第27話 ウィッチ

「おいクソメガネ」

「誰でゴザルか?」

「お前だ」


 玲音は容赦なく岩城のケツを蹴り上げる。


「あべし!」

「これをセキュリティに組み込んでおけ」

「は、はいでゴザル」


 岩城は渡されたUSBからプログラムを開く。


「な、なんじゃこりゃ……」

「どうしたんでふか」

「これは攻性防壁でゴザル……」

「何言ってんの岩城君?」

「今までのセキュリティが堅牢な古城だとしたら、これは宇宙要塞でゴザル。アタックを仕掛けようとしたものを木端微塵に粉砕する恐ろしい防壁でゴザル。それでいてこの処理の軽さ。まさしく影、うっすらと消える影のような宇宙要塞でゴザル!」

「日本語でOKでふ」


 岩城が一人で興奮している間に、遼太郎の目の前からほとんどのユーザーはログアウトしていった。


「ご協力ありがとうございます!」


 また一人、また一人と姿が消えていく。残るはギルドリーダーと、もう一組のギルドだけだ。


「まぁ、せいぜい期待させてもらうぜ」

「裏切ったら八つ裂きネ」

「戻ったらメンテが終わるまで昼寝じゃ」

「新型の動いているところを見てみたかったですわ」

「そ、それはまたゲーム内で」


 言えない。今回のパッチではまだAI積んでなくて顔見せのイベントしかないってことが。


「皆様の期待に沿えるよう……」


 遼太郎が声を上げた瞬間、突如爆発音が響く。


「なんだ!?」

「コチラハメタルビースト運営デス。アナタタチヲハッキングノ主犯格トシテ拘束シマス」


 上空から突如攻撃を始めたデスバットを見つけ、せっかく全員が穏便にログアウトしてくれそうだったのにと遼太郎は憤る。


「コチラハメタルビースト運営デス。アナタタチヲハッキングノ主犯格トシテ拘束シマス」

「なんだ、この合成っぽい声は」

「なんネ。もう早速手のひらがえしアルか」

「そりゃミーたちがやったことはいけないことだから、最悪アカバンくらいは覚悟してたけどよ」

「おんし、言ってることとやってることが違うのではないか?」

「信じてくれといいながら拘束とは少し姑息ではありませんか?」

「違います! 誰ですあなたは!? あんな人運営にはいない!」

「でも機体IDは運営が使用するものですわ」


 確かにあのデスバットには運営しか使えない文字列コードをIDに組み込んでおり、一般のアカウントでないことはすぐにわかった。


「それにこの字幕と音声同時に出すのって運営しかできなネ。お前またたばかったか?」

「違います! こちらメタルビースト運営です。そちらのデスバットのユーザーさん、あなたがやっていることはユーザーを混乱させているだけです。ただちにログアウトしてください!」


 だがデスバットは攻撃をやめず、各ギルドリーダーに攻撃をしかけていく。


「ふん、やめろ言いながら銃を撃つとは卑怯だぜ」

「上っ面と中身が違う生き物ですわね」

「違います!」

「なら、あの攻撃してきてる奴をどうにかしたらどうなんじゃ」


 そうしたいのは山々だがフロストタイガーを離すわけにもいかず。更に攻撃を受け被弾しているメタルウイングがまともに戦うことは難しかった。

 しかも、よくないことは続く。


「やーはーり、本性をあらわしおったなこのクソ運営は!」

「間抜けなギルドリーダーどもと違い我ら地獄兄弟、もといギルドアウトローの目は騙せはせんぞ!」


 うわ、地獄兄弟だ。めんどくさい奴らがでてきたと遼太郎は顔を引きつらせる。


「愚鈍なるギルドリーダーがやらぬと言うのなら、我ら地獄兄弟がその忌まわしき新型を屠ってくれるわ!」

「ゆくぞ、我らが地獄ギルドよ! 奴を討ち取るのであーる!」


 地獄兄弟は再びアカウントを取得してゲームをやり直しているようで、バズーカスパイダーとグレネードアリゲーターのレベルは以前と比べてかなり低い。

 しかし同型の機体が次々に襲い掛かってくる。

 そんな中更にデスバットまでもが攻撃を仕掛けてくるのだった。


「まずい、もう耐久度が……」


 メタルウイングのクローがもうボロボロで、いつフロストタイガーが落下してしまってもおかしくない状況だった。


「この機体だけは絶対に守り通さなきゃいけないんだ!」


 しかしメタルウイングにバズーカスパイダーの放った巨大なミサイルが迫る。


「直撃する!?」


 即座に操縦桿を引き、スロットルレバーとアクセルを全開にするが、フロストタイガーの重量とウイングの破損によって出力が上がらない。


「機体が重い! 上がってくれ!」


 メタルウイングよりミサイルの方が圧倒的に早い、直撃すると思ったその瞬間、目の前を小さなワシが旋回している。


「レ、レイヴン!? なんで、実装はまだ先なのに!?」


 レイヴンは雄々しく鳴き声を上げると、流星のようにその身を光らせ天高く舞い上がり、メタルウイングへと融合を果たす。

 その瞬間、メタルウイングの全ステータスが回復し、破損した箇所が全て修復される。エネルギーゲージが火を吹いたようにマックスまで跳ね上がり、更にバーニアが通常の比ではないほどの炎を上げる。


「な、なんネ、あれは……」

「まさか、あれが新しい力なのか?」


 突如出力が爆発的に増加したメタルウイングは全ての攻撃をかわし、ミサイルを撃ち落とす。

 今ならあの地獄兄弟を撃つことができる。しかしそれは躊躇われた。遼太郎からすればどんなユーザーでも大切にしたいものであり、その手にかけていいのかと判断を迷わせたのだ。

