第19話 パワーファイター
「あ、あの天城さん……」
「んーなにかなー?」
「その……もう少し離れていただけると仕事がしやすいのですが」
「ダメかなー」
「いや、あの」
「これ君の注文だよ?」
「そう言われると弱いのですが……」
翌日、第三開発室にはべったりと遼太郎にしなだれかかっている雪奈の姿があった。
なんと昨日の内に第二開発での仕事を全て終わらせ、翌朝にはこうやって第三開発にヘルプとしてやってきていたのだった。
その様子には第三開発室のメンバー全体も開いた口がふさがらない。
「なんか凄いことになってるでふ」
「う、うむ桃園の誓いも、もしかしたら劉備と関羽が男女であったらこうなっていたかもしれないでゴザルな」
岩城はずり落ちかけた眼鏡を戻す。
「あーあーあんなにくっついて、あれじゃ完全にただのバカップルでふ」
「マウスを二人で握ってるでゴザルな。うらやまけしからんでゴザル」
岩城と椎茸は殺意の波動を感じ後ろを振り返る。
「でも使えるものはなんでも使いますよ」
「姫!」
殺気の正体は麒麟だったようで、久しぶりに負のオーラに満ちている。
「ひ、姫、天城殿は我らの窮地に駆けつけて下さった援軍ですぞ! 決して敵軍ではゴザらん! 何卒寛大な処置を!」
「は? 別に私怒ってなんかないんですけど」
麒麟の持っていたノートパソコンからベキっと嫌な音が響く。
「そ、そうだ椎茸殿、天城殿が戦列に加わって作業の方はどうなってるでゴザルか?」
「いや、今日来たばっかりだし、そんなかわらないでふ……けど。武器データ半分やってくれると」
「か、可能なのでゴザルか? 彼女メカデザインをやっていた人間ではないであろう」
「いや、それがね……もうできてるんじゃないかって思うんでふ」
「それはどういう?」
「さっき天城さんの共有ファイルを見に言ったら完成データが並んでたんでふ」
「ではなぜ、それを提出しないでゴザルか?」
椎茸はもう一度遼太郎と雪奈を指さす。
「平山君、ボク遼太郎君って呼んでもいいかな?」
「もうなんでも大丈夫です」
「ありがとう、遼太郎君。うん、ボクもうこのままずっと第三にいちゃおうかな」
「…………平山氏と一緒にいる為にわざと引き延ばしてると?」
「……考えたくはないでふが」
「それ、適当な仕事してるんじゃないだろうな。椎茸その完成データってやつ見れるのか」
二人の会話に矢島が割って入ってくる。
「多分見れるでふ」
「見せてみろ。例え別部署の人間だとしても使えねー人間がいたら迷惑なだけだからな!」
椎茸は天城の共有フォルダから完成データの一部を引っ張ってくる。
それを矢島、麒麟、岩城はほんとにできてんの? と懐疑的な視線を向ける。
しかし予想に反してデスキャノンを殺すに相応しい凄まじいクオリティの武器が出来上がっていた。
「えっ、なにこれエフェクト派手……あっクオリティすご……」
「この薬莢が飛び出るギミックがいいな。硝煙の出方も渋いぜ」
「一番恐ろしいのが、これだけ派手なのにデータ容量は規定値をしっかり守っているところでゴザルな……」
「さすが天才天城雪奈としか言いようがないでふ。煙の出方一つとってもとんでもないくらい技術がつめこまれてるでふ。それをこの早さ、頭おかしいとしか言いようがないでふ」
「椎茸、お前もそれぐらいできねーのか?」
「キ〇ガイを基準に話を進めないでほしいでふ。三日でスカイツリー作り上げる業者がいて、それを基準に建築依頼するとひどい目にあうでふよ」
「まぁ完成してるなら俺から言うことは何にもねぇ、ゆっくりしてもらっていけ」
「平山氏が動けなくなるでゴザルよ」
「天才デザイナーと新人企画マンなんか天秤にかけるまでもねぇだろ。好きなだけ玩具になってろ。平山お茶でも出さねーか、気がきかねーなお前は!」
