第32話 ギルドホワイトナイツ

 その頃、遼太郎はギルドホワイトナイツ内の拠点である、地中海をモデルにした美しい海が見渡せる基地、サザンシーベースであくせくとゲームを楽しんでいた。


「ムッシュ、メンテを頼みたいのですけどー」

「ムッシュ、こちらもー」

「はいはい、ただいま」


 サンサンと照り付ける太陽、見渡す限り青い海という美しい景色に囲まれた基地内でせかせかと走り回る男がいる。

 言わずもがな遼太郎だ。彼はパイロットではなくメカニックという役職で入団し、戦場に弾薬や交換用の武装を運んだり、プレイヤーが新しい機体の調整や武装の変更をするのを手伝ったり、新たな武装や機体を開発するポジションだった。


 今まで中小のギルド他、大規模ギルドはオベリスクや神威を回ったがこのギルドが一番入団が難しかった。

 それもそのはず、このホワイトナイツの構成員は女性率100%であり、今まで男性が入団した経験はないそうで、デルタサーバー内では潔癖という意味でも有名だったのだ。

 更にRPロールプレイというなりきりプレイでも有名で、ホワイトナイツという騎士団を完璧に演じるプレイヤーしかおらず、そこに現実的な会話を持ち出すユーザーは存在しない。

 ようはエリート騎士団ごっこプレイヤーたちなのだが、それも度を超すとまるで劇団のように思える。

 更に目を引くのがパイロットスーツが全員バニーガールなのだ。

 このゲームで一、二を競うほどの露出度であり、これを好んで着用している女性プレイヤーは見たことがない。

 それもそのはず、ぴっちりとしたボディラインはよほど自分の体に自信がなければ着ることは叶わないだろう。

 完全に椎茸のネタとスケベ心が作り出した、どのゲームにもあるお色気装備と言われる枠であったが、その装備を100人を超える女性達全員が着ているのは異様な光景だ。

 その昔、リーダーのヴェルティナの曾祖母が民衆を率いて当時の政権を打倒し革命を行った際、このようなバニーガール姿で従事させられていたことからヴェルティナ家は戦いに赴くときはこのような姿になるんだとか。

 さすがの遼太郎も冗談でしょ? と疑ったが、当時の文献や絵画に本当にバニーガールで戦ってる姿が描かれており、どうやら本当らしい。

 しかしそれをギルド員全員にさせるというのがまたなんとも……。


 そんな理由から秘密の花園的なギルドが出来上がり、それを目当てとした男性プレイヤーの入団希望が殺到した。

 しかし下心丸出しの入団を許すわけもなく、ホワイトナイツは男子禁制が暗黙の了解となるのは当然の結果であった。

 どうやって入ろうかと考えていた時、ホワイトナイツの団員の一人がバンデッドと呼ばれるマナーの悪いギルドに襲われていたところを偶然遼太郎が助けることになり、そのことが縁で入団を許可されたのだった。


