第25話 決戦第三開発室

 大型アップデートに伴うメンテナンス当日

 開発室にはエース級のメンバーが集い、麒麟はまるでアニメの作戦司令官のように開発室中央に立ち、目の前のグリーンに染まるサーバー稼働状況モニターを腕組みしながら眺めていた。


「中継サーバーである各データセンター正常稼働中」

「ゲームサーバーも問題なしでゴザル」

「メンテナンス開始時間まで残り10分切りました」


 岩城と高畑を含めた技術者も緊張した面持ちで時間を待っている。

 麒麟はチラリと自身の腕時計を見やる。


「18時55分です」

「全サーバーに最終ログアウト警告」


 作戦開始であり、麒麟の指示により開発者たちがメンテナンス開始によるログアウトを促す警告文を打ちこむ。


「ログアウト警告発信しました」

「現在のログインユーザー数は?」

「かなり残ってますね。掲示板で言ってた大規模ギルドのほとんどがログイン中っす」

「抗議のつもりでしょうね」

「19時00まで残り10秒」

「…………」

「5、4、3、2、1、1900時間です」

「全稼働ゲームサーバー及び中継データセンター停止」

「データセンター停止します」

「稼働サーバー停止」


 麒麟からの指示により岩城がサーバー停止コマンドを発行していく。


「中継データセンター、1号機から4号機、全機停止しました」

「続いて稼働サーバーEUデルタサーバーポート閉塞」

「同じく北米ガンマサーバーポート閉塞」

「日本アルファサーバー及び中国ラムダサーバーポート閉塞」

「中東、ロシア、ゼータサーバーポート閉塞」


 サーバー稼働モニターには全て[切断]と赤字で表示される。麒麟はそれを確認し、次のフェーズに移行する。


「了解、それでは総員メンテナンス作業開始してください」

「了解」

「EUユーザーデータ退避開始」

「同じく北米、アジアサーバーも開始」

「中東ロシアサーバー開始」

「了解、データ退避後、実データの実装、及びゲームサーバーでのテストを開始してください」

「了解」


 ここからは時間との戦いであり、メンテナンス作業は夜更けまで続いていく。


 ユーザーデータの退避が終わり、ゲームクライアントのバージョンをアップさせた現在の時刻は午前4時過ぎだ。

 開発室全員が用意されたテスト項目を順次チェックしていく。


「負荷チェック問題ありません」

「第1から第30までのイベントチェッククリアです」

「31から最終までクリア」

「サウンドも正常確認」

「ヘルプデータに誤字が発生しています」

「誰ですか」

「すみませんここ俺っす」

「了解です。誤字くらいならすぐ修正できますね。テスト中に発覚したものは後でまとめて直してからもう一度アップデートをかけます」

「了解です」

「ではここからは実際にゲームへと入ります。バトル班はヘッドギアを装着後ゲームへとダイブして下さい」


 遼太郎は自分にできることがほとんどなく、開発室のパシリをしていたが麒麟からヘッドギアを手渡される。


「あなたが企画したものです、見てきてください」

「はい!」


 遼太郎はヘッドギアを被るとメンテ中のゲームへとダイブした。


 再び時間は進み、バランス調整、細かなバグの修正も終わり、無事にアップデートが完了する。


「全チェック項目終了、お疲れ様です」


 現在夕方の17時、途中二度の交代を挟みながら、なんと24時間メンテは2時間の貯金を残して完了となったのだった。

 麒麟のお疲れ様でしたの声で、開発室全体に歓声が上がる。


「やったーーー終わったでゴザルー!」

「疲れたでふ、糖分補給でふ」


 椎茸はデスクにあるチョコをまるで飲み物のように飲み込んでいく。


「お疲れ様です」


 矢島が麒麟に缶コーヒーを差し入れる。


「すみません、ありがとうございます」

「ずっと緊張しっぱなしだったでしょう」


 確かに仮眠をはさんでいるとは言え、ずっと指揮を続けていた麒麟の足は小さく震えていた。


「その歳でよく頑張ったと思います」

「歳は関係ありませんよ。ただ……メタルビーストの初回のアップより緊張したかもしれません」

「でしょうね、休日出勤ですか?」

「はい、一応三日とも夜勤で出るつもりです。昼間はお願いしますね」

「人の少ない夜間の方が大変でしょう。かわりますが」

「いえ、岩城さんと私は多分分散した方がいいでしょう。もしもの時に対応が違ってくると思います」

「ですが……」

「それより平山さんはどうしました?」

「あのド素人ならまだゲームサーバーの中ですね」

「まさか何かあったんでしょうか?」

「いや、遊んでるだけでゴザルな」


 岩城は遼太郎の状況をモニターに表示させると、メタルウイングが誰もいない新マップを飛んでいる姿が映し出されていた。


「良かった。失礼なんですけど、私あの人が黙って単独行動してる時って大体何かよくないもの、後になるといいものなんですけど、そんなものを見つけてくるんじゃないかって」

