第13話 トラブル

翌日


「た、大変でゴザルゥゥ!!」


 朝っぱらから血相をかえて岩城が飛び込んでくる。その様子を高畑は面白い動物を見るように眺める。


「あれ、どうしたんすか岩城さん。かなりキショイ顔してますよ」

「キショイのは元からでゴザル! 平山氏はどこでゴザルか! 一大事でゴザル!」

「えっ、どうしたんですか?」

「没データが、没データの流用ができないでゴザル!」

「えぇっ!?」

「とにかく急いでくるでゴザル!」


 岩城の尋常じゃない具合を見て、矢島をはじめとした各セクションのボスたち一同が椎茸のデスクへと集まってくる。


「なに、どしたの?」

「新しく実装する予定の目玉装備、没データから流用するはずだったんですが、できなくなったらしいです」

「どういうことだ椎茸ぇぇぇぇぇ!!」

「ひぃっ!」


 矢島の怒声に縮み上がる椎茸。

 彼のPC画面にはモデリングデータが映し出されているが、それと同時にエラーのポップアップが上がっている。


「そ、それが姫と岩城君たちで新しく作ったVRの新描画エンジンが、没のデータを読み込まないでふ」

「なんだと、なんでだ!?」

「恐らく、この没案をモデリングしたソフトはストロングウェーブVRだったでふが、開発途中で性能の良いヴィジュアルエフェクトにかわったでふ。恐らく両方のファイルで保存形式が一致してないでふ。見た目同じのファイル形式でも、ソフトによって圧縮のかけ方とかが違うから多分それのどこかで引っかかってるでふ」

「じゃあなんで今まで読み込めてたんだよ!」

「い、今までの描画エンジンは処理はくっそ重いでふがなんでも読み込めるのが強みで、逆に新エンジンは処理や組み込みが物凄く楽でふが、ファイル形式を守らないとこのようにエラーをはくでふ」

「そんじゃそのヴィジュアルエフェクトとやらでもう一回作りなおしゃいいんすか?」

「簡単に言うけど、互換性がないソフトでやると全部一から作り直しでふ。それだと新アイテム作るのも没案の流用も大してかわらんでふ!」

「まぁ、流用できてないわけだからな……」

「待て、お前貯金作るために次の次のパッチ分の武器のモデル作ってただろ! それを先に実装しちまえば!」

「ダメでふ。今回実装するのは射撃武器でふ。僕が作ってたのは近接格闘用の武器で全然違うでふ!」

「かーっ、この土壇場でそんなこと言いやがって」

「しょうがないでゴザル。普通アイテムを実データにのせるコンバート作業は時間がかかるから最後の方までやらないでゴザル。今回はまだ実験でのせようとしたから発覚したわけでまだ運がいい方でゴザル」

「岩城、新エンジンを元に戻せねーのか?」

「無理でゴザル、もうシステムの深いところにいくつも組み込まれてるのでこれを解体してもう一度前のエンジンを組み込むことは不可能と言っても過言ではないでゴザル」

「椎茸、それを一から作り直したとしたらどれくらいかかるんだ?」

「プレイアブル機全機の武器を新しくやり直して、機体の干渉とバランスをとってSEのせてモーション仕上げるってすると三週間は欲しいでふ。でも頑張って毎日徹夜すれば一週間でできるかもしれないでふ……」

「そりゃ無理だな。途中で力尽きてる。他のグラフィックチームの連中は?」

「新雑魚と新ボスの仕上げ中でふ。他にもウェブサイトの更新用素材、パッチ用のPVでとても手が回らんでふ……」

「なら最後の手段として、武器の見た目は変えず既存の武器で誤魔化すか……」

「外注はどうなんすか? 足の速いところなら」

「一から作らせて、プログラマーもデザイナーもきっちり囲ってるウチより足の速いところはねぇ」

「でもこれって実装から三か月後に取得予定の武器なんだろ? それなら最初はダミーにして来月くらいにどこかでメンテ入れてデータを差し替えれば」

「ダメだ、この武器はレジェンドウェポンというクエストでまずひな形の武器が渡されるんだ。そのひな形を装備していくつかクエストをこなしていくようになってる」

「えぇ、それじゃあやっぱ既存武器にするしかないか?」


 全員が唸り、場の空気がでもそれでいくしかないよな……と諦めに流れかける。


「でも、ここはデスキャノンを倒す、新たなる力を手にいれるところなんですよ。それが既存の武器だったら絶対ユーザーさんがっかりしますよ!」

「そりゃわかってるんだが……真田女史はチート対策で戻せねぇし、モデルを一からやり直すこともできねぇ」


 全員がどうすんだこれ……と俯く。だが遼太郎がゆっくりと下がった顔を上げる。


「あの、他の開発室にお願いするのはどうでしょうか? 武器のうち半分でも減れば現実的になるんじゃないでしょうか?」

「それができれば苦労はねーんだが。第一は俺たちより忙しいし、第二も似たような状況だ。第四はもうすべてウチに来てもらってるしな」


 八方ふさがりかと思い、矢島が苦渋の判断を下そうとする。


「待ってください、ここまで頑張って皆でデスキャノン殺しをしようとしてたんです。この武器は僕たちの新しい決意を表した武器なんです。これを見てユーザーも開発もデスキャノンは死んだんだなって理解するはずなんです! それをここまできて妥協したくないんです!」

