第33話 プライド

 翌日、遼太郎はバンデッド戦を見る為に早めにログインしようと思っていたが、仕事が長引いていた。


「う~む、バンデッド戦見に行けないかもしれませんね」

「おい素人、音声台本まだできねぇのか!」

「はい、ただいま!」




 19時ちょうど、ギルドホワイトナイツは予定通りギルドバンデッドの拠点である砂漠マップ、デザートウォールを訪れていた。

 進んでいる辺りは干ばつ地帯で砂の影響を受けてはいなかったが、岩肌が多く悪路を想定していないホワイトナイツの機体は移動だけでも四苦八苦させられていた。

 更に熱砂地域特有の地形効果から、ヴェルティナの乗るナイトオブラビットのコクピットは蒸し風呂のようになっていた。


「暑いですわ……」


 本来アバター越しに感じる熱気なんてものは存在しないはずだが、最新のVR技術によってもたらされた、脳が暑さや寒さ匂いを感じるという部分をヘッドギアが誤認させてアバターでも暑く感じるように表現しているのだ。

 このことによりゲームは視覚や直感的な楽しみだけでなく、五感を使った楽しみが可能となっていた。

 もちろんいくら暑さが酷くなろうが火傷することはないし、ゲームにリミッターが設定されているので砂漠のような暑さがプレイヤーを襲うわけではない。

 ただドライヤーをずっと顔の前で当てられているような、そんな暑さを感じるのだ。


「暑くても汗をかかないというのは逆に気持ち悪いですわね」

「大丈夫ですか、お嬢様?」

「ええ、大丈夫です。同じ環境でわたくしだけへこたれるわけにはいきませんわ」


 と思ったのだが通信ウインドウに映っている仲間は平然としている。なぜこんなにも差がでているのだろうかとヴェルティナは首を傾げる。


「あなた暑くはありませんの?」

「いえ、クーラーユニットを装備していますので」

「えっ……」

「ムッシュが砂漠に行くなら必要だと、恐らくブリュンヒルデ以外には全機装備されています」

「クーラーユニットって意外とオプション装備のキャパシティを食う割には性能は何も上昇しないものでしょう?」

「ええ、そうです。ただムッシュいわく、このゲームは熱さや寒さによってプレイヤーの集中力を妨害することも難易度に入っているので、何の効果もないのにキャパシティを食うということは、それだけ何か他の恩恵がある装備だとおっしゃっていました」

「うぐぐぐ、なぜわたくしの機体にはついていませんの!」

「そ、それはお嬢様がムッシュの整備を断ったからです」

「本当に役に立ちませんわね!」


 ヴェルティナは理不尽な怒りを爆発させながらもバンデッドのギルド基地を目指す。

 やがて干ばつ地帯が終わり、砂漠地帯へとフィールドが変化していく。

 遼太郎の言っていた通りブリュンヒルデの調子が悪くなってきた。

 脚部からのレスポンスが悪くなり、ステータスチェックにはブースターに砂が入り込んていることを告げる警告メッセージが上がる。


「しかし、この程度なら十分動けますわ」


 そしてようやくギルドバンデッドのベース拠点近くに到着する。

 ヴェルティナは機体のマイクをオンにすると、ベース基地に向かって大声を張り上げる。


「わたくしはギルドホワイトナイツのリーダーヴェルティナ・ブルーローズ! さぁあなた達の申し出通りここまで来ましたわ! 正々堂々とリーダー同士での戦いにて決着をつけましょう! 誰がこのデルタサーバー最強なのかを!」