「ムッシュこちらもですわー」

「はい、ただいまー!」


 どうやらこの部隊顎でこき使える人間がいなかったようで、最下層の遼太郎が入って来たことにより、ゲームの少し面倒なところを全て任されるようになっていた。

 その様子を水着姿で優雅にビーチチェアに寝転がりながら眺める金髪の女性の姿があった。


「やはりああいう下々の人間を一人入れたのは良い案でしたかもしれませんね」


 隣で控えているサブリーダー兼、現実世界ではヴェルティナ付きのメイドであるロランは眩い太陽の光に目を細める。


「しかし使いすぎではありませんこと?」

「お嬢様、東洋人とは昔から戦いを好まず、使われることに至上の悦びを見出す変態種族です」

「理解に苦しみますわ。ですが好きでやってくれているなら良いのですが」

「男という点は少し気になりますが、よく動きます」

「本当にあれで楽しいのかしら? わたくしが以前見たメタルウイングに乗った東洋人はもっと凛々しく、誠実でしたわ」

「東洋人も千差万別ですので。それにお嬢様が言われてるのは運営の人間でしょう」

「それはそうですが、仮にもこのメタルビーストを作り上げた国なのです。あのように顎で使われて楽しそうにしている姿を見ては幻滅ですわ」


 ヴェルティナはかけていたサングラスをずらして遼太郎を見やる。

 自分はあまり気に入らないが団員たちは好んで使っているようで評判は悪くない。

 彼女達は戦闘能力には優れるが、機体のビルドを行うのは苦手なものが多く、ほとんどの団員が初期装備に適当に装備を突っ込んでレベルを上げたものばかりだった。

 遼太郎はそれを全て各々プレイヤーの特性に合わせて再設計を行っていたのだった。

 当然遼太郎は開発の人間なのでその辺りの知識は誰よりも深く、新たなビルドは適切であり、目に見えて性能の上がる機体に喜ばれるのは当然であった。


「わたくし、あの者どこかで見たような気がするのですが……」

「さようですか?」

「どこだったか……」


 ヴェルティナが憧れを抱いている人物と遼太郎は同一人物なのだが、以前あった時は機体のカメラ越しで距離も遠く、顔をはっきりと見ていなかったのだ。

 ヴェルティナが首をひねっていると電子タブレットを片手に遼太郎がやってくる。


「あっ、すみませんヴェルティナさん、機体のことでお話が」

「何か?」

「ヴェルティナさんの搭乗機であるナイトオブラビットのことなんですが」

「わたくしの機体のことはブリュンヒルデと呼んで下さる」

「ぶ、ブリュリュリュ……?」

「ブリュンヒルデですわ。汚い擬音語みたいに言わないでくださる。そう命名いたしましたので」

「は、はぁ……そのブリュンヒルデなんですが、今度ギルドバンデッドと対戦する予定ですよね?」

「ええ、我が団員が襲われましたので、その報復と、誰がこのデルタサーバーの覇者であるかを今一度知らしめる必要がありますわ。このサーバー内の秩序を守るのもこのホワイトナイツの役目!」


 ホーッホッホッホッホと高笑いするヴェルティナに、遼太郎は世の中いろんな人がいるなと感慨深い気持ちになるのだった。


「そのバンデッド戦、恐らく相手の得意フィールドである熱砂エリアで戦闘になると思うので、今のうちにパーツを換装して砂漠仕様にしておいた方がいいと思うのですが」

「ふむ……具体的にはどのように提案なさるのかしら?」

「そうですね、まずナイトオブラビットの四脚を外しキャタピラを装備し……」


 ヴェルティナは自機の白兎を模したナイトオブラビットに、足を外してキャタピラを取り付けた姿を想像する。

 彼女の脳裏にかなりシュールな図が思い浮かぶ。


「まず、でいきなりダイナミックな構成にしすぎですわ! そんな醜い姿耐えられませんわ!」

「ですが、防塵装置なしではあっという間に機能障害を起こして、恐らくブースターと脚部の稼働率は30%以下まで落ちますよ?」

「他に何かありませんの?」

「でしたらホバー用のパーツを装備するかですね」


 遼太郎はタブレットをタッチしてホバー用の脚部を見せる。

 しかしどれもずんぐりしており、自身の美しい機体のバランスが損なわれることがヴェルティナには耐えられなかった。


「もういいです、いりませんわ。そんなものなくてもわたくしの能力なら問題ありません」

「そうですか? キャタピラは砂に足をとられなくていいと思うんですが」

「足がなくなれば足はとられないでしょうね」

「ではフライトユニットを装備させるというのはどうです? 空を飛べば砂は関係なくなりますよ」

「いいじゃないですの、それはどんなものですの?」


 再びタブレットをタッチしてフライトユニットの画像を見せる。

 そこには巨大なボンベと気球みたいなバルーンが映し出されている。


「な、なんですのこれは?」

「フライトユニットです。このナイトオブラビットは追加装甲で重量が非常に重くなってるので、上昇へのパワーがないと飛べないんです。その点これでしたら全ての推進力を移動にできます。ユーザーからはオプー〇やモー〇リーなどの愛称で……」

「もっと小さい飛行機型のはありませんの!」

「あるにはあるんですが、それだと空を飛べても歩行するくらいのスピードにしか……」

「使えませんわね!」

「ん~、そうですか……では防塵装置だけでも……」

「もういいです、どうせまたあなた変なのつけるつもりでしょう!」

「いえ、そんなことは。これはまだまとも……」

「必要ありません!」


 苛立ったベルティナは遼太郎の持っていたタブレットを叩き落す。


「しかしギルドバンデッドはデザート仕様のバズーカスパイダーとサンドガゼルが主体です。数で囲まれればどう頑張っても負けますよ? 砂は徐々に機動力を奪っていきます。凍結やヒートとは違った怖さがあり最悪ショートに発展したら……」


 遼太郎の負けるという言葉にヴェルティナはかっとなり、パンっと頬を叩く。

 別に痛みなどは何もなく、アバター同士が干渉しただけである。しかしながらヴェルティナの苛立った瞳と、その振り切った手が、彼女が今どのような心境なのかを物語る。

 だが、そこは遼太郎萎縮してしまう空気でも構わず続ける。


「断言しますナイトオブラビットに砂塵対策をせずに熱砂フィールドで戦えば、どんな上手い人でもレベル差関係なく一対一でも負けます。最悪ブースターが砂詰まりをおこせば爆発して機動力はゼロになってしまうんです」

「!!」


 もう一度同じことは繰り返される。痛みのない音だけの手打ちはビンタの役割を果たしていない。だがリアルであれば間違いなく吹き飛ばされているのではないかというくらいの激しい勢いだった。


