3rdG 桃火編
第35話 アナザーメモリー
「はっくし」
「どしたの平山ちゃん、風邪?」
「いえ、そういうわけでは」
いつも通り、第三開発室では遼太郎は高畑と岩城に挟まれてメタルビーストの開発を進めていた。
「しかし勿体ないでゴザル。せっかくホワイトナイツの中枢に食い込めたのでゴザろう?」
「ええ、まぁ。みんないい人でしたよ」
「しかし、それだけ女の人に囲まれてるのに恋愛に発展しないのが平山ちゃんが平山ちゃんたる所以だよね」
「一人くらい、いい人はいなかったでゴザルか?」
「いや、僕はゲームをしに行ってますから。あんまりそういうのは」
「真面目か」
「昨今はVRゲームで出会った二人が、そのままゴールインというのも珍しくないでゴザル」
「そうそう、あんまストイックに生きてると後で寂しい思いするよ」
「今のところ仕事が楽しいですから」
遼太郎は困ったような笑みを浮かべる。
「良かったっすね、姫様」
「なんで私に振るんですか」
そりゃ耳を猫みたいにたててこっちの会話聞いてるからですよ、とは高畑は言わなかった。
「それより、次中国のラムダサーバーに行って神龍ギルドに行きたいんですけど、このギルドどこにあるか知りませんか? 探してるんですけど全然見つからなくて」
「あぁ平山殿、神龍はやめておくでゴザル」
「なんでですか?」
「あそこはハッカーの巣窟でゴザル。運営が潜り込んできたとわかれば監視されていると思い込んで逆上する可能性があるでゴザル」
「そっ、神龍の人間が在籍してる龍星って会社も結構きな臭い噂が多いしな」
「噂って言いますと?」
「掲示板ではマフィアが隠れ蓑にしてるペーパーカンパニーって噂」
「今日日マフィアって本当にいるんですか?」
「知らねーけど、龍星がやってるのは表向き通信事業だが、裏で違法配信動画サイトの運営、アダルトビデオの販売、撮影なんかをメインにしてるみたいで、まぁ職差別をするつもりはないけどクリーンなイメージはないな」
「う~む、そうなんですか……。でも後ここだけなんですよね……」
「神威はどうしたの?」
「神威は行ってきたんですけど、リーダーがお忙しいらしくてほとんど会えないうちに抜けてきました。またそのうち機会を見て行こうと思います」
「ほんと平山ちゃんのスネーク能力にはびびるよ」
「スネーク? 僕蛇なんて使ってませんよ」
「大昔にスネークって名前の主人公のステルスアクションゲーがあったんだよ。まぁほとんどのプレイヤーは忍び隠れせずにマシンガンで敵を撃ち殺しながら先に進んでたけどね」
「それ、ただのアクションじゃ……」
「遼太郎君!」
バンっと大きな音をたてて第三開発室の扉が開かれる。
そこには息を切らせて豊かな胸を大きく上下させる、第二開発サブリーダー兼デザイナーの雪奈の姿があった。
「どうかしましたか?」
「大変なの、すぐに来て!」
「?」
遼太郎たちは雪奈に連れられて第二開発室に向かうと、第二のメンバー全員が誰かを取り囲んでいる。
誰だろうかと思い近づくと、それがヘッドギアをつけた桃火であることがわかる。
第二のメンバーが必死に呼びかけを行っているが、全く反応がなくぐったりとしている。
「桃火ちゃん!」
遼太郎も慌てて近づくと、ヘッドギアを外され瞼を閉じた桃火の顔が露わになる。
さらりと流れた長い髪に、死んでいるかのような安らかな顔をしており、嫌な予感が強くなる。
「何があったんですか!?」
「わかんない。普通に新作ゲームのテストをやってただけなんだ。だけど、テスト中に
VRに何か関係が? と思うがテスト中の強制切断なんて日常茶飯事であり、今まで開発中にそのような事例が報告されたことは一度もない。
麒麟が前へとでて、桃火の脈拍や瞳孔を確認していく。
「なにか脳に負荷がかかるようなゲームだったんじゃないですか?」
「そんなわけないよ。だってテストしてたゲームは恋愛アドベンチャーだもん」
確かに、特に複雑な操作もなく派手なエフェクトを出すボスが現れるわけでもない恋愛ゲームで脳に過負荷がおこるとは思えない。
「ただ、今回のゲームはユーザーの深層意識にアクセスして、より自身の青春時代に近い光景が映し出されるようにしたアナザーメモリーっていうシステムを組み込んでるんだけど、でもこれは初めてのシステムじゃないし、特に危険なものでもないから」
「そうですね、アナザーメモリーは映画やゲームなどで臨場感をあげるためのものですし、もしシステムが正常に機能しなくても別段問題ないように設計されているはずです」
麒麟が桃火を揺するが反応はない。
「何かトラウマ的なものを思い出したのではないでゴザろうか? アナザーメモリーは記憶に強く残った思い出を再現するとも言われてるでゴザル」
「ないないウチの姉さんに限ってトラウマなんて。トラウマの方が逃げていきますよ」
「ちなみにどのようなシーンをテストしていたんですか?」
「えっと、高校三年最後の授業が終わって、告白するかされるかのシーンだね。ユーザーが男ならする方で、女ならされる方に切り替わるんだ」
