第26話 人の造りしゲーム

 メタルウイングの背中を何本ものビームやミサイルが通り過ぎていく。

 そのうち何発かは被弾し、機体を大きく揺らす。その度にクローで掴んでいるフロストタイガーが危なっかしく揺れ、眼下に広がる海へと今にも落としてしまいそうになる。


「落ちるな、頼むから落ちるな!」


 遼太郎の叫びも虚しくユーザーの数はお祭り騒ぎを聞きつけ、メンテナンス中のサーバーにどんどん流入してくる。状況は圧倒的な多勢に無勢。


「落ちないでください!」


 麒麟の悲痛な声が開発室に響く。

 もはや面白半分、狩りのような気持ちで遼太郎のメタルウイングは狙われていた。


「岩城、ユーザーにログアウトするように警告をだせ! なんでもいい、ログアウトしねー奴はアカウント停止するぞって脅しをかけてもいい!」

「了解でゴザル!」

「無駄無駄、こいつらクソどもは自分のやってることが何になるかなんてちっともわかっちゃいねぇ。ユーザーってのはバカで無能しかいねーんだ! それなのにこんな必死こいてゲーム作ってバカじゃねーのか? お前らが必死にやってきた報いは賞賛なんかじゃなくてユーザーからの裏切りなんだよ!」

「うるせー黙ってろ!!」


 矢島は迫田を突き飛ばすが、尻をつきながらも勝ち誇った笑みを浮かべている。

 その間に麒麟はユーザーのこれ以上の流入を防ぐため、物凄い勢いでPCのキーボードを叩き、データセンターのポート閉塞を手動マニュアルで行っていた。


「す、すげぇ速さだ」

「掌握されたネットワークポートにアタックを仕掛けてコントロールを取り戻してるでゴザル。こんなこと姫にしかできぬ」


 麒麟が勢いよくエンターキーを叩くと、中継データセンター1号機から4号機全てが[接続]から[切断]へと切り替わる。


「これでデータセンターは落としました! これ以上ユーザーは入ってくることができません!」

「後はゲームサーバー内にいるユーザーを追い出すだけだ!」


 岩城はすぐさま全ユーザーにメッセージで警告文を流す。

 しかし興奮気味のユーザーは届いたメッセージを無視して狩りを続ける。


「岩城さんマイク使えるようにしてください! 私がアナウンスします!」

「はいでゴザル!」


 麒麟はマイクを握りしめると、PCの画面にSOUND ONLINEと表示される。

 彼女が声を出すと、ゲーム内全域に彼女の声が響き渡る。


「こちら、メタルビースト運営です。現在メタルビーストはメンテナンスを完了しておらず本サービスは正常な稼働状況ではありません。サービスを開始する為にはユーザー皆様のログアウトが必要となっています。即時ログアウトをお願いします」

「ダメでふ、聞いてないでふ!」

「ユーザーの皆様こちらメタルビースト運営です。お願いしますログアウトして下さい。正式なサービスを開始する為に皆さんのご協力が必要なのです。お客様のご協力なしではメンテナンスを完了することができません! お願いします!」

「無駄無駄無駄! こいつらがまともに話を聞くような利口な頭してるなら、こんな無駄にしかならねー真似しねーんだよ!」

「公式にもメッセージをだせ! 広告会社にも連絡しろ!」

「はいっす!」

「違法配信者も止めろ! 動画サイトに連絡! 全部止めさせろ!」

「お願いします皆さん! 新たなるメタルビーストの為、皆さんのご協力が必要なのです! 円滑なゲーム運営、新たな遊びの為にどうか、どうかログアウトをお願いします! お願いします!」



「なんか運営めっちゃ必死だな……」


 麒麟の声は確かにユーザーたちに届いていた。


「俺もうログアウトしよっかな。なんか皆入ってるから入ったけど、ログアウトしないとアカバンすんぞってメッセージきてるし」

「運営のお姉さん必死だもんな。なんか気の毒になってきた」

「俺あんまギルドのどうこうとか興味ないし落ちるわ」

「俺も。大丈夫かなサービス再開できんのかな?」

「わかんね。長引けば長引くほど遅くなんじゃね?」

「違いねぇ」


 麒麟の懸命な呼びかけもあり、ただ祭りを見に来ただけの野次馬たちは必死になってメタルウイングを落とそうとしている海外ユーザーを尻目に順々にログアウトしていく。


 しかしメタルウイングへの攻撃は一向にやむ気配はなかった。


「もうちょっとで落とせるネ」

「金星はミーがいただくぜ!」

「我らホワイトナイツの意地を見せよ!」


 メタルウイングのシールド耐久値は既に限界になっており、飛行するのもやっとという状態だ。

 麒麟が必死に呼びかけてはいるが、システムで無理やり落とさないかぎり彼らは攻撃をやめることはないだろう。このままじり貧になるのはわかっている。しかしそれでもこのフロストタイガーをやらせるわけにはいかなかったのだ。