「出て行きなさい! わたくしに安易に負けると言うものにホワイトナイツである資格はありませんわ!」

「すみません」


 凄まじい怒鳴り声に遼太郎はぺこりと頭を下げると格納庫へと戻って行った。

 その様子を心配げにホワイトナイツの面々は見守っていた。

 格納庫に戻り失敗したなと思いながらも作業を続けていると、その様子を見てホワイトナイツの団員たちが近づいてくる。


「ごめんなさい。お嬢様はプライドが高いので」

「ムッシュあなたもいけないのですよ。お嬢様は何よりも形にこだわる方です。どんな手段を使ってでも勝てばいいというわけではありません」

「そうですね僕の話の運びが悪かったです。ユーザーさんがロールプレイにこだわっていることに気づいていたのですが、負けられない戦いだと思い機能性を重視しすぎました」

「ロールプレイ? これはアクションゲームではありませんの?」

「ネットゲームでキャラクターになりきって遊ぶことをRPやロールプレイと言うんです。もともとロールプレイングゲームというのは役割を演じるという意味あいがありますので。ヴェルティナさんはかなり役になり切っていると思います」

「そうかしら、お嬢様はいつもあんな感じですが……」

「それとは別に皆さんの機体はどうしましょうか? 一応砂塵対策だけでもしておいた方が」

「お嬢様が何もなしで挑まれるのです我々だけ」

「と言われると思いまして、実は性能自体は低いんですが目立たない防塵装置がありまして」


 遼太郎はタブレットからスカートのような脚部ユニットを表示させる。


「これはセーラージャイロでしょうか? 確かこれは海中用のスクリューなのでは?」

「ええ、スカートの下にスクリューが入っているんですが、実は防塵も耐水も機能的にはかわりなかったりするんですよ」

「そうなのです? しかし攻略情報にはそんな情報載ってませんわ」

「実は前のアップデートで機能障害の種類が多すぎるってことでいくつか統合されたんですけど、まだ世間にはあんまり認知されてないんですよね。公式にはちゃんと書いてるんですけど、意外と皆wikiばっか見てあんまり公式見てくれなくて、web担当さん泣いて……」


 しまった喋り過ぎたとハッとする遼太郎。

 だがおっとりとしたタイプが多いのか「あら博識なんですわね」なんて頬に手を当てながらあらあらまぁまぁなんてと話している。


「とりあえず全機につけておきます。ただこのサイズだと機能障害の時間を遅らせることくらいしかできないので注意してください」

「はい、ムッシュ」


 全ての機体にセーラージャイロを装備し終わると、遼太郎はヴェルティナのブリュンヒルデを見上げる。


「うーん、やっぱりあった方がいいですよね……」


 どのみち自分は出て行けと言われてしまった身である。このセーラージャイロならさほど違和感を感じることもないだろう。サクっと装備させておいとましよう。

 そう思いブリュンヒルデの前に立ち、ハンガーのコンソールへと手を伸ばす。


「何をしているのです!」

「うっ」


 格納庫で何やらゴソゴソしているのがバレてしまったようで、水着姿のヴェルティナが肩を怒らせながら近づいてくる。

 当然勝手に機体をいじろうとしたことに腹を立てているのだ。


「す、すみません」

「あなたわたくしの美しい機体に一体何をするつもりでしたの!」


 ベルティナの頭には胴体と頭だけ兎で、脚がキャタピラのシュールな防塵装置(笑)の姿が浮かぶ。


「あたなははもう部外者なのです、さっさと出ていきなさい! これ以上の迷惑をかけるのなら運営を呼びますわ、よ」


 ヴェルティナは近くに転がっていた工具箱のオブジェクトにつんのめってそのまま倒れる。

 そして勢いよくボディプレスよろしく遼太郎に倒れ掛かった。


「キャアッ!」

「うわぁっ」


 倒れ掛かられた遼太郎の顔面はヴェルティナの胸にうまっている。しかし何の柔らかみもありがたみもなく、しかもアバターを貫通してしまい空洞になったモデリングデータの中身が見えているだけだ。

 う~む風情の欠片もないなと思うのだったが、ヴェルティナが同じ風に思うかは話は別である。

 ヴェルティナは顔を赤らめて、無理やり遼太郎の胸ぐらを掴み上げると往復ビンタを繰り返す。だが、やはり痛みは何もなくアバター同士の当たり判定により、顔が左右に揺れるだけだ。


「即刻出てお行きなさい!!」

「はい、すみません」



 派手に追い出された「はぁっ」と小さくため息をつく。

 しょうがないバンデッドとの戦闘は気になるが、これ以上火に油を注ぐわけにはいかないので今日のところはログアウトすることにするのだった。


 その様子を見て、ホワイトナイツ改めバニー隊はヴェルティナをなだめていた。


「その、いくらなんでも当たりがきついのではないでしょうか」

「あの男を見てると無性にイライラしてくるのです。ぺこぺこと何度も頭を下げ、プライドというものはないのですか!」


 ヴェルティナは以前あったメタルウイングに乗った運営と遼太郎を重ねているようで、ぺこぺこと腰の低い姿に無性に苛立ちを感じるのだった。


「彼もよかれと思って……」

「いいから明日の戦闘の準備をしておきなさい」

「は、はい……」

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