第10話 地獄兄弟

 通信ウインドウが切れると、レッドホーンがゆっくりと近づいてくる。


「麒麟あんたに恨みはないけど、あたしのこの姿に気づかなかった罰よ死になさい」


 桃火は初めての機体だというのに全く迷うことなく背中に装備されたライフルを的確に連射する。

 しかし向こうは開発チームのリーダー真田麒麟である。ブースターを軽くふかしながらスウェー移動してライフルをかわしていく。


「腐っても開発者ね、雪奈追いかけて」

「腐ってないと思うんだけどな~」

「いいから早く」


 雪奈はブーストペダルを踏み込み、素早くレッドホーンへと追いすがる。

 獣形態と人型形態ではやはり獣形態の方が速いらしく、レッドホーンの背中を捉える。


「貰った!」


 ターゲットをロックしライフルを撃ちこむとレッドホーンは馬の頭の形をしたシールドでライフルを防ぐ。


「あの人たち凄いな、もうミストバンシーの特性を理解してる。攻撃が凄く鋭い」


 麒麟側の通信ウインドウが開くと太っちょの、ちょっと自分の姉に似ている人物から通信が入る。


「撃ち合ってみたいので、撃ってきて」

「わかりました、適当に撃っていきますね」


 麒麟は適度に手加減しながら練習相手になろうと思ったのに、なかなかあのミストバンシーは手強い。しかし遼太郎の見ている前で無様な姿を見せることはできない。

 レッドホーンとミストバンシーはさながら実戦とさしてかわらぬ動きで撃ち合いを行うのだった。


 その頃遼太郎は肩にミサイルランチャーを担ぐ歩兵スタイルで戦場に出ていた。


「初心者さんの援護をしようと思ったんだけど、もしかしていらないかな?」


 遠目で見ても熟練者同士の戦いにしか見えない様子を見て遼太郎は首を傾げる。

 レッドホーンとミストバンシーの戦いは拮抗しており、なんと麒麟の方が追い詰められているのだった。


「ちぃ、使うつもりなんかなかったのに!」


 麒麟は操縦桿脇にあるテンキーに素早くコードを打ち込む。


「コード009ビーストモードアクション!」

[BEAST MODE ACTION!!]


 麒麟の入れたコードに合わせて機体が機械音声を返す。直後レッドホーンは変形し、四足のユニコーン形態となったのだ。


「レッドホーンのビーストアクションはレーダーとターゲットロックを無効化します!」


 突如ミストバンシーのロックが出来なくなり、レーダーもブラックアウトする。桃火は一瞬焦ったが、向こうが本気になったことがわかり、ニヤリと笑みを作る。


「ほんとあんた負けるの大嫌いだもんね。あんたが接待プレイできるなんてお姉ちゃん思ってなかったわよ」


 妹の性格を知り尽くしている桃火だからこそ笑みがこぼれる。

 しかし唐突にロックシステムが回復する。

 なぜ? と思うと、近くにもう一つ小さい反応があった。それはミサイルランチャーを両手に持った遼太郎だった。

 音声のみで遼太郎の声が聞こえる。


「レッドホーンのジャミング機能は変形時に射出された小型のビットですので、今それを破壊しましたから、レーダーやロックが戻ったと思います」

「ありがとう!」

「やるね遼太郎君」


 機能が回復しミストバンシーは一気に攻め立てる。


「うわーん、平山さんのバカ! レッドホーンの弱点ばらした上に、撃墜するなんてひどい!」


 遼太郎の通信機に麒麟の泣き言が入ってくる。


「初心者さん相手にビーストモード使っただけじゃなくてビーストアクションまで使う大人げない真田さんが悪いんですよ」

「うわーん、遼太郎さんのバカ―!」


「それじゃ遠慮なく決めるわ。雪奈!」


 桃火が叫ぶとミストバンシーは跳躍し、上空から攻める。

 しかし突如横からの攻撃でミストバンシーの機体は吹き飛ばされた。


「キャアッ!!」

「な、何!?」


 見るとそこには蜘蛛型で背中に巨大なバズーカを背負ったバズーカスパイダーと、丸っこい体に同じくキャノン砲を背負ったグレネードアリゲーターが課金装備であるデスキャノンを構えて立っていた。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ!! 我らギルドビーストアウトロー、貴様らのような初心者の戦いを見ていると虫唾が走るのだ!」

