第18話 猫の導き

 頭部を破壊されたデスバットはゆっくりと立ち上がる。

 頭部を破壊されただけのデスバットと、全身を破損し煙を上げるメタルウイングとではどちらが有利かは言うまでもなかった。


「あぁもう、お前もうマジで死んでくれよ!」


 迫田は苛立ちながらスロットルレバーを押し込むと、デスバットはメタルウイングに膝蹴りをあびせ、続けざまに鎌で吹き飛ばす。

 その様子を固唾をのんで見守っていた雪奈は悔しかった。今何もできない自分が。

 彼のおかげで自信は返って来た。自分の中にあるデザインが今でははっきりと描くことができる。

 彼に負けてほしくない。自分の中のヒーローが悪者に負けるところなんか見たくないのだ。


「ボクに力があれば」


 そう呟くと、白き猫は雪奈の腕を抜け出し飛び跳ねる。

 まるでついて来いと言っているように。

 雪奈が白猫を追いかけると、猫はすぐ近くにあった洞窟の中へと入って行く。


「ど、どこに行くんだい」


 白猫は鎮座していた。まるで何年もずっとそこで待ち続けていたかのように。


「これは……」


 雪奈は見上げる、その白き鋼を、新たなる力を。

 洞窟に座するは白き鋼の騎士、メタルビーストの一機。超高速戦闘を得意とするその機体はお世辞にも初心者向けと言える機体ではなかった。

 だが、雪奈が求める力には十二分に答えてくれる機体である。


「お前のデータもぶっ壊れちまえよ!」


 迫田は横たわり動けないメタルウイングに巨大な鎌を振り下ろす。

 その瞬間突如島の中で爆発が巻き起こる。


「なんだ!?」


 迫田が振り返ったその先には銀色のマントを纏った鋼の白猫の姿が見える。

 グリーンに光るアイカメラ、人型形態の頭部にはネコ耳型のレーダーが搭載されている。

 白猫は鋼のマントを解放すると腰の細い華奢なボディに騎士甲冑をモチーフとして作られた装甲。

 その手にはレリーフ付きのナックルが装備されている。


「プライドオブキャット……だと?」


 プライドオブキャットはデスバットに指さす。


「その足をどけなよ」


 通信回線から聞こえてくるのは雪奈の声だ。


「元はと言えばお前が……指図してんじゃねぇ、仕事に戻れ!!」

「仕事はやるよ、ただ君をぶっ倒した後の方が清々しく仕事に戻れそうだ」

「ふざけるなよ天城。俺はここの開発チームだったんだぞ、お前ごときに俺が負けるわけないだろうが」

「あぁそう」


 デスバットは白く輝くプライドオブキャットに斬りかかろうとした。だが、さっきまでいた場所に猫の騎士はいない。

 突如デスバットの計器が全て異常を示す。


「えっ?」


 さきほどまでいた猫の騎士はなぜか自分の真後ろにいる。そしてなぜかデスバットのHPはほぼ0になっていた。

 迫田からは見えないが、デスバットのボディには山のようなナックルの跡がつけられており、プライドオブキャットが通りすがった瞬間百発の拳が浴びせられたことに気づいていない。


「なんなんだよその能力はよぉ!? なんで俺の知らない能力があるんだ!」

「君がいた第三はもうずっと前の話だろう。なら君の知らない能力を持つ機体があっても不思議ではないだろう」

「俺が抜けて、まだ数カ月だぞ! そんな短時間で新能力を追加するなんてできるわけが」

「じゃあ多分君に内緒で話は進んでたんだよ。クリエーターの悪戯って奴さ。使わないけどこんなのあったらいいのになって、でも仕様にそぐわないから封印されてきた。だけど、君が抜けて体制がかわったから封印がとけたんだよ」

「ふざけんじゃねぇ、じゃあなんで俺がいる時に案を出してこなかった!」

「さぁ、君に人望がなかったからじゃない? 自称ベテランプランナーさん」


 雪奈はコクピットの中で飛び跳ねる白猫を撫でる。


「ふざけんなふざけんなふざけんな!」


 迫田は呪詛のように叫びながらテンキーにコードを入力する。


「コード9999ファイナルアタック」

[FINAL ATTACK  STANDBY]


 死に体のデスバットが機体を持ち上げ、必殺攻撃へと移る。


「俺はそんなの認めねーーー!!」

「君はもう……部外者だろ」


 雪奈の言葉に完全に理性を失い、デスバットは空高く跳躍すると、翼を広げ凄まじい勢いで急降下してくる。

 画面全体にコウモリが襲い掛かるエフェクトが発生し、ファイナルアタックバッドカーニバルが炸裂する。

 だが、プライドオブキャットは鋼のマントを再び身にまとうと、デスバットの必殺攻撃をあっさりと防ぎ切ったのだ。


「なっ……に!?」

「君はクリエーターの遊び心に負けたんだよ」


 必殺攻撃を外して無防備になっているデスバットのボディに今度は百発の蹴りが叩き込まれ、デスバットのボディはズタズタになりながら爆発四散した。


「ふぅ、楽しかった」


 雪奈はいい汗かいたと額をぬぐうと、メタルウイングのコクピットからはい出してきた遼太郎を見やる。


「平山……遼太郎君だっけ」


 彼の熱い言葉が雪奈の胸の中を濁流のようにかき乱している。

 いい気分だ。こんなにも心が高揚しているのは生まれて初めてかもしれない。

 体が熱い、アバターだというのにこの心と体の熱さは一体なんなのか。

 全て彼のせいだ、責任をとってもらわなければいけない。

 自分を熱くした責任を。

 ああ、とてもいい絵が描けそうだ。想像力がとめどなく溢れてくる。

 これこそクリエーターの最高潮の精神状態だろう。この状態をキープできるなら自分はもっと高みに登れるのではないだろうか。もしかしたらこれ以上の精神状態があるかもしれない。

 そう思うと体が熱くならずにはいられない。

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