 だがバンデッドからの反応はない。

 ヴェルティナはまさか時間を間違えたか? と時計を確認するが彼らの指定した時間で間違いない。

 まさかすっぽかされたのではないだろうかと思ったが、その瞬間突如砂の中からビーム砲が次々に飛ぶ。


「なっ!? いきなりの砲撃なんて卑怯ですわ!」

「ヒャッハー! バカ言ってんじゃねー、ノコノコ俺たちの拠点までやってきて罠を用意してないとでも思ったのか、おめでたい奴だぜ!」


 砂中から飛び出してきたバズーカスパイダーに乗ったバンデッドリーダーからのマイク音声が響く。

 そして容赦なくブリュンヒルデに向けてデスキャノンが発射される。


「ふん、その程度のこと予測しなかったわけではありません」


 前に出たホワイトナイツの仲間がシールドを構え、ヴェルティナの盾となる。


「かまわねぇ、お前らやっちまえ!」


 号令と共に、バズーカスパイダーとサンドガゼルの集団が砂の中や岩陰から飛び出してきて一斉にホワイトナイツたちを取り囲む。


「お嬢様、ここは我々が!」

「わかりましたわ。わたくしは頭を叩きますわ!」


 ブリュンヒルデはブースターを吹かせてバズーカスパイダーへと接近する。


「はぁっ!!」


 ブリュンヒルデは突撃槍を繰り出すが、機敏な動きで避けられる。

 正確には相手が早いのではなく明らかにこちらの機動力が落ちている。

 脚部ユニットが言うことをきかず、ベルティナの入力した行動と実際のアクションに二秒近くのラグがある。

 間違いなく砂詰まりであった。


「反応が遅い!」

「ヒーハー! どうした硬いだけが取り柄の機体なんかに負けっかよ!」


 至近距離でデスキャノンがさく裂しブリュンヒルデは吹き飛ばされる。

 後方に回避して反動を殺すつもりだったのに、全く機体が言うことをきかなかった。


「くっ、この程度で……」


 ヴェルティアが落ちた機動力を補うためにアクセルギアを全開にすると、その瞬間ブリュンヒルデから様々なアラートが鳴り響く。

 それはただの警告だったものが、機能障害に昇格しており、ステータス画面はいたるところが真っ赤に染まっている。

 背面スラスター、及びブースター砂詰まり。

 脚部関節部砂詰まり。

 メインバイパスにショート発生。

 冷却ユニット砂塵により停止。

 コンポーネント及びボディフレームパワーダウン。

 機体出力28%に低下と表示されている。


「なっ!?」


 たった一撃でブリュンヒルデは既に戦闘不能に近かった。


「オイオイ、砂塵対策もせずに突っ込んできたのか? 頭の悪いヒーハーだぜ! せっかく用意したプレゼントが無駄になっちまうだろ!」


 バズーカスパイダーはブリュンヒルデにデスキャノンを打ち込むと、突如地面が液化し、機体が徐々に沈下していくのがわかる。


「これは……まさか」

「そうさ、一度入ったら二度と戻ってはこれねー蟻地獄って奴さぁ! ヒーーハーーーーッ!!」

「くっ!!」


 ヴェルティナはスロットルレバーを全開にし、アクセルペダルを思いっきり踏み込みブースターを燃焼させ一気に脱出をはかる。

 だが大量の砂が吸気口からブースター内部に侵入し圧縮空気と共に燃焼させられるはずだった燃料に引火、結果背面ブースターは爆発を起こしたのだった。

 ズドンという大きな音と共に機体が大きく揺れ、逆に埋まる速度が速くなってしまう。


「なんだぁあいつ勝手に爆発してやがるぜ、ヒーーーハーーー!!」

「くっ、動きなさい! ブリュンヒルデ!」


 ブースターの力も使用できなくなったブリュンヒルデはズブズブと砂の中へと埋まっていく。

 そのことに気づいたホワイトナイツの仲間が救援に駆けつける。


「大丈夫ですか、お嬢様!」

「今引き上げます!」

「なぜあなた達の機体は動け……」


 そう思って見てみると、彼女たちの機体の腰部に見慣れぬスカートのようなパーツが装備されている。


「それは……」

「ムッシュが我々の為に装備させてくれた防塵ユニットです!」

「しかし我々も長くは持ちません!」


 ホワイトナイツの二機はブリュンヒルデの両腕を持ち、ブースターの力で無理やり引っ張り上げる。だがそれをバンデッドたちが許すわけがなかった。


「邪魔なことしてくれてんじゃねーよ、ヒーーハーーーー!!」


 バズーカスパイダーは装備をデスキャノンから火炎放射器へと切り替え、援護している二機に向かって炎を浴びせる。


「「キャアッ!!」」