 遼太郎は意を決して、メタルウイングの通信をオープンチャンネルで開く。


「こちらメタルビースト運営の平山です。皆さんがいかにメタルビーストを愛されているのかがよくわかり、我々開発は感謝しています」


「この状況で感謝だと! 何言ってんだあのド素人は!」

「待ってください!」


 矢島がマイクを握ろうとしたのを麒麟は止める。


「ここは彼に任せましょう」

「しかし……」

「彼ならやってくれます」

「真田女史……」


 矢島はもう一度通信ウインドウに映る遼太郎を見据える。


「我々開発一同は、これまでこの大型パッチに向けて様々な努力を惜しまず邁進してまいりました。しかし、既存ユーザーの皆様からの本来のゲームの面白さが失われるのではないか、そう言った懸念を払拭できなかったことが今回の件についての原因となっていると思います。ですが皆さん今一度落ち着いてください。我々開発者はユーザーの皆様と同じくメタルビーストを愛しています。この愛を情熱へと昇華し、現在言われているバランス問題を含め、解決に努めてまいりました。そしてよりよいバランスで皆様に楽しんでいただけるものになったと自負しております。皆さま、どうか悲観せず、期待してください! メタルビースト2.0は皆様の期待に沿えるよう新たな試みを多数入れております。更に次のパッチではまた新たなシステムを実装し……」

「それがユーザーを置いて行ってるとなぜ気づかないネ!!」


 蠍型のビーストが尾の部分からビーム砲を発射するとメタルウイングの羽を射抜く。

 下降していくメタルウイングをなんとかバーニアを吹かせて立ち直らせる。


「ワタシたちそんなものいらないネ。今のメタルビーストで十分ネ。過去をないがしろにして新しい物しかみない奴は死んでしまえばいいネ!」

「我々は今あるもので十分楽しんでいますわ。また余計なものを追加されてはたまらないですわ!」


 そこでようやく遼太郎はユーザーたちが何に一番恐れているか気づいた。

 彼らは安易な第二、第三のバランスブレイカーデスキャノンの登場を恐れているのだ。

 恐らく彼らが執拗なまでにフロストタイガーの破壊にこだわっているのは、この機体が新たなデスキャノンと誤解した為に違いない。


「皆様がデスキャノンについて恐れられているのはこちらでも把握しております」

「!?」

「我々もデスキャノンの調整については非常に頭を悩ませました。ですが、今回のパッチでそれを解消する術を用意しております! 安易な強武器の追加ではございません。皆様がより楽しめる、より愛着の持てるシステムを実装しています! どうか信じて下さい! 我々は以降課金での武器の配布は一切いたしません!」

「ふざけるな、二度も騙されると思ってやがるのか!」

「やらないと言った直後にやったのはそちらでしょう!」

「ユーザーの皆様が我々を信じられないのは重々承知しています。ですが、ですがもう一度我々メタルビースト開発運営チームを信じていただけないでしょうか!! 我々渾身の大型アップデートです。もちろんバランスには細心の注意を払い、今ある楽しさを壊さないように努めてまいります! どうか! 我々を開発チームを信じて下さい」