「確かにわかるでゴザル。致命的なバグをすまなさそうな顔して持って帰ってきたりするでゴザル」

「そうそう」


 アッハッハッハと開発室に笑いが漏れ、遼太郎の話でもしようかとした矢先岩城のPCモニターに通信ウインドウが開きパイロットスーツ姿の遼太郎が映し出される。


「あの岩城さん、ちょっと聞きたいんですけど」

「なんでゴザルか?」

「おいド素人テメーとっとと戻ってこねーとサーバー開けられねーだろうが!」

「まぁまぁ後2時間もあるでゴザルから、たまには人のいないゲーム世界を楽しむでゴザル」

「いや、そのですね。今ここに誰かいるとまずいですよね?」

「当たり前だろうが。サーバーのリブートかけて、イベントフラグを一旦リセットしなきゃ全てのクエストが動かないんだよ。そんなことも……」

「どうかしたんですか平山さん?」


 麒麟は様子がおかしいことに気づき声をあげる。


「いや、そのユーザーさんがですね。続々とログインしてるんですが、これ何かの間違いですか?」

「はっ? 何言ってやがる、すべてのデータセンターが閉じてんだからメンテ中のサーバーに入ってこれるわけ……」


 全員がサーバー稼働モニターに視線を移すと、そこには全サーバーのカラーがグリーンになり[稼働中]を示していた。


「な、なんで!?」

「サーバーが動いてやがる! 誰だ勝手に動かした奴は!」

「とにかくデータセンターを停止してください!」

「ダメです、次々にユーザーがログインしてきます!」

「緊急停止キーの使用を許可します! 急いで落としてください!」


 矢島と岩城は自分のデスクの下にある鍵穴に、いかついキーを差し込む。


「カウントいくでゴザル3、2、1!」


 二人は同時にキーを回すと、データセンターに緊急終了コマンドが発令される。

 だが稼働モニターに変化はない。


「データセンター止まりません!」

「なんで!?」

「ダメでゴザル、例えデータセンターを止められたとしてもゲームサーバー内でユーザーが生きてるでゴザル!」

「ゲームサーバーも緊急停止させてください!」

「ダメでゴザル! 今ログインしているユーザーの大半がアップデートを正常にしておらず、この状態で無理やりサーバーを落とせばユーザーデータが破損するでゴザル!」

「退避データから復元をかけます! 今はなんとしてもユーザーをゲームサーバーから追い出してください。このままじゃ無茶苦茶になってしまいます!」

「まずい、まずいでふ。こいつらどうやって……」


 椎茸は自身のPCモニターに映る警告メッセージを見て青ざめる。

 そこには第三者からの不正アクセスを示すログが流れ、自社サーバーが攻撃を受けていることを表示していた。


「どうした椎茸」

「誰かが退避サーバーからユーザーのセーブデータを抜き出してるでふ!」

「なんですって!?」

「こいつらが流入したと同時にウチのISPに攻撃、ファイヤーウォールを突破して、ユーザー管理サーバーにアタックがかけられてるでふ!」

「どうやってそんなことを!?」

