第12話 無能

「おい平山サウンドの武田が音アップしたからスタジオ行ってとって来い」

「了解です!」


 遼太郎はサウンドフロアで出来立てのサウンドデータを受け取り、再びすぐに開発フロアへと戻ってくる。


「矢島さんサウンドアップしました」

「了解。次はイベントセクションからなんか聞きたいことがあるって、お前が増やした場所だろ行ってこい」

「了解です!」


 遼太郎がこうやって各セクション内を走り回るのはもはや日常となっており、大多数の人間がPCと開発機に向かい合っている中、開発室内でシャトルランをしているのは彼くらいのものだ。

 企画マンとはそもそも開発が走り始めるとバランス関係の調整はあるものの、このように走り回って各セクションの御用聞きをするパシリ的ポジションだった。

 しかし一番下っ端と理解している遼太郎には毎日が勉強であり、技術がない分走って仕事するのは性に合っていた。

 今度はイベント担当の花山と話し合いを行い、その兼ね合いでUI班の真壁も交えて話し合いが広がる。


「はい、そのようにしていただければ」

「結構こっちの自由だけどそれで大丈夫?」

「はい、全然いいです。このイベントは僕の担当なので好き放題してもらって構いません。僕が無茶言って増やしたところでもありますので」

「それ、後で怒られる平山君だよ?」

「自由にしていいってことはそれだけ皆さんの磨き上げたスキルがいかんなく発揮されるということなので、それで怒られるものが出来上がってくると思ってません」

「言うね~。そう言われちゃ先輩としてもやらなきゃいけないよね。こういう大きいゲームだと自分の好きにできるイベントがなくてうずうずしてたんだよ」

「平山君やる気にさせるのがうまいよね」

「ああ、どっかの誰かと大違いだ」

「そうそう大してなんもやってないくせにベテラン大御所気取りのプランナー。行ってこいって言ったらなんで俺が行くんすか? とかすぐ口答えする。二度と使う気なくなるよ」

「はぁ……?」

「確かあいつ第二が引き取ったんでしょ?」

「らしいよ、第二順調なのに崩壊しなきゃいいけどな」

「人一人でこれだけ大勢の開発が崩壊するもんなんですか?」

「平山君、君は現場をまだ見慣れてないからわからないと思うけどね、優秀な現場を破壊するのはたった一人の無能だけで十分なんだよ」

「そうそう腐ったみかんに当てられて、他も次々に腐っていくんだ」

「それはいくらなんでも言い過ぎじゃないですか?」

「誇張表現じゃなくて、指示系統が無茶苦茶だと本来物凄いマンパワーを持っている人の性能を完全に封じ込めちゃうんだ」

「できることができなくなっちゃうの。それを無能は自分を棚上げして、なんでできてないんだって怒鳴るだけ」

「それ、まさか真田さんのことですか? 確か最初の方はやくバランスなんとかしろってずっと言ってたんじゃなかったでしたっけ?」

「彼女は違うよ。麒麟ちゃんはゲームへの愛情と開発への愛情がとっても深いんだ。だから成果物がこのまま朽ちていくことを人一倍良しと出来なくて、その責任感から一番焦ってた。年齢を言い訳にしちゃいけないけど、彼女もあの若さで初リーダーだからね。当然至らない点はあるよ」

「ありゃ見てて気の毒だった。毎日怒ってるけど泣きそうだったもんな。アイデアで完全につまってたから、彼女の手ではどうしようもないよ」

「確かにリーダーの焦りってのは下に伝染するから本来やっちゃいけない。しかしあれだけの窮地に立たされて責任感の強い子なら心を壊してもおかしくなかった。それだけリーダーの背負うプレッシャーは重い」

「俺たちにも責任はあるんだ、確かに意見を言わなさ過ぎた。そりゃ怒りたくもなると思う」

「君を呼びに行ったのは多分藁にも縋る思いだったと思うよ」

「そんな切羽詰まってたんですね」

「そんでまぁ無能っていうのが、リーダーが焦りまくってデッドロックかましてるのにパソコンと一日中睨めっこしながら、仕事しない企画マンがいてだな」

「あいつ図太かったよな。全員のお前待ちだって視線をものともしてなかったし」

「あれはあえてスルーしてたんだと思うぞ。このまま放置しとけば委託会社と麒麟ちゃんの責任で済むけど、テコ入れして失敗したらその責任が全部自分にくるってわかってたからでしょ」