「ん……」
「目を覚ましたでゴザル!」
桃火は蛍光灯の光を眩しそうにしながら徐々に瞼をあける。
しかしその目は誰が見ても虚ろだった。
「大丈夫、桃火?」
「姉さん、しっかりしてください」
二人が呼びかけながら肩を揺らすが反応はイマイチだ。
「桃火ちゃん、桃火ちゃん」
遼太郎も一緒に呼びかけると、桃火の目がゆっくりと遼太郎を見据える。
「ん……リョウタローじゃん。あんた何してんのこんなとこで」
「大丈夫そう?」
「大丈夫って何がよ」
桃火の目には徐々に光が戻り、意識もはっきりしてきたようだ。
全員がこれなら大丈夫か? と安堵する。
「良かった!」
雪奈が抱き付くと桃火はちょっと鬱陶しそうだ。
「雪奈、もぅなんなのよ皆。まだ昼でしょ? 学校終わってないんだから、あんまり遊んでちゃダメよ」
「がっこう?」
「てかリョウタロー、あんたなんで制服着てないのよ?」
「と、桃火ちゃん?」
「ん、何?」
桃火は全く普段とかわらない。だがその分たちが悪く、異常な事に気づいておらず正常に壊れているらしい。
麒麟がずいっと前に出る。
「姉さん、1足す1は?」
「えっ、何、いきなり? ってか麒麟、なんであんたこんなところにいるのよ? あんた留学しに海外に行ってるはずじゃ」
「いいから答えて下さい」
「なによ、2よバカにしてんの?」
「10かける10は」
「100よ」
「今の一万円札に載ってる人は?」
「ゆきち」
「姉さんが好きなゲームは?」
「喧嘩番長、鋼拳、戦国乱舞」
「じゃあ……」
麒麟は一つ息を飲みこんで一番怪しいところを聞く。
「姉さん、今何歳?」
「18」
全員がうわぁっと額をおさえる。桃火の現在の年齢は20である。恐らくゲームによる事故で、2年間のズレが発生しているようだ。
「もう一度聞くけど、今18よね?」
「なんでそんなに疑ってるのよ」
「高校何年?」
「三年に決まってんじゃない」
「姉さん確か生徒会長でしたよね」
「そうよ、それがどうかした?」
「じゃあもう一つ……姉さん恋人っていた?」
「えっ、あんた知らなかったっけ。そこにいる冴えない奴よ。ねっリョウタロー?」
その後桃火は麒麟と共に病院へと連れて行かれた。
しかし診断結果は記憶意識の混乱としか判断できず、これが治るのか治らないのかもよくわからなかった。
桃火にもっと深く話を聞くと、どうやら記憶にズレはあるものの生活には支障が出ないレベルであることと、更にゲーム開発をしていたことも覚えていて、今開発している新作ゲームの進捗もきっちり把握している。
だが自分のことは高校生だと思っており、社会人の自分と高校生の自分がねじれて繋がっており、高校生だがゲームを作ることになんの違和感も持っていなかった。
医者からはショックを与えると、一番最初の虚ろな状態に戻り精神を閉じてしまうかもしれないから、できるかぎり記憶のことに関しては慎重に、ゆっくりと思い出させるのが良いと指示を受ける。
麒麟はこのことを姉の玲音に報告し、指示をもらい第一開発室室長室を出た。
「ふぅ……」
「どうだったかな?」
麒麟を待ちかまえていた雪奈が声をかける。
「とりあえずお医者さんの指示通り、記憶に関してはあまり刺激を与えないように様子を見ること、それと本人が高校生だと思ってるなら本人には学生時代の制服を着させて、あまり今の自分と昔の自分に相違があることを気づかせないようにする。後高校時代に繋がりの深かった遼太郎さんにも協力してもらって制服を着てもらえと」
「そう、やっぱり後はもう時間をかけて見守るしかないよね……」
「一応、ゲームの開発に関しては問題ないみたいなんですが、やはり今の状態で続けさせるのは危険なので、天城さんに姉さんの仕事のチェックをしてくださいと受けています」
「ボクに桃火のチェックできるかな……。プログラムに関してはあんまりだよ」
「その点は私と玲音姉さんでもサポートします」
「わかった」
「後はこれを遼太郎さんにお伝えするだけですね」
「ねぇ麒麟ちゃん、ほんとにいいの?」
「何がですか?」
「桃火が遼太郎君の恋人に戻って」
「姉さんのことは気にしていません。恐らく勝手に立ち直るだろうと思っています。ですがそれより私は遼太郎さんの方を心配してますよ。姉さんにとっては一番楽しかった時間かもしれませんが、遼太郎さんにとっては既に終わってしまった時間です。記憶を失ってる方は気楽ですが、過去の残光を見せつけられる遼太郎さんの方がよっぽど辛いはずです」
そう、遼太郎と桃火の関係は既に切れてしまったものであり、二人が恋人同士であったのは過去の話だ。
二人がどのようにして切れてしまったのかはわからないし、お互いが今どのように想い合っているのかはわからない。
ただ、気持ちが残っていればその分だけ辛い思いをすることになるだろう。
「うん……そうだね」
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