「このままじゃ全ユーザーのデータが抜き取られるでふ!」

「ユーザーデータが人質にとられたでゴザル! これではデータが破損しても復元できぬ!」

「今ログインしてきてる奴らがわかりました。こいつら掲示板の奴らだ……EUデルタサーバー ギルドホワイトナイツ、中国ラムダサーバー、神龍、中東ゼータサーバー、オベリスク、北米ガンマサーバー テキサスファイア、日本アルファサーバー、神威。クソこいつら本気でやりやがったんすよ!」

「彼らの目的は!?」

「確か2.0の象徴であるフロストタイガーを破壊すると……」

「フロストタイガーは今どこにあるんですか」

「新マップである黒海海底研究所の中でゴザル」

「ユーザー新エリアに侵入!!」

「間違いない彼らはフロストタイガーを破壊しようとしている」

「コミュニティチームから連絡、大変でふ! ハッキングをかけたユーザーがこの様子をネット配信してるでふ! フォーラムは大炎上でふ!」

「そりゃ最高に面白いでしょうね。メンテナンス中のサーバーに潜り込んで目玉の機体を破壊しようとしているなんて」

「黙って破壊されるところを指をくわえて見ているしかないでゴザルか!?」

「せめて動けばまだ宣伝になったでふが……」

「バッキャロー新型がメンテ明けを待たずに破壊されるのがどこに宣伝になるってんだ!」


 矢島の怒鳴りに椎茸はひぃっと怯える。


「誰がサーバーを開けたでゴザルか! そいつが戦犯でゴザル! この落とし前つけさせるでゴザルよ!」

「今はそんなこと言っても……」



「なんか大変そうだな」


 全員が振り返るとそこにはニヤけた顔の迫田の姿があった。


「さ、迫田テメーかぁぁぁぁぁぁ!!」


 矢島が迫田に殴りかかろうとする。

 しかし麒麟が無理やり割って入る。


「やめてください!」

「そうそうやめて下さいよ俺無関係ですから。サーバーが勝手に開いてユーザーとハッカーがわんさかやってきてユーザーデータ抜いて行ったなんて全然知らないっすから。まぁ強いて言うならセキュリティもあの新人企画マンにしっかり企画してもらった方がよかったんじゃない? って話、ハッハッハッハッハッハ」

「き、貴様ぁぁぁ、拙者らの拙者らの汗と涙と希望と再起をかけたアップデートを、許さん殿中でゴザル!」

「やめてくださいって言ってるじゃないですか」


 飛びかかった岩城は一瞬で迫田に押さえつけられた。


「いだだだだだだ!」

「岩城さん、俺あんたも気に入らないんですよね。俺がいた時は大して仕事してくれなかったくせに、平山に変わった瞬間人がかわったみたいに仕事熱心になってさ。なんで俺の時は働いてくれなかったんすかね?」

「拙者は元より真面目に働いていたでゴザル。自身の指揮能力のなさを他人のせいにするなでゴザル! この際である、貴殿が平山氏より勝っているところは一つもないでゴザル! ちっぽけなプライドの塊で己のことしか優先せず、クリエーターの気持ちを考えることができない、貴殿は新人以下のド三流プランナーでゴザル! 茶くみからやりなおすか業界から足を洗うでゴザル!」