 助けようとしていた二機の腕が溶解し、ブリュンヒルデの体を離してしまう。


「お嬢様!!」

「どきやがれ雑魚どもが!!」


 バズーカスパイダーの体当たりをくらい、助けようとしていた二機は吹き飛ばされる。

 どうすることも出来ず沈んでいくヴェルティナに、バンデッドリーダーは笑みを浮かべながらアバヨと手を振っている。

 これ以上ないほどの屈辱である。だが、その苛立ちは何よりも自身に向けられる。

 何から何まで遼太郎の言う通りになってしまった。

「砂は徐々に機動力を奪っていきます。凍結やヒートとは違った怖さがあり、最悪ショートに発展したら……」

「ですが断言します、ナイトオブラビットに砂塵対策をせずに熱砂フィールドで戦えば、どんな上手い人でもレベル差関係なく一対一でも負けます。最悪ブースターが砂詰まりをおこせば爆発して機動力はゼロになってしまうんです」

 未来を見て来たのではないかというくらいその通りになってしまった。

 これははなから戦う前から負けていたというのが正しい。ロクな対策もせず、あまつさえ忠告してくれたメカニックも無視して追い出した。

 この敗北は正しく自業自得が生み出した当然の結果だ。

 ヴェルティナは瞼を閉じる。これはもう仕方がない、黙って受け入れるしかないのだと。

 しかし彼女の中のもう一人の自分が告げる「強情を貫いたからには貫き通しなさい」と。

 諦めかけた瞳が、もう一度見開かれる。


「わたくしはヴェルティナ・ブルーローズ。あっさりと負けを受け入れるような潔い女ではありませんわ!」


 操縦桿を握り、もう一度機体を動かす。だが圧倒的な砂の質量になすすべはない。

 もう少し、少しだけでも落ちる時間を遅らせられれば。そう思いもがく。


「ヒーーハーーー! 砂の中でジタバタもがいてやがるぜ! なんてダッセェ奴なんだ!」

「当たり前です、わたくしはそのダサさを嫌った結果がこれなのです。笑いたければ笑いなさい、ですが決してわたくしは諦めたりしませんわ!」

「砂に埋もれながら何自分に酔ってやがんだよ、このメンヘラ女は! テメーはもう死んどけ、ヒーーーハーーーー!!」


 バズーカスパイダーがデスキャノンを構える。しかしそのタイミングでレーダーがピピっと軽い音をたてる。


「なんですの?」

「戦闘ホバーだと?」


 二人の視線の先には荷台に巨大なクレーンを乗せたホバートレーラーが砂煙を巻き上げながら戦闘区域に侵入してきていた。

 戦闘ホバーは蟻地獄付近でドリフトしながら止まると、即座にフックが飛びブリュンヒルデの体に巻き付く。

 ホバーはパワーを全開にしてバックすると、機体が徐々に蟻地獄から引きずり出されてくるのだった。


「なっ!? テメー何してやがる!!」


 バズーカスパイダーはホバーに向かってデスキャノンを放つと、ホバーは一発で爆発し木端微塵となる。

 しかしブリュンヒルデは既に蟻地獄を抜け出していた。

 そして爆発するホバーから一人の男が飛び出してくる。

 その男は肩に担いだ歩兵用のランチャーを連射しながら、動けないブリュンヒルデのコクピットへと乗り込んだ。


「ムッシュ遼太郎!」

「すみません、残業が多くて遅くなりました」

「な、なぜムッシュがここに」

「この地点、蟻地獄とデザートストリームが発生しやすいんです。恐らくそこに誘い込むのが向こうの手だろうと思っていたので、パワークレーンを用意していました」

「そういうことではなく、わたくしはなぜここにムッシュがいるのかと聞いているのです!」

「それは」


 遼太郎は顔を上げず、ブリュンヒルデの生きている機関と死んでいる機関をチェックしながら答える。


「助けにきたからですよ」

「!」


 遼太郎がタブレットを挿して、機体コンソールを物凄い勢いで叩くと、先ほどまでうんともすんとも言わなかった機体は突如息を吹き返し、ブリュンヒルデのアイカメラにグリーンの光が灯る。


「な、なぜ動かせるのです?」

「重要なのは今はそこではないでしょう。奴をどうやって倒すかです」

「そ、それは」


 バズーカスパイダーは未だノーダメージ、ピンピンしている。しかしこちらは既にメインブースターは死に、脚部関節もまともに動かない。


「僕の言うこと聞いてくれますか?」


 そう遼太郎が言うと、その真剣な眼差しにヴェルティナは頷く。

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