「はい、すみません! ちょっと給湯室にいってきます」
「あぁボクも一緒に行くよ」
矢島はあっさり手のひらを返してデスクへ戻り、雪奈はすっかり遼太郎の尻を追いかけていた。
「現金な人でふ」
椎茸は矢島を白い目で見ていると開発室をでようとしていた天城から声がかかる。
「椎茸さん、きつそうなら言って下さいね。ボクまだ余裕あるのであと倍くらいまでなら大丈夫ですよ」
「それって全部でゴザルな」
「一生いてほしいでふ」
「拙者ら一生かかっても第二開発に勝てそうにないでゴザルな」
麒麟はぐぬぬぬぬと呪詛のようなうめき声をあげながら休憩室に入り、腰に手をあててジュースを煽っていた。
そこにブラック缶を持った桃火がやってくる。
「どう、雪奈の様子?」
「あっ、姉さんありがとうございます。第二も忙しいのにエース引き抜いちゃって」
「いいのよ。あの子の仕事は終わったから、こっちも助かってるわ。多分あのままだったら今日もずっと進まないままひきこもってるだけだったと思うから」
「あのさ、姉さんにはすんごい感謝してるんだけどさ」
「リョウタローのことでしょ。だから言ったじゃんあの子テンションで仕事する子だって。おかげで一晩で仕事終わらせたんだけど」
「それクリエーターとしてどうなんですか?」
「グラマーは気が進まないなりにもソースコードは書けるけど、デザイナーは気が乗らなかったら本気で描けないからね。いいじゃないアクセル踏めればどのクリエーターだって追いすがれないもの仕上げてくるわよ」
「そういうもんですか? でもアクセル踏むきっかけが男の人って」
「潔癖症ね、もうちょっとあんたも人に対して頭柔らかくしなさい。上司に褒められてやる気になるのも男に入れ込んでやる気になるのも結果は一緒よ」
「意外ですね、姉さんならもっときっちりマンパワーを分析して工程を組み立ててると思っていました」
「そりゃある程度はするわよ。でもそう言うもんじゃないでしょゲーム作りって」
「やってみてつくづくわかります。あれは生き物ですよ。自分では制御しきれません」
「でしょ、だからこそ楽しいってところもあるけど」
「私は姉さんみたいにまだ場数が足りてませんから窮地を楽しむ余力はありません」
「何言ってんのよ、あたしだってそんなかわんないわよ」
そこまで言って桃火はブラック缶をあおると空の缶をゴミ箱にオーバースローする。缶は一度ゴミ箱に当たって跳ねた後小さな缶穴の中に入った。
「よし」
「行儀悪いですよ。……あっそうだ迫田さんどうなりましたか?」
「雪奈から直にあの人嫌いって言われたから外したわ。今は外回り多めにして極力開発室に近づけないようにしてる」
「それハブにしてるって気づかれてるんじゃ?」
「相当恨みためこんでるでしょうね。でもしょうがないじゃん、ウチのエース二回も壊されたらたまらないもん。それにああいうのって放置しておくとエースの方が退職届書いてきたりするから早めに手をうっておかないと」
我が姉ながらさすがだと思っていると、不意に桃火は麒麟に顔を近づけ声を潜めて話す。
「雪奈一途だから、あんたみたいに回りくどいことしないわよ」
「なっ、どういう意味ですか!?」
「そのまんまの意味よ。あの子恋愛に関しては完全にパワーファイターだから。ほっといたらあっという間にスクラップにされて連れて行かれるわよ」
「ち、違いますから。そんなんじゃないですから」
「もうその心持ちの時点で一歩負けてると理解しときなさい」
そう姉から妹に忠告すると桃火は満足げに休憩室を出て行った。
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