「ふざけんなよゴザル!! ぶっ殺されてーのか!」


 岩城の腕は無理やり捻じ曲げられ、これ以上いくと折れるというところまできていた。


「やめてください!」


 麒麟が無理やり迫田を突き飛ばす。


「あんたも黙って俺に守られてりゃ可愛げがあるってのに。籠から出たがるところが可愛いのに、ほんとに出ていったら可愛くないだろうが!」


 男の人に本気で悪意をむけられたことがない麒麟は迫田の目が恐ろしくて泣きそうになっていた。


「やばい! ユーザーが研究所に気づいたっす」


 モニターには次々と海の中に潜っていくビーストの姿が見える。

 魚やカニの形をしたビーストたちが次々に魚雷を放ち研究所に命中する。

 研究所が爆発すると、ユーザーたちからはブラボーと歓声が上がる。

 その様子を見て麒麟はぺたりと膝をついた。


「私たちの新しい決意が……壊されて……」


 全員がモニターから視線をそらした中、迫田だけがゲラゲラと笑っていた。


「アッヒャッヒャッヒャ、最高だぜ、俺をハブにしたゲームなんか潰れちまえばいい。ほら、開発者の心が折れたのでサービス終了しますって告知だしとけよ、アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ」

「なんてひど……」

「研究所から反応!」

「ヒャヒャヒャ は?」

「これは、平山ちゃんのメタルウイング!」

「モニターに映してください!」

「はい!」


 すぐさま遼太郎のメタルウイングが翼をはためかせながら海中から浮上してくるところが映し出された。


「平山さん、そこは危険です。ユーザーたちの標的になる可能性が高いです! 今すぐログアウトし……」


 しかし麒麟は絶句する。遼太郎のメタルウイングのクロー部分に新型であるフロストタイガーが掴まれていたからだ。


「なっ!? あの野郎!」



 ユーザーたちもすぐにそれに気づき、全世界の混成ビーストたちが遼太郎のメタルウイングを追いかける。

 ようやく通信ウインドウが開き、遼太郎の顔が映し出される。


「フロストタイガーを離脱させます! なんとかこちらが持ちこたえている間に、ユーザーをログアウトさせてください!」

「平山さん」

「平山氏!」

「ド素人!」

「この機体はメタルビーストというゲームの再起をかけた証明なんです。それを破壊されるわけにはいきません!」

「ダメなんです、データサーバーが落ちないんです。それに彼らはユーザーのデータを持ち出して……」

「強制終了はできないんですか!?」

「強制終了させたら今そこにいるユーザーたちのセーブデータが破損してしまうんです。でもデータを抜かれてしまってるから復元できないんです!」

「そんな!?」

「真田女史、この際ユーザーのデータを守るなんて言ってられないでしょう。それこそこのゲームが破壊されてしまいます!」


 矢島の声に麒麟は泣きそうな顔を上げる。




「あのメタルウイングを落としなさい! 奴らは我々のメタルビーストを破壊しようとしている諸悪の根源ですわ」

「奴を落とすのはこの神龍ネ。ハッキングも出来ない雑魚どもは道をあけるよろし。シャドウスティンガー、ビーストモード!」

「ヘイヘイ、スターを落とすのはミーたちテキサスファイアだ。子猫ちゃんたちはお家でねんねしてな。なんなら子守唄を」

「ホーーーーッッホッホッホッホ! 妾らオベリスクが新たなる力など不要ということを教えてやるのじゃ。皆の者進むのじゃ、そして妾に勝利をもたらすのじゃ」


 様々なビーストたちが地を駆け、空を舞い、メタルウイングを追いかけていく。

 そんな中少しだけ離れた位置に鎧武者のような機体が揃っている。


「なんかほんまえらいことになっとりますな。お嬢、ほんまにこれでウチらのメタルビーストがかえってくるんですの?」

「ただ単純に全力で運営に迷惑かけてるだけだろう。この行為になんの意味もない」

「お祭り気分で来てるやからばっかりどす」

「撫子、後は任せる」

「御意に」


 先頭の鎧武者が踵を返すと、後ろに控えていた機体が前に出る。


「ウチら日本サーバーだけ何もしないわけにもいきまへんしね。神威出ますえ。地獄兄弟も仲間連れて帰ってきてるし。さすがに下品な奴らだけが日本の代表と思われるのも癪どす」

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