第28話 氷の獅子
遼太郎は眼下に見えるありえない光景に、どうしていいかわからず空を旋回する。
「あれがフロストタイガー……」
「新型ネ」
「ふん、どの程度のものなのか見せてもらおう」
各ギルドリーダーはモニターに映る未知の機体に心を高鳴らせる。
「むぅ、やはり新型は生きておったか、弟よ地獄合体で行くぞ!」
「あいわかった長兄!」
「「地獄合体疾風怒濤風林火山!!」」
地獄兄弟のバズーカスパイダーとグレネードアリゲーターは上下で合体すると、急速回転し竜巻を起こしながらフロストタイガーへと迫る。
だがフロストタイガーは逆に竜巻へと向かって走り出す。
機体が地面を踏みしめるたびに氷のエフェクトが漏れ、氷柱が上がる。
「こしゃくな! くらえ疾風どと……」
地獄兄弟が叫ぼうとした時には既にグレネードアリゲーターの頭は食いちぎられていた。
「バカな!? 長兄! 長兄!」
叫びもむなしく、弟はすぐさま後を追う。フロストタイガーの吐いたブリザードがバズーカスパイダーを凍らせると、背面部に装備された巨大な氷剣で真っ二つに粉砕されたのだ。
「地獄兄弟が一瞬で……」
「よくも我らが兄者を!」
「我々生まれは違えども義兄弟の契りを交わした地獄ギルド! そうやすやすとは崩させはせんぞ!」
まだ地獄兄弟を倒しても、地獄ギルドのビーストが三十機以上残っている。だが、フロストタイガーの性能は圧倒的だった。
速度、破壊力、武装、どれをとっても現在のどの機体をも凌駕する。
そしてユーザーは気づく。このフロストタイガー、恐らくプレイアブル機ではなくエンドボスだと。
その結論に至ったのはあまりにも圧倒的すぎるからだ。
地獄ギルドの機体は触れることすら叶わず氷塊となって散っていく。
こんなものがプレイアブル機として実装されてはバランスがどうのこうのではない。もうあいつ一機でいいんじゃないかと言われてしまうだろう。
「ヒュー強すぎるぜ……氷の獅子は」
「今パッチのラスボス……なのかしら」
「フン、エネミーであるなら何かしら弱点を用意しているはずネ、解析して……」
「見よ、あの虎時を止めておるぞ」
「はっ?」
フロストタイガーに近づくと全員が時を止められたように氷になって固まってしまう。
地獄ギルドが全員氷漬けにされた後、フロストタイガーが天に向かって吠えると、氷が全て砕け落ち立っているビーストは一機もいなかった。
「凄すぎるぜフロストタイガー、ブラボーとしか言いようがねぇ」
「デスキャノン殺し、まさかデスキャノンなんて無意味になるくらいの強力な敵を用意したってことなのか?」
「小さな鳥と合体したメタルウイングも気になりますわ」
「妾はもうわかたったぞ。恐らくあの力なくしては今後のボスエネミーには勝てぬように調整してきたに違いない」
「なるほど、盲点だったぜ」
「だけど、奴が目の前にいるなら少しだけでもやりあってみたくなるのがユーザー心理ネ」
「違いねぇ、ミーたちの今の力がどの程度通じるか」
各ギルドのリーダー達はフロストタイガーの前に立つ。
だが、その圧倒的なプレッシャーに気圧される。
ほんの少しでも無駄な動きをすれば一瞬で喉笛を食いちぎられる、そんな未来がどのギルドリーダーの脳裏に浮かぶ。
始まってしまえば、狩るか狩られるかのどちらかだけ、そんなピリついた空気。
全員が操縦桿を深く押し込むことができない。
「ヒュー、この
「先陣はわたくしがいただきますわ!」
怯えを断ち切り騎士風のビースト、フランス代表ホワイトナイツの機体ナイトオブラビットがフロストタイガーにシールドを構えながら突っ込む。
だが、近づいた瞬間機体が鈍くなり脚部が一気に凍結していることに気づいた。
「くっ、こいつ自分を中心に機能障害を引き起こすフィールドを展開してますわ!」
ナイトオブラビットは動けない状態で目の前に迫ったフロストタイガーに剣を振るう。しかし剣は切っ先を噛まれ、そのままワニのように頭部と体全体を回転させると、ナイトオブラビットは右腕が回転に巻き込まれ一瞬で腕を引きちぎられたのだった。
