第9話 潜入調査

 その晩、仕事を終えた桃火と雪奈は雪奈の自宅マンションで二人並んでヘッドギアを身に着けてゲームのセッティングを行っていた。


「君と二人でゲームに入るのは久しぶりだね」

「そうね。その久しぶりがロボゲーとは思わなかったわ」


 ヘッドギアの先にはVR専用筐体PSVRXが淡くブルーのLEDの光を灯している。


「PC版とVRX版があったけど、こっちで良かったよね?」

「内容はかわならいはずよ。スペックはやっぱりカスタムできる分PCが勝つけど、ゲームするだけならVRXは十分すぎるほどの性能よ」

「よし、セットできたよ」

「じゃ行くわよ」

「うん」


 VR装置を起動すると、二人は夢に落ちるようにしてビーストメタルの世界へ入り込んでいくのだった。

 二人がもう一度瞼を開くと、そこには慌ただしく走り回る整備員や、うなりを上げるハンガー、クレーンがアームを持ち上げ巨大ロボットの整備を行っている。


「へーここがメタルビーストの世界か。ボク始めてだよロボゲーは」

「それより雪奈、アバターかえるわよ。あたしたちが来てるってバレたらまずいでしょ?」

「なんで? 別にいいんじゃないの」

「ダメよ、まるであたしたちがこのゲーム凄く気になってるみたいじゃない」

「事実そうなんだけどな~」


 雪奈は頬をかきながら桃火と一緒にコンフィグ画面で体型をいじる。

 顔をかえることはできないので、体型をふくよかにするか、瘦せ型にするかしかないのだが、元からスリムな二人がとれるのは体をデブにする以外になかった。


「よし、できた」

「ぶっ!」


 雪奈はもう一度再ログインしなおした桃火のアバターを見て笑う。

 顔は確かに桃火なのだが、体がパンパンになっており、歩くのもやっとのようなコロコロ体型だった。


「って、なんであんたは体型かえてないのよ」

「いやヘルメットあるから、それにスモーク入れたら誰かわかんないでしょ?」


 そう言って雪奈はフルフェイスのネコミミ型ヘルムを被って、光沢のある真っ黒なカバーを閉じるとそれだけで誰だかわからなくなった。


「あんた賢いわね」

「桃火ってたまに度肝抜かれるくらいバカな時あるよね」

「うるさいわね、行くわよ」


 桃火はポッテポッテと間抜けな効果音を鳴らしながらチュートリアルを開始してくれるNPCへと向かう。

 二人がチュートリアルを終わらせ機体から降りると、NPCの整備員から好きな機体を選んでくれとプレイアブル機の選択となったのだった。


「う~んどれにしょうか?」

「機体性能はどれもかわんないし、多分見た目で決めちゃってもいいと思うわ」

「ボクこういうのって苦手なんだよね。後でやり直しきかないのって……」

「あんた最初のポケ〇ン決めるのに二時間かかるもんね……」


 雪奈が悩み始めて早10分、彼女と別の種類を選ぼうと思っている桃火は雪奈が決めないと先に進められないのだった。


「雪奈まだ?」

「う~ん、ちょっと待って」

「こんなのパッと決めて、パッと乗り込んだらいいのよ」

「ボク君みたいに即決できる人じゃないからな~」


 更に5分、いい加減桃火の怒りが有頂天に達しようとした頃、パイロットスーツの冴えない男が話しかけてきた。


「お姉さん、何かお困りですか?」


 桃火はゲームに入ってもナンパか、うぜーと思ったが相手の顔を見て噴き出す。

 それが遼太郎だったからだ。


「やばい!」


 桃火は慌てて顔を隠すが、どうやら彼が気づいている様子は全くなかった。


「プレイアブル機でお困りですか? それなら一度アーケードエリアの方に移動してもらえれば、全ての機体を試し乗りすることができますよ」

「自分達で選ぶから結構で……」

「あ、すみません、ボクたち初心者なのでどれがいいか教えてもらっていいですか?」


 桃火は雪奈が勝手に話を進め始めて、目玉が飛び出そうになる。

 即座に雪奈の首を掴む。


(ちょっとあんた、一番バレちゃまずい奴にゲーム聞いてどうすんのよ!)

(でも、彼に聞けば多分間違いないよ?)

(かもしれないけど!)