 だが、突然聞いたことのない声がコクピットに響いた。


「機体を下ろせ」

「えっ?」


 通信ウインドウには、髪の長い眼帯をつけた美しい女性が映し出されている。

 確か彼女は第一開発のリーダーのはずと思い当たる。驚くべきことにこの通信は自分が今掴んでいるフロストタイガーから発信されているのだ。


「危険です、フロストタイガーにはAIもマニュアルでの操縦系統も積んでないんです!」


 そう今のフロストタイガーはただのハリボテなのだ。それを落とせばどうなるかは言わずもがなだ。


「構わん下ろせ」

「ぼ、僕が構いますよ! それに下は海ですよ!」

「うるさい奴だ」


 玲音がウインドウ越しに何かをいじっている。すると突如メタルウイングのクローが解放されフロストタイガーは海へと落下したのだ。


「なっ!?」


 メタルウイングは即座に下降するが、低空を飛行していたのがあだになった。向こうが着水する方が早い。

 だが、遼太郎の目は驚愕に見開かれる。

 なぜならフロストタイガーが起動し、眼下の海を全て凍らせながら悠々とまるで氷の王者のように歩き出したからだ。


「な、なんで!? フロストタイガーにコクピット制御は搭載されてないはずなのに!」


 困惑に叫ぶと、通信ウインドウが目の前に開き、岩城の姿が映し出される。


「無事でゴザルか平山氏」

「は、はい、でもフロストタイガーが!?」

「心配無用でゴザル。あれには魔女が乗ってるでゴザルから」

「えっ?」



 約10分前、開発室は迫田が消えた後、突如データセンターが再解放され困惑していた。


「データセンターが解放され、またユーザーが流入しています!」

「なんで!? データセンターのコントロールは取り返したはずなのに!」

「絶対迫田の野郎だ、あいつユーザーデータが触れなくなったからデーターセンターを復活させやがった」

「データセンターをもう一度落として下さい!」

「ダメでゴザル、マスター権限が設定されてるでゴザル!」

「待ってください、今私がパスワードを割り出します!」


 麒麟はすぐさまパソコンから人様には言えない解析ツールを使用しようとする。だが、玲音が一歩前に出る。


「どけ麒麟、遅い」

「ね、姉さん」

「データセンターの電源を落とせ」

「で、電源でゴザルか? し、しかしさすがに電源はハード障害を引き起こす可能性があり、データセンター通過待ちのユーザーの方にも少なからず影響が……」

「ダウンだ」

「ほ、本気でゴザルか……」

「早くしろ」

「……了解でゴザル」


 データセンターはシステム的なシャットダウンを待たず唐突に電源を切られ、今ログインしてきたユーザーは唐突に視界を虹色の砂嵐に襲われ、しばらくすると回線が切断されましたとエラーコードがヘッドギアに表示されていた。

 誰もが思ったはずだ。今かなりやばい落ち方したぞ……と。

 しかしそのことが呼び水となり、「調子に乗っている」などと幼稚な理由で迫田とは別の全世界のハッカーたちがグッドゲームズカンパニーの自社サーバーを攻撃し始めたのだった。

 本社のサーバーが過重負荷により悲鳴を上げていく。

 椎茸のPCモニターに負荷状況がモニタリングされ、次々にサーバー負荷がレッドゾーンを突破していく。


「や、やばいでふ、全世界のハッカーたちが締め出されたと思って腹いせにこっちを攻撃してるでふ!」

「おいクソメガネ、私が渡したセキュリティはどうした」

「す、すでに組み込み済みでゴザル」

「なら展開しろ」

「し、しかしこのセキュリティはかなり危険でゴザル。最悪アタックを仕掛けてるパソコンやデバイス、ヘッドギアが壊れ」

「何を加害者の心配をしている。奴らはただの犯罪者ハッカーだ。何もしないからつけあがる。そのセキュリティは攻撃をそのままバックするだけのカウンタープログラムだ。自分の行いが自分に返って来るだけの良心的なシステムだ」

「し、しかし」

「やれ」


 玲音の絶対零度の瞳に負け、セキュリティプログラムが展開される。直後サーバーの全機能が復旧した。


「今頃自分のパソコンから煙が上がって、泡吹いてるバカたちが世界中にごまんといると思うと笑えてくるな」


 玲音の口元が邪悪に吊り上がる。見た目、言動、思考どれをとっても悪の女幹部にしか見えない。


「だ、大丈夫でゴザルかこれ。起訴にならないでゴザルか……」

「ハッキングしてたらパソコン壊れましたとでも言うつもりか? 直前のパケットを調べられて逆に捕まるだけだ。……しかしそうだな、見せしめに何人か殺しておくか。賠償事例があればバカも多少は減るだろう」

「こ、怖いでふ……」

「一切の躊躇と、手心がないでゴザル」

「ぼ、ぼく第三で良かったと心から思ったかもしれないでふ」

「おいクソメガネ、あれは動くのか?」


 玲音は地獄兄弟から攻撃を受けているメタルウイングとフロストタイガーを指さす。


「動かないでゴザル。あれには操縦系統もAIも積まれてないでゴザルよ」

「コクピットはあるのか?」

「それはあるでゴザルが。OSがないのと一緒で、ただのシートでゴザルよ」

「そうか」


 そう言って玲音はヘッドギアを頭に被った。


「姉さん何する気?」

「私をコクピットに送り込め」

「えっ、いや……」

「早くしろ」

「は、はいでゴザル」

「私がコクピットに入ったら機体を社内LANから私のシステムにつなげ。中でOSを構築する」

「りょ、了解!」


 そして玲音はVR装置を起動した。


「フロストタイガー出撃るぞ」

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