「なんでできてないんですか! これ昨日までにできてるはずじゃないんですか!?」


 突如響き渡る声に驚いて遼太郎は振り返る。


「あれが無能だ、いい機会だ見とくといい」

「100点の無能が見れるぞ」


 言われて遼太郎は聞き耳をたてる。どうやらこの声は迫田と第二開発の誰かが話しているようだ。


「いや、仕様変更をかけたのは君だろう。僕はたった一日じゃ仕上がらないと断ったはずだ」

「ちゃんと断る理由がないならやってもらいますって、昨日俺言いましたよね!」

「君の仕様書に納得できないと言ったはずだ」

「そんなもん理由になるわけないでしょ! 仕事してくださいよ!」

「あのね、君、唐突にメインキャラクターのデザイン変更なんて言い渡されてもできるわけないでしょ」

「ちょっと袖を半袖に直すだけじゃないですか、なんでそれができないんですか!」

「あのねぇ、キャラデザっていうのはキャラクターの性格や心情を反映させて作り上げるんだ。この子は病弱設定なのに半袖になってたらおかしいでしょ?」

「夏の設定なのにこいつだけ長袖っていう方がおかしいでしょ!?」

「それは君の主観的な感想だろう? 夏場に長袖を着ている人間だっている」

「そんな奴いたとしても一般的じゃない!」

「彼女はその一般的な人間じゃないんだ。……もし仮に半袖にしたとしてもVRモデルだけじゃなくて、デザインからやり直す必要があるんだ。キャラクターの袖もただ単純にカットすればいいってものじゃない」

「他のキャラクターが着てる夏服着せればいいだけでしょ?」

「君、キャラクターちゃんと見てないのかい? キャラクターの制服はそれぞれキャラに合わせて変えてるんだ。同じに見えてもアクセサリをしていたり、袖を折り返していたりと同じものを着ているキャラは一人もいないんだ」

「そんな小さいとこユーザーは気にしませんよ。とにかくやってもらいますから! 夕方また来ます」


 迫田は肩を怒らせながら、第二の開発フロアから出てきた。


「くそ、大体なんで俺がVRのギャルゲなんか作らなきゃいけないんだよ、畜生。俺は壮大なRPGやオンラインゲームを作って、その一番の生みの親としてメディアにとりあげられる存在に……」


 遼太郎と目が合うと迫田は敵意むき出しの目で睨むと、そのままエレベーターへと向かって行った。


「なっ、100点だろ」

「確かに結構無茶苦茶ですね」

「開発者ってロボットじゃないからさ、特にデザインやグラマーの人たちは職人に近いんだ。彼らは自分の想像力と仕様の内容を融合させてキャラなりプログラムのデザインを仕上げてくるんだ。人にはわかりづらいかもしれないが、それこそ髪の跳ね具合、ロボットの角、些細なソースコード、わかりにくいこだわりをたくさんいれて、一つ一つはわからなくてもそれが集合体になることでそのデザイナー個人の仕事が完成する。それをあんな風に自分が夏に長袖はおかしいなんて価値観だけでデザインを捻じ曲げちゃいけないんだよ」

「勿論デザイナーがとんがり過ぎてもダメだから折り合いをつけるところは必要だよ。でも、あんな風に俺の言った通りにやれって言われたらさ、それってもう誰がやっても同じ仕事になるよね?」

「これは開発者が一番言っちゃいけないけど、そんなに嫌ならテメーがやれって奴だ」

「う~ん、大変だ」

「君はあんな風になってくれるなよ~」

「頑張ります」


 話し合いを終えて遼太郎は再び第三開発へと戻ってくる。


「おせーぞ、どこで油売ってた!」

「すみません! イベントは花山さんが予定通りであげてくれるみたいです。UIとヘルプも追加イベント分以外はアップです!」

「了解、少し休んでいいぞ」


 ようやく一息ついた頃には既に午後三時を回っていた。

 遼太郎は遅い昼食をとる。そこに高畑が缶コーヒー片手にやってくる。


「あれ、平山ちゃんまた塩おにぎり? もっといいもの食べないとぶっ倒れちゃうよ?」

「いえ、これが一番手軽で、すぐ食べられますからね」


 むしゃりむしゃりとおにぎりを食べると、遼太郎の昼食はわずか三分も経たずに終わった。

 遼太郎は表計算ソフトを起ち上げて、現在の開発状況を確認する。


「えーっとサウンドはアップで、イベントも後追加分だけ。UIもほぼアップ。本データの方もダミーデータで調整中、モデリングは明日テスト実装。あれ、プログラムの進捗が一気に落ちてるな……そっか真田さんが新しいチート対策うつからって抜けたんだな。恐るべし真田麒麟、たった一人でプログラムチームを三倍加速させていたとは。でもさすが真田さん、貯金作ってから抜けてくれたみたいだし、多分大丈夫でしょう」

「やるねぇ、進捗に遅れがないっていうのは企画マンがしっかりしてるって言ってたよ」

「これは皆がメタルビーストを復活させたいっていう気持ちがあるからですよ。それに俺なんかなんにも。ほとんど矢島さんが仕切ってくれてますし」

「謙遜がうまいなー。そんでさ平山ちゃん。この一本だけ赤色になってる棒線なんなの?」


 高畑が指さすと、そこには遅延を示す赤い棒グラフが表示されていた。


「あぁこれはモデリングセクションです。これはもう最初から没データの流用をするから、ほとんど完成していて、明日ダミーデータと本番データを差し替えたら一気に完成になりますよ」

「ほー、じゃあ今んとこパーフェクトってことだな」

「イエス、アイアム!」


 このままいけばデバックに時間とれるし、もしかしたらもうちょっと無茶言ってもきくかもと遼太郎の心にもゆとりができていた。

 しかしそれは長くは続かなかった。

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