(桃火も見たいでしょ、多分彼一ユーザーとしてゲームに入ってきてるんだよ。社員のユーザー姿を第三者視点で見れるなんてめったにないよ)

(そ、そうなんだけど……)


 歯切れ悪い桃火だったが、雪奈は構わず進めてしまう。


「じゃあアーケードエリアに連れて行ってもらえませんか?」

「いいですよ、と言ってもすぐ近くなんですが」


 遼太郎は二人に全く気付かないまま、二人を格納庫すぐ脇にある転送マシンでアーケードエリアへと転送する。

 転送された先はさっきと全く変わらない格納庫だった。


「ここの端末でですね、好きな機体を選択してもらえば」

「あっ平山さーん」


 遼太郎から説明を受けていると、突如後ろから声がかかる。それは真紅のパイロットスーツを身にまとった麒麟だった。


「うーわ、最悪だ」


 今度こそバレた。しかも妹にこんなパンパンマンみたいな間抜けな姿でゲームを調査しに来ていることが明るみに出れば、弱みを握られて何を要求されるかわかったものではない。


-------------------以下桃火の想像


「ホーッホッホッホッホ姉さん、よくそんな間抜けな格好でゲームプレイができますね。なんですかそれスーパーボールですか? マル〇インみたいに自爆でもするつもりなんですか? ゲームは楽しむものであって楽しませる必要はないんですよ」

「うぐぐぐぐ」

「そんなにこちらのゲームが気になるんでしたら、頭下げていただければ開発サーバーから中を見せてもよろしいのですよ、オーッホッホッホッホ!」

「うぐぅぅぅ~」


--------------------想像終わり


 そんなこと絶対避けなくてはと思ったが、麒麟は既に目の前で桃火を怪しんでいる。

 だが、しばらく怪訝そうな目で見ると、麒麟は営業スマイルで「平山さんのお友達ですか?」なんてバカなことを姉の前でのたまった。

 どいつもこいつも桃火の変装に気づいていないのだった。


「それはそれでなんか腹立つわね……」


「いえ、初心者さんが機体選びに苦労されているようなので、一度アーケードエリアにお連れして機体を試し乗りしていただこうと」

「なるほど、それはいいですね。私もあまり長くはつき合えないんですが、少しくらいお手伝いしますよ」

「ありがとうございます。僕は機体に乗らず歩兵ミサイルマンで出ようと思うので、真田さんは機体を出してもらっていいですか?」

「はい、了解です!」


 麒麟は機体を出す為に揚々とハンガーへと向かう。


「あれ、ボクの記憶が正しければ君の妹っていつも眉毛が吊り上がってて、いい加減にしてくださいとか、怒りますよとかが口癖だった気がするんだけど」

「なんか……懐いてるわね」

「あっ、機体選び困ってましたよね。それじゃあそこのサポート機になるんですがミストバンシーという機体がありまして、その機体は複座で搭乗することができるんですよ」

「複座?」

「ええ、二人一緒に乗れるということです」

「それいいじゃない。凄いわね操作系統二つに分けて同期とるのって結構大へ……」


 おっとしまったと桃火は口をつぐむ。

 しかしやはりポンコツなのか遼太郎は全く気付いている様子などない。

 ミストバンシーを選択するとハンガーのエレベーターが上がってきて、名前通り立派な角を持った鹿型の機体が用意される。


「これは人型じゃないんだね」

「はい、この他にも何体か獣形態のものがありますが、それには訳がありますので、ゲームをしてからのお楽しみです」


 桃火は変形以外にありえないでしょと内心呆れがらも雪奈と二人でミストバンシーに上る。

 頭部にあるハッチが開くと二つ分の座席が上下並んで上がってくる。


「上が主にレーダーと射撃を担当するアタッカーの役割で、下は主に機体の制御を行うメインコントロールの役割になります」

「じゃあボク下やるから、君は上に乗りなよ。桃ちゃん銃撃つ方が好きでしょ?」

「どんなあだ名のつけ方よ……まぁあんたの言葉通りだから上やらせてもらうわね」


 二人が乗り込むのを確認すると遼太郎は機体から離れた。

 元々のみ込みの早い二人である。あっという間に操作に慣れ、既に自由自在にミストバンシーを操作するのだった。

 そこに真紅のモノアイの機体に乗った、麒麟専用のユニコーン型ビースト、レッドホーンが現れる。


 ミストバンシーの通信ウインドウが開くと笑顔の麒麟が映し出される。


「先ほどのものですが、多分動かすだけじゃ操作感覚はわからないと思いますので、私が実験台になるのでどんどん撃ち込んでください。私は逃げるしかしませんので」

「ありがとう」

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