「我ら地獄兄弟が本当の戦いというものを見せてやる!」


「何、あいつら……」

「さ、さぁ?」


 桃火たちの困惑をよそに、二機はパレードのようにドッカンドッカンとデスキャノンを撃ち鳴らす。

 遼太郎は即座に麒麟に通信をとった。


「真田さん、乱入防止に設定しなかったんですか?」

「しましたよ、なんで彼らが入ってきているのかわかりません!」

「初心者さんの方を先に逃がします。すみません、少しの間だけ足止め願えますか?」

「誰に言ってるんですか、私はこのゲームの産みの親ですよ」


 自信満々な麒麟に安堵し、遼太郎は横たわるミストバンシーへと走る。


「雪奈、機体動かせる?」

「左後脚損傷、立てるけど走れないよ!」

「立てるならそのまま砲台にすわよ!」

「了解!」


 ミストバンシーの機体をなんとか制御し立ち上がらせると、そのままバズーカスパイダーとグレネードアリゲーターに砲撃を開始する。


「ぐふふふ、あの死にぞこないめ、我ら地獄兄弟にたてつくとはよほど死にたいと見えるな!」

「ここは我に任せよ」

「ずるいであろう長兄、我も」


 地獄兄弟が地獄喧嘩を始めた隙に、麒麟のレッドホーンが人型に変形しユニコーンホーンで斬りつける。


「ええいこわっぱめ、死にたいならお前から!」


 グレネードアリゲーターの激しいタックルでレッドホーンは大きく揺さぶられ、そのまま壁に背を打ちつける。


「ふははは、このデスキャノンの威力を味わうがよい!」

「死ねぇい死ねぇい!!」


 レッドホーンのスピーカーから耳ざりな地獄兄弟の声が聞こえてくる。


「なんでデスキャノンが連射できて……」


 このゲームでなぜ自分にわからないことがあるのだと憤ったが、麒麟はある一つの可能性に気づく。

 そしてそれは麒麟の逆鱗にふれることであった。


「こいつら、チートしてる!」


 乱入防止の初心者部屋に勝手に入って来れたのも、本来連射がきかないはずのデスキャノンを連射しているのもほぼ間違いなくチートだ。

 麒麟はレッドホーンのテンキーに特殊な開発コードを打ち込むと、画面に相手の通信状態が表示される。そこに微弱な変動が見られ外部アクセスによるゲームクライアントの改竄点を発見する。

 間違いなく黒で、こいつらはチートツールを使用してゲームを破壊する、ゲームのがん細胞のようなユーザーだ。

 即刻ユーザーアカウントの停止をしてやろうと思ったが、麒麟は自身の個人アカウントでログインしているのでアカウントロックのような権限の重い開発コマンドが使用できないのだった。それは遼太郎も同じである。

 こいつらは以前コミュニティチームの言っていた初心者狩りを行っているユーザーだろう。こんな奴らのせいで自身のゲームに悪評がつくことが許せない麒麟はなんとかレッドホーンの機体を持ち上げる。


「おっと、こわっぱの分際で動くでない」


 グレネードアリゲーターはビームサーベルでレッドホーンの肩を刺し貫く。


「フハハハこれから我ら地獄兄弟がこのゲームの恐ろしさをとくと教えてやる」


 あまりにも好き勝手いうものだから麒麟はついにプチっときてしまった。


「ふざけないでください! あなたがやっていることは利用規約に違反、さらに違法行為であり、刑事裁判へと発展するものです。今すぐアカウントを破棄しなさい!」

「フハハハハハハ弱い犬ほどよく咆える。いやこの場合は馬であるか」

「フハハハハハ長兄のセンスはさすがである」

「そーんなに悔しいのであればGMにでも連絡するがいい。我々の機体は特殊なプログラムで戦闘ログには残らないのであーる」

「どうりで発見ができないと」

「おしゃべりはここまでで終わりである! 死ぬが良い!」


 レッドホーンのコクピット部分にデスキャノンがゼロ距離で放たれる。

 しかし


「おらぁっ!!」

「ひでぶぅ!」


 突如デスキャノンを構えていたグレネードアリゲーターが吹き飛ばされ地面を転がる。

 華麗に跳び蹴りを入れてレッドホーンの前に立ったのは人型形態へと変形したミストバンシーだった。


「えっ、なんで?」

「大丈夫ですか真田さん」


 通信ウインドウに遼太郎の姿が映し出される。


「ひ、平山さん、どうして」

「少しだけ操縦をかわってもらいまして」

「ちょ、ちょっと狭いんだけど」


 通信画面には自分の姉によく似たピザ体型の女性が苦し気にしている。


「ダメです平山さん、あいつらチートしてます!」

「やっぱりですかコミュニティチームが言ってたんですよ。こういう奴らは絶対に許せないです。少し痛い目を見てもらいます」

「チートで敵の攻撃は苛烈になっています。ミストバンシー、いやどのビーストでも勝てませんよ!」

「勝てるでしょう、貴方でしたら」


 その言葉に麒麟ははっとする。


「平山さん、そいつらそのまま押さえて下さい」

「なーに、倒してしまってもかまわんのでしょう」

「期待しておきます」


 麒麟の怒り顔に笑みが戻り、麒麟は即座にレッドホーンから飛び降りてログアウトする。

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