「平山、夢語るのは学校だけにしとけ、お前は今会社にいるんだ。そこで無茶して今までの努力を水の泡に返す気か?」

「しかし!」

「しかしもおかしもねぇ! 皆ちゃんとしたもん作ってやりてぇのは当たり前なんだ、でも出来ることと出来ないことを、お……おめぇ……」


 矢島が怒鳴り声を上げようとして遼太郎を見ると、そこには土下座した遼太郎の姿があった。

 間に合わないから仕方ない。そんな諦めに走りたくない。

 それはあくまで開発の理由であり、プレイするユーザーには何の非もないのだ。

 まだできることがあるはずだ。それを探さず仕方ないで終わってほしくない。

 そんな思いをこめた頼みに、開発一同は唇を噛む。

 なんとかしたいのは彼らも同じなのだ。


「僕になんとか時間を下さい! なんとか第一か第二に頼んでみます。どうかそれまで!」

「バカ野郎、第三の仕事を他に頼むっていうのはお前一人で勝手に決めていいことじゃねーんだよ! それにおめーみてぇなド素人の企画屋が頼み込んでも突っぱねられんのは火を見るより明らかなんだ! 身の程をわきまえろ!」

「お願いします、やらせてください! 絶対になんとかします!」

「お前天狗になってんじゃねーだろうな、自分がこのゲームの全てを背負ってるような気になってんじゃねーぞ!」

「そんなつもりはありません。ですが出来る可能性があるなら僕はそこに望みをつなげたい!」


 矢島はこの青二才をぶん殴ってやろうかと思ったが、土下座する男の目があまりにもまっすぐであることに気圧される。

 そこにカツカツと足音を響かせて誰かがやってくる。


「なーに青春コントやってんですか? ここ会社ですよ?」

「さ、真田女史」


 麒麟がノートパソコン片手に仁王立ちし、土下座する遼太郎と、それをがなり立てる矢島を見据える。


「なんとなく話は聞かせてもらいました。私は平山さんに賛成です、頼み込むだけならタダです。お願いしましょう」

「あ、あれだけ自分の作ったものにこだわりのある姫が、他の部署に助けを求めるとは。平山氏の想いが姫の心を動かしたのか!? そなたの忠義はかの天下人豊臣秀吉にも勝るともおとらんでゴザルゥ!」

「岩城君ちょっとうるさいから黙ってるでふ」

「第一には私から言います。望みは薄いですが、平山さんがやるよりはマシでしょう」

「なら第二には俺が掛け合いましょう」


 矢島が前に出るが真田は首を振る。


「いえ、それは平山さん、あなたにお願いします」

「真田女史、このド素人には」

「いえ、諦めた開発室をもう一度ここまでやってみせようと説得したのは平山さんです。彼がいなければ他の部署に頼み込むなんてことはしなかったでしょう。我々の心を動かした平山さんに賭けてみたいと思います」

「真田さん」

「平山さん吐いた唾は飲めませんよ。我々をやる気にさせた責任はきっちりとってもらいます。このアップ間近の貴重な時間を止めるんです、全力で戦ってください」

「了解です!」

「椎茸さん、すぐに新データを作成してください。他のデザイン班で余力のある方は平山さんと私が交渉に成功した時にお渡しできるデザインデータ、美術をまとめてください」

「はい!」

「拙者らは間に合わあなったときの為の既存武器用のデータを作成します。それとどうにか新エンジンにファイルを読み込めるようにできないか試してみるでゴザル」

「お願いします。矢島さん平山さんが離れるので各部署の管理を」

「了解です」

「平山さんはOKとれるまで帰ってこないでください」

「了解です!」

「全員この程度で負けてたまりませんよ!」

「「「「おぅ!!!」」」」


 真田が大きく手を打つと開発陣は一気に作業に取り掛かる。


「ふごおおおおおおおモデリングがああああああああVRがあああああなんぼのもんじゃあああああい!」

「し、椎茸殿キャラが崩壊してるでゴザル」

「今回は僕のチェックミスでふ。迷惑をかけた分は自分でとりかえすでふうううううう! ファイトオオオオいっぱーーーーつ!!!」

「お、おぉぉ椎茸殿が完全に平山氏に触発されてるでゴザル」



 その頃真田は第一に連絡をとっていた。


「もしもし、すみません第三の真田です。お疲れ様です。第一の真田いますか? ……ロシア、ロシア!? サーバーの保管所に直接……ありがとうございます。…………くそ姉さん日本にいないのか……やりたくないけど携帯にかけるか」



 開発室内では矢島が檄を飛ばし開発陣を鼓舞する。


「お前ら、ド素人が失敗しようが成功しようが関係ねぇ、切羽詰まってる状態はかわってねーんだ! 己のやれることに全力で取り組め! 俺たちの仕事でこの先の命運は決まる。だらしねー仕事すんじゃねぇぞ!」

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