 その言葉と共にメタルウイングは逃げるのをやめて滞空する。


「と、止まっただと……」


 そしてメタルウイングのコクピットハッチを開くと、中からパイロットスーツ姿の遼太郎が姿を現した。


「な、生身で出てきましたわよ!?」

「く、クレイジー!」

「どうするのじゃ、この者を撃つのか撃たないのか!?」


 海外のギルド勢の攻撃が止まり、周囲を取り囲みながらも全員が動揺する。

 トリガーにかかった指はかたまり、やるなら今しかない絶好の好機。しかしバカとしか言いようがない理解不能な行為に動揺が勝る。


 懸命に願いと理想を口にする開発者を撃っていいのかと。

 このままここで停滞していいのかと。


 遼太郎は揺れるメタルウイングの上で膝をつき頭を下げる。

 そう遼太郎に出来るのは頭を下げる事しかないのだ。彼に出来るのはそれだけ。何も武器を持っていないプランナーの誠心誠意の願いである。


 開発室も息を飲む。最終手段としてユーザーのデータを破壊する覚悟と共にGMカイザーのゴッドGMソードで無理やりユーザの回線を強制切断させることはできる。

 麒麟の指はGMカイザーの緊急出撃スクランブルスイッチにかかっている。

 海外ギルドたちが攻撃を開始した瞬間GMカイザーを呼び出し、ユーザーのデータを破壊するしかない。

 ギルド連合、開発は遼太郎を中心にして共に動けない。


 深く頭を下げた遼太郎が顔を上げる。

 全員がゴクリと唾を飲む。


「皆さん、我々グッドゲームズカンパニーが総力を挙げて作り上げたパッチ2.0 新たなる試みを恐れないでください! 我々はあなたたちの敵ではありません! どうか我々と共に新たなるメタルビーストを楽しみ、ともに作り上げていきましょう!」


 時が止まったのではないかと思うような静寂。全方向から銃口をつきつけられた一人の開発者の叫びはユーザーに共に進むことを提示する。


 全てのギルド員達は連絡を取り合ったわけでもないのに、その銃口を下ろしたのだった。


「…………」

「…………三度目はないネ」

「ヒューッ、兄さんの熱いソウルに免じて、今回は待たせてもらうぜ」

「ふむ、妾はあまり気が長くはないぞ、はようせい」

「ホワイトナイツ、撤収しますわ。審判を下すのは……次にいたします」


 メタルウイングへの攻撃は完全にやみ。ギルド連合は次々にログアウトしていく。

 その様子を見守るようにギルドのリーダーらしき機体だけは残っていた。


「す、すごいでふ。システムのカットなしでユーザーのほとんどがログアウトしていったでふ」

「全ユーザーがログアウトしたら、即時サーバーのリブートをかけてください!」

「了解でゴザル!」


 新人ド素人である遼太郎の言葉がユーザーの心を動かしたのは迫田にもわかった。

 だが、納得できない。

 認められない。

 遼太郎が受け入れられ、自分が弾かれる現実が。


「なんだよ、だんだよコレ。なんであのクソ野郎の言うこと素直に聞いてやがるんだ。ありえねぇ」


 迫田はかくなる上はもう一度データセンターのポートを開き、何も知らないユーザーをもう一度招き入れてやろうと考えていた。

 ゆっくりと誰にもバレないようにPCを触る。だが


「勝手なことするなら自分のIDでパソコンに入らない方がいいぞ」


 後ろから声をかけられビクっとする。

 そう、第三開発室の誰とも違う、この異様なまでに冷たい声質。

 迫田はゆっくりと振り返る。そこには絶対零度の獅子、第一開発室室長の真田玲音の姿があった。


「姉さんなんでここに!?」

「私のところにまで苦情の電話がきたぞ」

「す、すみません」

「ほぉ、どこぞの誰かからアタックを受けたのか。それもメンテナンス中に」

「大事なユーザーデータが抜かれてしまって……」

「セキュリティ面での怠慢だな麒麟。チート対策に没頭しすぎだ。やはりお前にリーダーはまだ早かったか」

「すみません……」


 玲音は岩城をどけると、PCの前に座りUSBを挿す。すると凄い勢いでプログラムコードが走っていく。


「何を?」

「抜かれたデータの復元をしている」

「そんなことできるんですか?」

「私ならできる。今、追跡ツールも走らせた。アタックをかけてきたハッカーを追跡し、抜かれたデータを消滅させる」

「そんなことできるんでふか?」

「…………」


 玲音は何も答えなかったが、既にPCの画面に犯人とおぼしきIPアドレス、ユーザーIDが表示されている。


「さすが最強無敵の玲音女史。ウィザードいやウィッチクラスのプログラマーでゴザル……」


 プログラムが走ってほんの数十秒後、突如迫田の持っていたノートパソコンが爆発した。


「うぉっ!? なんだこりゃ!」


 見ると玲音はクツクツと悪役のような笑みを浮かべている。


「怖いな迫田。今時バッテリーの爆発なんて」

「は、はい、そうですね」

「もしかしたら偶然追跡プログラムがウイルスに感染して、偶然バッテリーを暴走させてしまったのかもしれないな」

「いや、そんなことは……」

「そんなことできるでふか」

「恐らく追跡してデータを消去させるプログラムと一緒に、ウイルスプログラムを仕込んだでゴザルよ」

「それってつまり、サーバーにアタックかけてユーザーデータを抜き出したのって……」


 全員の視線が迫田に集中する。

 迫田はたまらず開発室から逃げ出した。

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