素早く右腕を切り離すが、凍結で動けないのは変わらない。
「どけ! こいつはワタシが貰ったネ」
中国、神龍の蠍型ビースト、シャドウスティンガーが
「なっ、バカな、一撃!?」
「フン、よそ見するでない!」
シャドウスティンガーがやられた隙に、エジプト、オベリスクのコブラ型ビースト、ゴールドヴァイパーがフロストタイガーに長い体を絡みつかせ動きを封じる。だが機体は一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。
「妾が一瞬で!?」
「ふざけんじゃねー!」
二人がやられたのを見て、怯えを奮い立たせるように北米テキサスファイアのバトルコングが巨大なスパイク付きのナックルを叩きこむ。
しかしその拳は人型形態に変形したフロストタイガーのクローで、いともたやすく押さえつけられていた。
「ジーザス、パワー系最強のバトルコングをこうも容易く、化けもんが!」
フロストタイガーはブースターを吹かせながら宙を舞うと、背面から巨大な氷剣を展開する。
そして落下と同時にバトルコングを真っ二つに切り裂いたのだ。
「強すぎますわ……機体性能だけじゃない、一瞬で攻撃を見切りカウンターを浴びせる鋭さ、機体性能に振り回されず完璧にパワーコントロールするパイロットも桁外れの腕ですわ」
氷の獅子は残った武者甲冑に氷剣を向ける。
その顔はお前もやるのか? と言っているようだ。
「やるわけありまへんわ。そんなレベルも装備も足りないってわかってるのにラスボスとやりあうなんてアホのすることやさかい」
日本代表神威は扇子型のシールドを振った後、そのままログアウトして消えていった。
残ったホワイトナイツのリーダーも「こ、今回は負けを認めてさしあげますわ!」とテンプレートみたいなセリフと共にログアウトしていった。
全部終わったのか? というか終わらせてもらったのだろうか。
遼太郎はおっかなびっくりしながら通信ウインドウを開く。
「あの、どうもありがとうございました」
「まだだ、お前にはまだ片付けないといけない奴がいるだろう」
言われて気づく。まだ一人元気なのが残っている。
そう謎の乱入者であるデスバットだ。
デスバットはあっという間にギルドリーダーがやられてしまったことに呆気にとられていた。
「あなたは一体誰なんですか!? 運営の名を使い虚偽情報を流す行為は利用規約で禁止されています!」
デスバットの動きは完全に停止しており、人が乗っているのか疑わしくなる。
だが、玲音はその様子を見てクツクツと笑う。
「なぁ迫田、ログアウトしようとしても無駄だぞ。私がお前のアカウントにロックをかけたからな」
「……!?」
「ついで言うと、お前のコクピットの音声は全てマイクで外に流れるようになっている」
AIかCPUのふりをするつもりだったデスバットは見事に狼狽する。
「なんでそんなことができるんだ!?」
「電脳世界で私にできないことなんてないさ」
「そ、それじゃあ……」
迫田はうろたえる。まさかこちらのアカウントをハックして、いとも簡単にすべての機能を掌握してしまうなんて。
しかもゲームのログアウトに関しては、VRのブラックボックス、カーネルに触れる部分である。恐らくVR開発者でもそんなことができるのは数人といないだろう。
それじゃあまるで神みたいじゃないかと言いかけて迫田は言いよどむ。
実際第一開発の真田玲音が化け物じみたプログラム能力を持っているのは聞いていたし、自分の父親からも彼女だけは敵に回すなと散々言われている。
その力を目の当たりにしてようやく意味が理解できた。
電脳世界で彼女こそ法であり、神であると。
そんな玲音からすれば、ゲーム内のキャラクター一体を操り人形にするくらいわけないのである。
「これがウィッチの力だとでも言うのか……」
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