生時代姉がここまで遼太郎さんにのめりこんでいたなんて」

「のめりこむというかサンドバックにされているような気がしなくもないでふが」

「むっ、第二の大将パフェのアイスを手づかみでゴザルか。いささかお行儀が悪いのでは?」


 そう思ったが桃火は手でもったベッタベタなアイスをそのまま遼太郎の口に持っていく。


「なっ、あれは犬プレイでふ! 食べ物を無理やり口の中に突っ込まれる。その時女性の方は必ず素手で、食べ物と一緒にお手てもペロペロできる犬プレイでふ!」

「椎茸さんなんでそんな詳しいんですか」

「そりゃ椎茸君生粋のマゾでゴザルから」

「アーアー聞きたくない、そんな話聞きたくないです!」


 麒麟がアーアーきこえなーいとやっていると、遼太郎はしぶしぶ桃火の手についたアイスを舐めていた。


「あーあー足パタパタしちゃって、ありゃお姉さんの方がよっぽど興奮してるっすね」

「ぼくも風俗嬢をあんなに興奮させ、ひでぶ」


 麒麟のエルボーが椎茸の顔面にめり込んだ。


「味しめたのかまたやってるでゴザルな。全く人目を気にしてらんでゴザル」

「多分あれ、知らしめてるんですよ」

「知らしめるとは?」

「これ私のだからって意味です。ある種の威嚇ですよ」

「もうゾッコンじゃないっすか」

「ええ、それにあの手で食べ物を掴んで食べさせるのも犬とかによくやるんですよ」

「ハァハァハァ、最高でひでぶ」


 もう一度椎茸の顔面に肘鉄がめり込む。


「犬扱いは酷いのではないのでゴザろうか?」

「いや、犬って純粋にパートナーじゃないですか。それも犬が賢ければ賢いほど、仲がよくなると思うんです。姉ってああ見えて敵対心や懐疑心の塊で、ほんとに心許さないんですよ」

「まぁ社長娘ってことも関係あるんでしょうね」

「ええ、恐らく心を許してる人間なんてほんの数人だと思うんです。多分父親ですら姉さん信用してないと思いますから」

「なんと……」

「それであれだけ心を開いて、誰にもやらないぞって敵対心出してるってことはほんと相当だと思います」

「羨ましいでふ。ボクもそんな人ほしい」

「椎茸殿来世で頑張ろうでゴザル」

「嫌でふ今世がいいでふ!」

「わがまま言わないでください、椎茸さん不細工なんすから」

「それは仕方ないけど、ぶっちゃけ平山君だってそこまで……」

「はっ、ぶっ殺しますよ?」


 麒麟がマジもんの殺人鬼の目で椎茸を睨む。


「ヒィ、すみませんでふ!」


 食事が終わると二人はカップル繋ぎで手を組んで食堂を後にする。

 

「こりゃ激しいっすね……」


 高畑はうわぁっと引いた目で見ていた。

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